2-5

練習室のピアノの前で一気に書き上げた小さな曲を、ルイは哀しげに見つめた。

膨らんでいた風船の空気が抜けていくように、先ほどまでの心躍るような高揚感が萎んでいく。


一度でいい、自分の曲を演奏できたら。


目の前にピアノがあるのに、この短い曲のワンフレーズさえ弾くことは許されない。



―――自分は、リューリスではないから。



五線の上に転がるように並んだ音符が、ぐしゃりと歪んだ。びりびりに破いてしまおうと思った。

一生、誰にも弾かれることのない曲を作ることに、一体何の意味がある?

カールの言うとおりだ、と唇の端を歪ませる。

作曲なんて無駄なこと、さっさとやめるべきなんだ。



(僕はヴィルトーになるんだから)



楽譜を持つ手に力を込める。

そして、身体の奥から絞り出すような溜息と共に、ルイは力なく腕を下ろした。

楽譜についた皺を丁寧に伸ばし、四つに折りたたんで鞄にしまう。

時計をちらりと見た。

あと50分ほどで昼休み前の授業が終わる。

少し早めだが、大講堂に向かうことにしよう。

ランゲ・リューリスに会えることを思えば、このどうしようもない苦しさも和らいでくれる気がした。

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