3‐7

早くこの場から離れた方が良さそうだと慌てて立ち上がるルイ。

ちょうどその時、視界の端にリューリスたちが走ってくるのが目に入った。


「はいはいどいたどいたー。ピョートル、整備頼むわ」


モーツァルトの指示にチャイコフスキーが頷き、バッハを取り囲もうとしていた生徒を追い払った。

残念そうな声とともに生徒たちはその場を離れ、それでも遠巻きにリューリスたちを眺める。


「マエストロ、怪我が!」


「いや、ただのかすり傷だ。大したことはない」


顔の傷を見て声を上げたブラームスを宥め、袖で血を拭うバッハ。

あの時は結構深く斬られたように見えたが、体内のリュールのおかげか傷はもうほとんど塞がっているようだった。


「心配しましたわ、楽屋に向かったらいらっしゃらないんですもの。ヨハネスは呑気に床で寝ているし」


女性リューリスのクララ・シューマンが髪をかき上げながら、呆れ顔で横にいたブラームスを見る。


「あっ、あれは気づいたらそうなっていただけで……!」


「あら、じゃあ病院に行くべきね。いい医者を紹介しましょうか?」


「おいおい痴話喧嘩はよそでやれよ、今はそれどころじゃねえだろう」


痴話喧嘩じゃない! と騒ぐクララをうるさそうにあしらい、モーツァルトは真剣な面持ちでバッハに向き合った。


「ご報告しなければならないことがあります」


その言葉に、自然とモーツァルトを囲むリューリスたち。

ひそひそと何かを話しているようだったが、ルイの位置からはちょうど彼の口元が隠れてしまい、唇の動きを読むことはできなかった。

十数秒後、クララ・シューマンが弾かれたようにその場から後ずさった。

その顔は驚愕に包まれ、魅力的な大きな目がいっぱいに見開かれていた。


「なんですって!? 『ニコロ・パガニーニ』がここにっ……!?」


生徒たちを留めていたチャイコフスキーの肩がぴくりと動く。

ちらりと振り返った顔が、わずかに引き攣っていた。


「クララ! 声が高いぞ!」


モーツァルトが小声で叱りつけ、ぱっと口元を覆うクララ。

その手の震えていることが、ルイの位置からでもはっきりと見て取れた。

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