3‐6
女の姿が完全に消えた瞬間、ルイはへなへなとその場にへたり込んだ。
震える息を吐き、そこでようやく自分がほとんど息ができていなかったことを知った。
「ルードヴィヒ、無事か!! 怪我は!?」
駆け寄ってきたバッハに返事を返す余裕もなく、ルイはただ頷くことしかできなかった。
バッハは厳しい表情でルイの身体を隅々まで見たが、大きな怪我のないことを確認し、とりあえずほっと息をついた。
「すまない……本当に。恐ろしい思いをさせてしまったことを許してくれ」
地面に膝を突き頭を下げたバッハに、我に帰ったルイは慌てて座り直した。
「い、いえ! 僕はこのとおり、なんともありませんから! それよりも
「こんなもの、どうということはない。とにかくお前が無事で本当によかった」
バッハの温かな眼差しに、ルイのこわばった心がほぐれていく。
しかしそれに浸る間もなく、バッハは改めてルイに向き直り、優しく彼の両肩に手を置いた。
「何が起こっているかわからないと思うが、簡潔に言おう。
今、首都にいる全国民が動きを止められている。
そして現在普通に動いていられるのは、おそらく我が輩とお前の2人だけだ。
しかし間もなく、その状態も終わるだろう。
固まっていた者たちは、その間の出来事を記憶していないはず。
呪縛が解けた後も、自分に何が起こったのかわからぬまま今後も普通に過ごしていくだろう。
我々が口を開かぬ限りな。
それを踏まえた上で、頼みがあるのだ」
切羽詰まった様子で忙しなく動く唇を見ながら、ルイは無言で首を縦に振った。
もうあまり時間がないことをバッハは感じていた。
「今日起こった出来事を、誰にも話さないでいて欲しいのだ。
家族にも、友人にも、知り合いにもだ。
あの女がここに現れたことは、特に。
守ってもらえるか?」
ランゲ・リューリスから命令されて、それを拒む国民はいない。
しかしバッハの言葉に命ずるような気配は微塵もなく、どちらかというと懇願に近い物言いだった。
ルイに対して心から申し訳なく思っていることが、表情の一つ一つから伝わってきた。
「もちろんです、先生。誰にも話さないことをお約束します」
バッハの目を真っ直ぐ見つめながら、ルイは言った。
「僕は本当に大丈夫です。まだ少し、混乱はしていますが、それだけです。怪我もないし……。だからどうかそんな顔をなさらないでください」
そう言って控えめに笑って見せたルイに、バッハは感謝を込めて頷いた。
何かを言いかけ口を開いたが、すっと真顔に戻り何事もなかったかのように立ち上がる。
はっとあたりを見回すと、そこにはもう普段と変わらぬ喧騒が広がっていた。
ランゲ・リューリスの圧倒的な存在が学生達に気づかれぬわけはなく、すでに近くにいた生徒がこちらを指差しながら驚愕の表情を浮かべている。
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