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彼らが生まれ暮らしている国【アルモトニカ】は、四方を海で囲まれている島国である。

国の周囲にはいつも霧が発生しており、その霧が上手い具合に国を覆い隠していたのも相まって、3000年ほど前に偶然この地にたどり着いた外の集落の人間が降り立つまでは、未開の地であった。


現在この国は、全てがある法律の下に成り立っている。



〈国家音楽法〉

第1条〔如何なる時も、音楽が絶えることがあってはならない〕



なぜこのような法律が定められているのだろうか。

それには、この国を根底から支えている『リュール』というものが深く関係していた。

リュールとは、いにしえの時代からこの国の大気に含まれているエネルギーのことをいう。

それが一体どこから生まれてくるのか、分子構造はどうなっているのか、なぜそんなエネルギーが存在できているのか、リュールについての研究は今でも進められているが、未だ何一つ明確なことは解明されていない。

ただ、人々がリュールの存在に気づいた時の話は、アルモトニカの成り立ちを口伝で聞き覚えてた人物が趣味で記した書物に、簡単ではあるが残されていた。

以下、当該書物の要約である。



『国が国家として成り立つずっと昔、人々は新たに集落を構える場所を求めて旅をしていた。

そして、自然に満たされたこの穏やかな大地を見つけ、ここに腰を落ち着けることを決めた。


ある時、集落の中の1人が、不思議なことに気がついた。

木の実のなる速度が、異様に速いのである。

実をいくら取っても、一つ残らず捥いでしまっても、その次の日には新しい実がなる。

ここにしか生えない特別な木の実なのでは、と最初は思われたが、なんのことはない、どこにでもとれるような木の実である。

しかも驚くべきことにそれは腐ることもなく、一年中新鮮な状態の実がなっているのだ。

木の実の他にも、水を求めて地面を掘ればすぐに綺麗な水が湧き出てくるし、畑で野菜や稲を育てようと思えば凄まじい速さで成長していき、その上収穫の期間は非常に長く保たれるようになっていた。


そして最も驚くべきは、人々の健康状態の変化であった。

この地に移住してから、足を悪くしていた老人は次第に歩けるようになり、眼を患っていた者は視力を取り戻していった。

ずっと寝たきりで、人の助けがなければ移動など不可能であった長老が起き上がれるようになった頃には、人々は皆ここ一帯に備わるなにか特別な力に気づき、それを信頼し始めていた。


人々は、その目に見えない万能なエネルギーを『リュール』と名付け、そしてリュールと共に生きていくようになった』



おとぎ話のように書かれているし、今は亡き著者に確かめることも叶わない今となっては、本当なのかどうかは確かめようがない。

しかし、史実によるとこの国の発展のスピードは凄まじいものであったことは確かなようだ。

この先は、国の歴史学者による史実に基づいている。


人々はリュールによって安定して供給される資源を使い、次々に開拓を進めていった。

種を植えればあっという間に成長し、収穫しても次々と実ができる作物。

尽きることのない、綺麗でおいしい水。

加えて、リュールを含んだ大気は人々の身体を浄化し癒してくれる。

地理も味方し、外部から攻めこまれる心配もない集落が一国へと成長するのに、そう時間はかからなかった。


そうして、人々の平均寿命が飛躍的に伸び始めた頃。

最初の変化は、作物の実りの悪さであった。

成長するスピードがどんどん遅くなり、収穫しても次の日には再び出来ていた実が、ならなくなった。

飲み水もいつのまにかどんどん汚れていき、気付かず飲んでいた人々が病気になった。


それがリュールがなくなってきたことによる変化だと人々が気づくのに、そう時間は要さなかった。

当時国を収めていた王は、賢い人々を集めリュールの研究を命じた。

そして、いくつかの事実を知ることができていた。

ひとつは『なんらかの作用で、ここ一帯には一定量のリュールが生まれ続けていること』。

そしてもう一つが、『リュールはそのエネルギーの保存が不可能らしい』ということ。

厳密に言うと、1日程度の効果は保つことができる。

しかしそれ以上の持続を求める場合は追加でリュールを使用する必要があった。

つまり、リュールのエネルギーは24時間以上貯蓄することができないということである。

そしてリュールの作用が弱まっている原因は、人々の1日のリュール使用量が増え、供給が追いつかなくなっているからであった。

もう既にリュールなしでは生きられなくなっていた国は、急いでリュールを増やす方法がないかを調べさせた。

するとある研究者が、植物に歌声を聴かせることでその成長が著しく早くなることを発見した。

対象を変えて実験は繰り返されたが、そのすべての対象物が音楽を聴かせることで同じ反応を見せた。



その性質を利用しない手はないと、王は国民に『歌を歌うこと』を命じた。

娯楽でしかなかった音楽が、一夜にして“国民の義務”へと様変わりしたのだ。

これが、国家音楽法の先駆けである。

そして時代が進み、消費するリュールが増えていくのに比例して、アルモトニカは『音楽』という側面で著しい発展を発展を遂げることとなった。

そして〈国家音楽法〉が施行されたのが、今から2000年前。

それと同時に、『演奏者ヴィルトー』と『作曲者リューリス』という国家職が定められたのである。


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