2-12

***



ノーツ音楽大学時計台の、針の上。



「ジョン、準備はできた?」


絶妙なバランス感覚をもってそこに佇む女が、親指にはめられた指輪に向かって呟いた。

まもなく12時を指そうという時計の短針と黒い服が同化しているおかげで、女性の姿に気づく者はいなかった。

強めの風が吹いているにも関わらず、涼しい顔でそこに立っている女。

右手には、一挺のバイオリンが握られていた。


『ああ、上々だよ。タケミツもスイッチを押したがってうずうずしてる』


耳元で光るイヤリングから聞こえてきた声に、女性は唇の両端をきゅっと吊り上げた。

深紅艷めく、美しい唇。


「ふふっ、素敵。楽しみだわ」


くろぐろと光るバイオリンの木肌を愛おしそうに撫で、口づける。


「どんな音がするのかしら」


流れるような動きで、弓を構える。


「音楽が壊れる時の音って」


ふわりと舞い上がり、女は時計台のてっぺんに爪先で降り立った。

そのバイオリンと同じように黒く艶のある髪の毛を、先程よりも強くなった風が大きくさらっていく。


「よぉく耳を澄ませなさい……新しい時代の、はじまりの音に」



ぺろりと舌舐めずりをして、楽器を肩の上にのせる。

顎あての上に顔をのせ、しばしひんやりとした木の感触を楽しんだ。


そして弓の毛を静かに弦に近づけ、弾いた。

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