4‐7

メンデルスゾーンの言葉通り、薄れてきた粉塵の中で人々が呻きながら立ち上がり始めているのが見えた。

既に武器を構え、再びこちらに向かってきている者もいる。


「やはり力の加減が難しいな……」


そう口の中で呟き群衆と対峙しながら、メンデルスゾーンは二人の生徒に離れるようにと指示をした。

ルイは躊躇しその場から動けずにいたが、ワーグナーは指示通りさっさと走って逃げていく。

痛みがなくなったお陰か、実に俊敏な動きだ。


「君も早く行きなさい! 時間稼ぎになるかわからないが……」


背中にあった両翼が一瞬にして消え、代わりに手の中には一輪の青いバラが現れる。メンデルスゾーンはその花びらを一枚口に含み、ぎゅっと噛みしめた。


「……【真夏の夜の夢】!」


その言葉と同時に、彼がバラに優しく息を吹きかける。

ベールのような青い吐息が、ゆらめきながらバラを包む。

手の中の青いバラは、何枚もの花びらとなり群衆のいる方へと散らばっていった。

そして人々の顔の周りにしばし浮遊したかと思うと、ぱちんっ! と破裂音をたて、小さく其処此処で爆ぜていった。

そのとたん、群衆は次々と呆けたように動きを止め、夢見るようなうっとりとした表情を浮かべ始める。

敵意を見せなくなった群衆を確認したメンデルスゾーンは軽くうなずき、振り向いてルイにウインクした。


「逃げなさいと言ったのに。きみも悪い子だね」


そう彼に肩を小突かれながら、ルイは信じられないという顔で首を振った。


「せ、先生、さっきのは一体……!」


「うん、ちょっとね。夢を見てもらっているんだ」


メンデルスゾーンの微笑みをたたえた顔が、はじめて曇った。


「これなら、みんなを傷つけずに済むからね」


彼の口元が軽く引き攣るのを見て、ルイは質問を重ねようとしていた口をきゅっと閉じた。

ふとカールを思い、胸が痛む。

彼は無事だろうか。危険なことに巻き込まれていやしないだろうか。

それとも。

商店街の人々とカールの顔が重なる。ぞっとする想像を吹き飛ばそうと、ルイは強く首を振った。


「さて、とにかく他の先生方に合流しよう。君たちの安全を確保するためにもね。

まずはワーグナー君を拾わないと。

君、空の旅はお好きかな?」


気を取り直したように微笑んだメンデルスゾーンは、ルイが返事をする前にぱちんと指を鳴らした。

すると、再び純白の翼が彼の背中に現れ、同時に彼らの周りに薄い緑の膜のようなものが張る。


「わっ!?」


膜が張られたとたん、自然と浮き上がる身体。

驚いて尻餅をついたが、膜は破れることなくルイの身体を包んでいる。


「上からの方が確認しやすいんだよ。すまないが、慣れるまで少々我慢してくれるかい?」


ばさりと音を立て広げられた翼が、未だ漂っていた粉塵を切り、視界を晴らす。

空はもうすっかり暗くなり、ちらちらと星がまたたき始めていた。


「安心したまえ。僕は安全運転が好きなんだ」


再びウインクをしながらメンデルスゾーンは地面を強く蹴り、彼らはあっという間にアルモトニカ首都、ノーツの上空へと舞い上がった。

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