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国民の大半がランゲ・リューリスを崇めているのは、結局は彼の生み出すリュールの恩恵を受けているからにすぎないことをモーツァルトはよく分かっていた。
リュールがなければ、この国の人間は生きられない。
リュールの困窮を何よりも恐れている国家が、効率よくリュールを生む曲を作れるリューリスを重要視するのは、至極当たり前のことだ。
ヴィルトーが自分達の曲を演奏するのは、リュールを国中に供給していくため。
双方に、そのためのマニュアルすら存在している。
それについて重々理解しているし納得もしているつもりだったが、時折言いようのない虚無感に襲われる自分がいることを、モーツァルトは否定することができなかった。
毎年、国民の大半がヴィルトーを目指しこのノーツ音楽大学を受験する。
ヴィルトーに求められていることは簡単に言えば、『楽譜通りに弾くこと』である。
楽譜通りに正確に弾けてさえいれば、演奏者によるリュール供給量にほとんど差は見られないと言われている。
頻繁に演奏される曲に関してはマニュアルが出版されていて、ヴィルトー志望者たちの殆どがそのマニュアルに則って練習をしていた。
難易度が高ければ高いほどリュールの生成量は上がる。よって政府は常に『より難易度の高い曲』を求めたがるわけだが、難しくしすぎると演奏できるヴィルトーが激減してしまう。
そこのバランスをとるのは非常に難しいことらしく、ここ最近のヴィルトー試験(ノーツ音楽大学の生徒は卒業試験に相当する)の合格者は、じわじわと右肩下がりのグラフを描いている。
よって、現在の政府からの要請はもっぱら『曲の難易度をあげすぎるな』であった。
(結局俺たちの作る曲は、【効率の良いリュール生成機】でしかない)
自分の曲を息継ぎも、テンポも、
音楽は愛している。新しい旋律はいつだって心の中に湧いてくるし、それらは
好きなだけ自由に曲を書いたとしても、リューリスが罰せられることなどあり得ない。
それでも二の足を踏んでしまうのは、その曲が国に、国民に求められていないことがわかりきっているからだ。
形にしたとして、効率よくリュールが生成されない限りその曲が演奏されることはないだろう。蔑ろにされ、いつしか忘れられ、楽譜は本屋や図書館の隅で埃をかぶっていく。
それはモーツァルトにとって耐え難いほどの悲しみであった。
そうして諦めを抱きながら生きてきた彼の前に現れたのが、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンであった。
彼に初めて会ったのは、3年前の大学入学試験の時だ。
緊張だろう、カックンという擬音がつきそうなほどのぎこちないお辞儀をした彼の身体はまるで針金のようで、モーツァルトは思わず吹き出しそうになった。
しかしそうやっていられたのも、彼の指がピアノに触れるまでの話だった。
ここまで心を揺さぶられた演奏は、初めてだった。きっと呆けた顔をして聞いていたことだろう。それぐらいの衝撃だった。
もちろん今までだって、それなりに良い演奏をするヴィルトー候補生がいないわけではなかった(ベートーヴェンの同級生だと、カール・ツェルニーあたりはリューリスの間でなかなかに評判が良い)。
しかしベートーヴェンは、彼らとは全くレベルの違うところにいた。
確実なテクニックで楽譜通りに弾けることはもちろんのこと、音楽への純粋な深い愛情、そして作曲者であるリューリスに対する敬愛と尊敬の気持ちが、彼の演奏からは溢れ出てきていた。仮に演奏にミスがあったとしても、おそらく誰も咎めることはなかっただろう。
他の生徒たちのように定められた弾き方で並べられた音符を追うのではなく、全身で作曲者と対話をしようとするかのようなベートーヴェンの演奏は、聴衆を惹きつけた。
そしてモーツァルトは、そんな彼の演奏で気づかされたのだ。
それこそが音楽のあるべき姿ではないのかと、心から思った。
300年以上生きてきたモーツァルトの人生の中で涙が溢れてしまいそうなほどに感動する演奏をしてみせたのは、ベートーヴェンが初めてだった。
この子はきっと、一流のヴィルトーになるだろう。
モーツァルトのみならず、ルイの演奏を聞いた誰しもがそう確信した。
しかし、ルイに対してその確信を感じるたびに、なにかがモーツァルトの心の隅をちりちりと焦がした。その何かは、モーツァルト自身にもよくわからなかった。
◇◇◇
(かと言って、オレには何も出来ねえしな)
どこか言い訳がましく、モーツァルトは心の中で呟いた。
そうだ。出来ることなど何もない。
ヴィルトーの仕事は演奏することのみ。
そう決められている以上、一リューリスに過ぎない自分はそれに従うだけなのだ。
「心の準備はいいか?」
気持ちを切り替えるために、モーツァルトは横に立っているルイの背中をばしんと叩く。
その勢いに咳き込むルイを見てまたちょっと笑い、彼は国を支える偉大な師の待つ部屋の扉を
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