1-8
でも、とルイは悲しそうに自分の手を見つめた。
「止まらないんだ。どんなに目を背けようとしても新しい旋律が僕の中にどんどん湧き上がって、自分の中に溜まっていく。
それをなかったことにするなんて、僕には辛すぎる。できないんだよ。
ねえカール。僕は……僕はどうしたらいい……?」
ルイの縋るような目にカールは言葉を詰まらせ、ぐっと唇の内側を噛んだ。
―――どうして、こいつにリュールがなかったんだよ……
どうにもならない現実に、神を恨めしく思った。
ルイの中にリュールさえ存在していれば、一番の大きな苦しみがなくなるというのに。
リューリス以外の曲を弾くことは固く禁じられているため演奏したことはないが、ルイが今まで書いてきた楽譜は数えきれないほど見てきた。
頭の中で響く旋律に、なんど心が昂ったか。
演奏したい、と心底願った。それと同時に、願った分だけ心を踏み潰されるような思いをしてきた。
ここまで全身全霊で音楽を愛している人間を、カールは他に知らなかった。
「ごめん……言い過ぎた……でも……」
カールの震える唇から、ルイは思わず目を逸らした。
本来なら自分ひとりで背負うべきものを、自分ひとりで苦しむに留めておくべきものを、あろうことか親友に負わせてしまっている。
自らに覚えた強い嫌悪感にぐっと歯を食いしばった。
無言で歩き続ける2人。
大学の正門をくぐると、何やら掲示板のあたりに人だかりが出来ている様子が見えたが、それが一体何なのかを確認する余裕は、今の彼らにはなかった。
「……じゃあ、俺行くな」
「あ、うん……」
ルイは、軽く肩をたたいて去っていくカールの背中を見つめた。
行けよ、ルイ。追いかけるんだ。
追いかけて、彼に言うんだ。
作曲はもうやめるって。
そうすればきっと、彼はほっとした顔で笑ってくれる。
伸ばしかけた手をだらりと下ろし、ルイは深いため息をついた。
そして、カールとは逆の方向へのろのろと歩き出した。
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