元・葬儀ギルドの、ミルとネイト

 戦いを終えて頭を抱えていると、タラスから伝えられた。

 ミルの寿命が終わるまでとはいえ、主に死を与えてくれたのは間違いない、と。

 なぜ無条件でこちらの言い分を信じるのか問うと、彼は主の存在を感じなくなったからだと言っていた。従者としての力の一部なのだそうだ。

 俺は彼の好意に甘え、葬儀を進めることにした。


 絵本の内容が事実なら、遺体を焼いて骨壺に収めればいい。ただし、レオニートは監督者であるだけに、無制限に参列者を集めれば混乱を招く。参列したのは葬儀屋である俺たちと、証人のタラス、そして魔族側から評議会を名乗る数名――数匹? 

 数え方はどうでもいい。姿形は違えど、じきに人族との間に講和が結ばれる。

 それに俺たち『ネイト&ミル』に託された残る依頼は、ひとつだけだった。


 人族側からの参列者である。

 タラスが遺言に従い連れてきたのは、スラ・エマンダのヴウーク少年だった。

 俺は、ようやく納得がいった。

 なぜヴウーク少年が小難しい単語を知っていたのか。村の古い記録もすらすら読みこなせていたのか。要するに、彼は俺たちがスラ・エマンダに来るずっと前から、レオニートと会っていたのだ。


 経緯について聞くつもりはない。二人だけの秘密で構わないだろう。人の側にしても、魔族の側にしても、それを知って得はない。

 いずれにしても、山の上に住まう鬼の遺灰が収められた骨壺は、ヴウーク少年の手によって運ばれることになった。その姿は、村で見つけた絵本と酷似していた。


 ……レオニートは人と交わる内に、死を望むようになったのだろうか。あるいはヴウ―クとの関係を通じて、人と魔族の間に平和を望むようになったのだろうか。遺書に理由は書かれていなかった。

 ただ分かることは、絵本と同様、遺灰は風に巻かれて飛んでいったということ。

 そして魔王は、打ち倒した勇者の天寿によって、再び地上に舞い戻るということ。


 ミルの天寿、か。

 なんだか無茶苦茶に遠い気がして、葬儀中にも関わらず、俺は笑ってしまった。

 山の上に住む鬼との再会を望むヴウーク少年は、節制しないと大変だろう。

 しかし、なんとはなしに、彼はいつの日かそれを成しえるように思えた。

 そうでなければ、蘇ったレオニートが悲しむだろう。

 そうなれば、きっと鬼は涙を流す。


 俺たちが報酬として頂戴したヨーキ=ナハルの骨壺に封印を施し凱旋したのは、それからさらに数ヶ月経ってからだった。

 王都に着いた直後は生きた心地がしなかったものだが、エステルやアンブロジア、そして何より、タラスが同行してくれたことで、俺とミルにかけられた教祖殺害の容疑は晴れた――正確には、不問だが。


 俺が王都に着くまでに立てたシナリオはこうだ。

 まず、我らがイカれた教祖様は命を賭してヨーキ=ナハルの託宣を聞き、魔族が人の目から姿を隠しているだけだと知った。

 ちょうどそのとき、アンブロジアは蘇生の力が弱まりつつあるのを知った。


 そこで、たまたま両者に縁あった俺は、早い段階で魔王を討ち講和を結ばねば、取り返しのつかない戦乱が起きると予想を立てた。

 そして実際にエステルらの力を借りて、魔王を討ち果たした。

 しかし魔王の死はミルの命による封印でしかなく、ミルが寿命を迎えたとき不死の魔王は再臨する。

 

 猶予期間は、およそ百年だ。

 我々人族は、可能な限り速やかに魔族との敵対関係を解消すべきである。

 なぜなら、魔族の中には、戦争を忌む者も多いのだから――。


 あまりに出来過ぎたシナリオではある。証拠はタラスの連れてきた巨狼とその力、そして俺が持ち帰った封印つきの骨壺くらいしかない。

 しかし、国王側との利害の一致が、俺の主張を受け入れさせた。


 いかにして蘇生魔法の喪失に正当な理由をつけるのか。嘘か誠か分からない魔王の封印とやらを、今試すわけにはいかないという状況。最後に、魔王側と講和を結んだ王として歴史に名を刻めるチャンスだ。

 王は、俺の誘いに乗った。


 かくして俺とミルは、ライト・シハナミに戻った。

 ただし、誤算もいくつかあった。

 国王陛下の、ささやかな意趣返しだ。



「――これは差別です! 見てください、この美しいパイ生地を! 街中のパン屋を探したって、これに匹敵するものはありません! なのに、なのになんで、プリムローズは私を採用してくれないんですか! ココ見てください! 『技術力がすべてです』って書いてあるじゃないですか! これはもう、差別以外の何物でもない!」


 相談者はそう訴えながら、以前ミルのために入れた小さなデスクの上に、プリムローズの求人広告を叩きつけた。ついでに、見目麗しいミートパイも。

 見れば、たしかに広告には『あなたの自信作をお持ちください。プリムローズは技術力が全てです。従業員の種族は問いません』とある。

 しかし――、


「えぇと、いいですか? ズデ……ニェクさん?」


 俺は提出された書類と、ゴワゴワとした獣の毛に覆われた手を見て言った。


人狼ウェアウルフがパン屋になるなら、その、毛を剃って頂くくらいは……」

「なんでですか! 人間は剃ってないのに! 差別だ! 差別ですよ!」


 相談者である人狼のズデニェクは、涙ながらに遠吠えした。

 正直、うるせぇ。別にプリムローズ側だって種族差別なんざしてないだろう。なにせ先日ミルのおつかいで行ったら鱗だらけの蜥蜴トカゲ男が出てきたし、店に置かれるパンの中には、明らかに人向けではないパンも並んでやがった。

 俺はパンのことならパン好きかと、かつて俺が使っていた執務机に声をかけた。


「所長。所長ぉ~」


 所長は『おべんきょー用めがね』をかけて、ペライ書類を睨んでいた。こちらには目もくれず、訴訟状の理解に努めているのだろう。傍らには初学者用の辞書もあるから確実だ。


「所長! おい! ミル!」

「ふぁいっ!?」


 弾かれたように顔をあげたミルは、状況が分からないのか、ポケっとしていた。


「ミル! プリムローズのパン職人って、腕毛剃ってるのか?」

「ふぇ? おじさんは剃ってたと思うっスけど……それが?」

「こちらのズデニェクさんが、この毛並みは一族の誇りだから剃れないとか――」

「そんなチンケな誇り、捨てちゃえばいいッス!」

「んなっ!?」


 ズデニェクさんの顎が、ぱっかーん、と開いた。辛辣すぎるツッコミゆえ、致し方なしである。

 メガネを外したミルは、腕組みをして、うんうんと頷きながら言った。


「いいッスかぁ? ズデニェクさんはライトシハナミで一番のパン屋さんで働こうと思っているッスよぉ? お気持ちはお察しッス! でも種族の誇りと、職人としての誇り……プリムローズは、絶対に、パン屋さんとしての誇りをとるッス!」


 伸ばした人差し指を振りかざし、説教するかのように言う。別のパン屋『三日月斧』の店主は元・戦士で毛むくじゃらのままだったから、俺の耳には詭弁のようにしか聞こえない。ただまぁ、店によって営業方針が違うのも、また当前の話である。


「た、たしかに……」


 ズデニェクさんは納得したのか、肩を落とした。


「ありがとうございました……ご迷惑を、おかけしました」


 そのまま出て行こうとしている。ざけんな。

 俺は努めて平静に、にこやかな笑顔を心掛け、愛想よく引き留めた。


「ズデニェクさん? 初回相談は割引が利きますが、無料ではないですよ?」

「す、すいませんっ」


 パン屋を目指す若い人狼ウェアウルフは、涙を流して頭を下げた。存外、真面目だ。

 そして。

 俺はズデニェクの遠ざかる背中を見送り、看板を見上げた。

 真新しい看板には、『人族―魔族間紛争解決相談所ミル&ネイト』とある。

 それが俺の誤算のひとつ目――葬儀ギルドとしての廃業である。


 蘇生魔法が近い内に失われてしまう以上、葬儀ギルド自体もじきに縮小される。しばらくは仕事もあるだろうが、すでに王都でありつける仕事は、その多くが自然死による葬儀になっていた。

 俺とミルは元が冒険者のようなもので、そのまま葬儀ギルドに居続けても仕事を本職に取られるのは、ジークバカが七度目の禁酒に失敗するより明らかだった。


 そこで俺は新たな仕事を始めようと思っていたのだが、誤算のふたつ目がでた。

 それは国王陛下さまからの勅命だ。


『今後、人と魔族の間で紛争も起きるようになるはずである。その遠因はお前と小さいのミルにあるのは間違いない。ここはひとつ、魔王を討った勇者として小さいのを所長に据え、紛争解決専門の仕事を行ってもらう』


 つまり、意趣返しである。

 なにが勇者だと思いはした。しかしタラスの証言に基づく以上、止めを刺したのは俺でも、致命傷を与えたのはミルとなる。しかもその魔王を封じているのはミルの魂だ。言い換えれば、人々を救った英雄としてふさわしいのはミルであり、俺はその仲間でしかない。


 反発も反論も無駄。なにしろ国王の勅命だ。

 かくして葬儀屋ネイト&ミルは解散し、『人族―魔族間紛争解決相談所ミル&ネイト』が突如としてライト・シハナミに誕生したのである。

 ……名前の順番通り、所長をミル、副所長を俺として……。

 ヘタウマな絵付きの看板を眺めていると、ついため息が出てしまう。


 まさか、あのおバカの部下になる日がくるとは。


 まぁ、ミルは難しい話が分からない上に雰囲気で解決しようとするので、実質的な立場は殆ど変わらないのが救いだ。

 事務所にの扉を開けると、ちょうど通りの先からミランダが戻ってきた。


「やりました! 解決しましたよネイトさん!」


 手を振りながら、意気揚々と経過を報告してきた。


「あの墓守、骸骨戦士スケルトンの護衛で納得させてやりましたよ! ふふ、もう青い顔しちゃってて、ざまみろーって感じで、胸がスっと――」

「ミランダさん、ミランダさん。仕事で職奪われた恨みを晴らしちゃダメですよ」

「えぇっ? でも私、すごい苦労させられてっ、あ、待って!」


 相談所で再雇用したミランダの武勇伝を聞き流し、事務所に押し込む。

 すると、ムスっと膨れたミルがいた。今度はなんだ。


「センパイ! ……じゃないッス。えと、ね、ネイトくん! ボクのことはちゃんとしょちょーって呼ぶッス!」

「あいあい。しょちょー。りょーかいッスぅ」


 お前も言いにくそうじゃねぇかと思いつつ、適当に相槌を打っておく。


「あ、せんぱ、じゃなくてっ、ね、ネイトくん!」


 凄まじく言いにくそうだ。

 なんとなくジト目を向けると、ミルはうっとか唸って詰まった。いじめるつもりはない。だが、所長を名乗るのなら、この程度で怯んでくれるなとは思う。

 所長の御言葉を待っていると、事務所の扉が開いた。


「ちょっと! ネイト! この人、なんとかしてくださる!?」

「そんなに泣かなくていいんだぞぉ。お嬢ぉ。ミルクちゃんは成仏したってぇ、ヨーキ様もぅ、言ってるぅのだぁ! さぁぁぁぁぁ、一緒にぃ飲もうぜぇ?」


 エステルの懇願によりライトシハナミ王立博物館に収められた『ミルクちゃん』のお参りに行っていたエステルと、八度目の禁酒に向けて最後の酒を楽しむジークだ。


「私は! 泣いてなどいませんわ!」


 そう言って、エステルは事務所のソファーにジークバカを投げ捨た。目の下が腫れぼったいから、泣いてないというのは嘘だろう。

 白銀の鎧を失った英雄の娘は、踵を鳴らして俺に怒鳴った。


「あの方! もういちどアンブロジアさまの所に送り付けるべきなのでなくて!?」


 お怒りもまた、ごもっともである。俺も半分くらいは同意する。

 ただ、所員の取り扱いは所長の仕事だ。


「だ、そうだけど、所長。どうすんだ?」

「むむっ。エステルちゃん! 仲良くするッス! じゃないとお昼抜きッス!」

「ん、なっ、もう食べてきたわよ! じゃなくて! この――」

「うえぇぇ!? ズルい! ズルいッスよぉ!」


 ミルは、ばぁん、と机を叩いて立ち上がり、俺に叫んだ。


「センパァイ! エステルちゃんが一人だけズルしてお昼ご飯食べてるッスよぉ!」


 知るかよ。と思いつつも、パンでも買ってこようかと提案しようとした。

 そのときだった。

 またしても事務所の扉が開いた。


 入ってきた黒髪の女に、俺は目を奪われてしまった。やたら露出度の高いデーハーの服を身に纏い、それでいて下品にならない立ち姿。手には小さな麻袋。

 女は、黒檀のように黒々とした瞳で、事務所を睥睨した。


「ちょうど良かったじゃん。パン、買ってきたわよ」


 背筋に電撃が走るかのような、蠱惑的な声音だ。

 女は執務机に向かって足を進めながら、妖艶に言った。


「それと、ここは神族間の紛争解決もやってもらえるワケ?」


 マジかよ。死の女神が、地上に顕現しやがった。

 皆が固唾を飲んで、ミルの言葉を待った。

 まん丸の目をぱちくり瞬かせ、所長は満面の笑みを浮かべた。


「ミル&ネイトは人族と魔族の間の紛争を扱ってるッス!」


 残念そうに、かくん、首を傾ける。


「だから、神様はお断りッスねぇ。ごめんなさいッス!」


 ……。

 …………。

 ………………。


「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 ミル以外の全員が、頓狂な声をあげた。


「お、おいミル! お前、正気か!?」

「ミル、じゃなくて、しょちょーッス! セン――ネイトくん! こういうルールはしっかり守らないと苦労するって教えたはずッス!」

「それ教えたのは俺だろうが! お前、相手、誰だか分かってるのか!?」

「もちろんッス!」


 ビシィっと親指を立てたミルは、呆然とするヨーキ=ナハルに言った。


「いつも美味しいパン屋さんを教えてくれてたから、相談だけなら、いくらでも乗ってあげるッスよぉ!」

「……そ、相談、だけ?」


 ギギギギ、と油の指していない歯車を回すかのように、ヨーキがこちらを向いた。

 俺は間髪入れずに目を逸らした。


「えと、まぁ、まずは、ご相談からってことで……」


 満足気なミルに対して、ヨーキ=ナハルからは触れてはいけないオーラを発した。

 願わくば、紙袋の中にクロワッサンが入っていればいいのだが。

 入ってなければ、俺が走らなくちゃならない。

 汝、歩みを止めることなかれ。

 俺とミルの歩みは、まだ長く続くのだろう。


「センパイ! ボク、お茶を入れてくるッス!」

「りょ、了解、所長ぉ。お客様の対応は、こっちで、やっておくッス……」


 そしてどうやら、道は曲がりくねっているらしい。

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死にたい人たち λμ @ramdomyu

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