葬儀ギルドって何するの? (約3万6千字)

死ぬほどでもない、死にたい人

 自宅に戻った俺は喪服を脱いで軽食を取り、階下の事務所に戻った。移籍当時は葬儀ギルドが新興だったこともあり、すぐに貸してもらえた小さな事務所だ。依頼人が人目を避けて入れるように、ライト・シハナミの片隅に立っている。


 外観は煉瓦れんが造りの地味な事務所だが、内装と調度品の類は、豪華なものがそろえられている。なにも高級感を出し依頼人を安心させるためではない。元は商会ギルドに属していない個人商人の事務所だったというだけだ。

 借り受けた時に聞いた話では、商人はヤバい取引に手を出して、莫大な借金を作ったという。そして返済できないことがバレる前に、葬儀ギルドに駆け込んだという。

 

 商人曰く、

『事務所も含めて一切合財譲渡します! 自殺するから、葬儀をしてください!』

 今では、絶対に請け負えないような死にたい理由だ。


 しかし、当時はヨーキ=ナハルも寛容だったし、葬儀ギルドも実績が欲しかった。速やかに葬儀が執り行われたと聞いている。

 事務所を手放しても返済できない借金とはいえ、正直言って、よく分からん。

 たしかに自殺したところで蘇生され、借金がかさむだけだろう。全てを捨てて逃げだしたとしても、逃げ切れる場所はないだろう。


 しかし、死ぬほどか。

 それこそ死ぬほど頑張れば、借金完済は無理でも、寿命までは生きれたはずだ。

 楽しくない辛い人生かもしれない。しかし寿命で死にさえすれば、ユーツ=ナハルの待つ極楽にだっていけたはず。鞍替えしてまでヨーキ=ナハルの支配下に置かれるよりは、ずっと楽しかっただろうに。

 

 思わず不信心なことを考えてしまった。葬儀を終えると、いつもこうだ。

 ミルが戻るまでには、まだしばらくかかるだろう。

 居抜きでついてきた無駄に豪奢な革張りの椅子に座って、背筋を伸ばす。夜には死に逃げ商人とは違う、まともな死にたい人たちがくるだろう。



 鈍く続く扉の打音に、目が覚めた。客だろうか。なぜ入ってこないのだろうか。

 はたと思いだす。


「やべ、営業印」


 慌てて椅子から飛び降り、急ぎ扉を押し開ける。 

 急に開いた扉に驚いたのか、男が一人、目を丸くして突っ立っていた。

 地味な茶色い平服を着た、ガタイのいいおっさんだ。眉間の皺には、悩みが浮かんでみえるかのようだ。

 しかし、血色が良すぎる。これはダメな死にたい人の可能性大。

 

 こういうときには葬儀の見積もりに入る前に、判別する必要がある。その後の対応方法が、全く変わってしまう。

 全力全開の笑顔を作って、デスクの方へと客をいざなう。ギルドで習った営業スマイルこそが、移籍先でもっとも役立つテクニックだった。

 浮かべる笑みには、曖昧さを含み持たせるのである。すると、返答が死なせていいかの基準点に使えるようになる。


「葬儀のご相談なら、どうぞあちらの御席にお座りください」


 盗賊ギルドにいた頃、鏡を相手に散々練習させられた、必殺の好青年スマイルだ。


「え? あ、はい。えーと……そうです」


 ギルド秘伝の笑顔に対し、おっさんは明らかな困惑をみせた。判別完了。

 ダメなパターンだ。相談料を取るので精一杯だろう。

 ほんとうに疲れた人間は、曖昧さを交えて笑いかけると、苦い笑いであったとしても、笑い返してくるものだ。自分の表情にまで意識が向かなくなるからだ。


 おっさんが客用の椅子に座ったのを見計らい、飲み物だけは出しておく。

 ズズっと茶を啜ったおっさんは、怪訝そうな顔をして、こちらを見ていた。


「あの、こちらで本当に、死ねるんですよね?」

「もちろんです。ですがその前に、相談料が発生することはご存じですか?」

「え、あ……はい。そう伺っていますが……あの、死ねない場合もあるんですか?」

「死ねない、というか、死ぬ必要があるのか、ということなんですよね」

 

 ぽかんと口を開いて、絶句するおっさん。大抵のダメな死にたい人たちは、こういう顔をする。『俺、死ねないの?』ってとこなのだろう。ゆっくり死にたくて来たんだろうが、死への旅路は、甘くない。


「死にたいと言っても、理由が色々あるでしょう。どんな理由ですか?」

「え? あの……戦士として戦ってきて……辛くて……」

「な、に、が、辛いんですか?」

「……え? その……実は、歳で斧を振り上げるのも、鎧を着込むのも……」


 これだよ。死が軽くなったせいで、死にたい理由も軽くなってる。ウチで死んだらもう生き返れない。なのに、覚悟が足らない。

 『鎧着るの辛いし、死んどくか』って、そんな程度じゃ、ヨーキ=ナハルは受け取らない可能性すらある。つまり、俺の実績も増えないということ。

 だから、ズバリ、と言ってやらなきゃいけない。


「それ、死ぬ気で頑張って転職した方が、よろしいかと思いますよ?」


 みるみる歪んでいく、おっさんの顔。

 死にたくて葬儀ギルドに来てみたら、死ぬ気で頑張れと言われたのだ。この世の絶望を一身に引き受けたような表情も、分からなくはない。

 だがしかし。

 はいそうですかと、葬儀をしてやるわけにもいかないのである。

 

 死後の世界の実情は知らないけれど、ゆるーい死者をヨーキ様は欲しがらない。当初、かたっぱしから送り続けた葬儀ギルドに、ヨーキ=ナハルはこう告げた。


『人手足りてないから我慢してたんだけどさぁ。あんたらさ、送る奴のことさぁ、もちっと選べな? せめて、これが最後のご奉公、くらいの覚悟ある奴よこせ?』 


 最初その話を聞いた時には、なんてワガママな女神なのだと思った。 

 しかし、よくよく託宣の意味を考えてみると、死の女神が欲しいのは、どうやら死の尖兵なのだろう。ようするに、ぼんやーり死んだ人たちでは、彼女の役にも立てないわけだ。おそらく、向こうに行ったら、聖戦にでも備えさせられるんだろう。


「今から魔導師に転職なんて、無理です!」


 おっさんの野太い涙声に、現実に引き戻された。なんで転職先に魔導師を。


「あの、どうして冒険者にこだわるのでしょうか? 何か辞められないわけでも?」

「おっしゃる通りです! 私みたいな高齢戦士は、ツブシが効かないなんですよ!」


 じゃあ、なんで戦士選んだんだよ。

 盗賊ギルドに入った俺でも、将来くらいは考えたもんだぞ。

 と、思った瞬間だ。

 爆発音じみた音がして、事務所の扉が蝶番ちょうつがいごとぶっ飛んできた。


「パン屋さん! パン屋さんしかないッスよぉぉ!!」 


 鼻息も荒く、おバカなミルのご帰還だ。耳いいな、お前は。

 ミルの腹から絞り出したようなパンへの渇望に、おっさんは無為に口を開閉していた。かわいそうに。

 申し訳ないが、おっさんには少し待っていて頂こう。


「ミル。何度言えばいいんだよ。事務所の扉は外開きなんだよ。内開きじゃない」

「斧を持つ手にローリングピンを! 振り下ろすのはパン生地ッスよぉ!!」


 そう叫びながらミルは滑るようにおっさんに接近し、肘かけにのせらていた両手を取って、上下にブンブン振っていた。まず、センパイの言葉を聞けよ、菓子パン娘。


「ふぉぉぉ……いい手をしてるッスよぉ! この手でこねられたパン生地を――」

「おい。その辺にしとけ。止めんと、もう菓子パン買ってやらんぞ」

「ンな!? ……うぅ……やめるッス……」


 ぱぱっと手を離してくれたのは、ありがたい。だが、いちいち涙目になるのも、ちょっとやめてもらいたい。思わず擁護したくなる。

 離された手を胸の前で交差するようにして、おっさんは躰を引いた。乙女か。


「いったい、いったい何だって言うんですか!?」

「いえ、すいません。うちの新米ギルド員でして……まぁ、それはともかくですね。もう少し頑張ってみませんか? ほかの人生だってあるでしょう。違いますか?」

 

 言葉に気を遣い、諭すように、優しく、囁くように。これも盗賊ギルドで覚えさせられた、秘伝である。

 押し黙ったおっさんの目は、膝に下ろされた手の平を見つめていた。乙女なのか。

 しばらくそうしていた悩める乙女のようなおっさんが、ゆっくりと顔をあげた。

 俺は安堵のため息をついた。

 おっさんは、なにかを期待するかのような、あるいは自分の可能性に気付いたかのような、輝きに満ちた目をしてた。


「私は、いいパン屋さんになれるでしょうか?」


 知らないよ。 

 なんでミルの方に感化されちゃったんだよ。人口過多だし斧もくわも大して変わらねぇだろうから、農家になれよ。斧にこだわるならきこりがベターだ。

 あと、視界の端で喜びの演武をするのはやめろ。おバカさんめ。


「何になるかはともかく、もう一度、ちゃんと生きてみましょう。悩みぬいて、苦しんで、絶望して、もはや無になるのも厭わぬ、ってなりましょうよ。そのときに、また来てください。そのときこそは、いいお葬式、あげられますよ」

「はい!」


 元から血色の良かったおっさんの顔が、さらに輝く。さながら……おっさんはおっさんだ。差し出された両手と、がっちり握手を交わすと、なるほど、長年斧を握ってきただけある。力強くて頼もしい、いい手をしている。


「それでは私は、ギルド員募集に――」

「ご相談料」

「え?」


 おっさんは手を引っ込めようと引っ張るが、俺が離すはずがない。


「ご相談料金、お支払いが済んでいませんよ?」

「……はい」


 慈悲はないのだ。たとえギルド員としての実績にはならずとも、タダ働きだけは、絶対にしないのである。

 何度も振り向き、爽やかな笑顔で手を振り、雑踏へ消えていくおっさん。一応ギルドの伝統にならって、ミルと一緒に手を振り返しておく。

 金にはなった。

 しかし、葬儀ギルドの一員として、むなしい。


「いいパン屋さんになるといいッスねぇ……」

「そうな。そんで、さっさと人生に満足して死にに来てくれたら、もっといいな」

「……パン屋さんの方がいいッスよぉ……」

 

 振り返ったミルの不満げなデコを、手の平でペチる。

 おバカな後輩の手の平の上には、拾ってきた蝶番を乗せてやる。


「いいから、扉直してくれよ? お前が壊したんだから」

「はぁい……」

 

 なんでそんなに、不満そうなんだよ。

 俺は鼻で息を吐きだして、帳簿の整理に戻ることにした。 


「センパイ? センパーイ!」


 書類仕事に戻った途端に、ミルのかるーい声が飛んできた。今度はなんだよ。


「工具箱なら、場所知ってんだろ?」

「違うッスよぉ、お客さんッスよぉ」


 ……客だと。

 さっきの今で、どうにも気分が乗らない。

 しかしすでに靴音は近付いてきている。しょうがない。

 顔を上げる前に、笑顔を作る。祈りも込めよう。今度はマトモでありますように。


 顔をあげた俺の視線の先にいたのは、背の高い老齢の冒険者だった。

 油を使って撫でつけられた髪は、収入の多さを示してる。太い顎をし、眼光は獣のような鋭さが見え隠れする。口の端には、苦い笑いだ。


「葬儀ギルドってのは、もっと辛気臭いとこかと思ってたぜ。安心した」


 声から溢れる、生き抜いてしまった、という孤独と、死への決意。 

 こっちが笑ってられねぇ。今日送った人よりも、さらに重い。

 その客は、死なせてやりたい、死にたい人だった。

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