トコシノイダの王宮は

 手配した王都の宿に入った俺たちは、ふかふかベッドがどうこう、とやたら騒ぐミルを無理くりに引っ張って、早々に王宮へと歩き出した。まずは牢獄に囚われているはずの教祖さまに会わなければ、何のために呼ばれたのかも分からないのだ。

 だったのだが。

 俺の前を歩くミルが、あちらこちらに首を振っては止まり、一向に進まない。


「すっごいスねぇ……人がいっぱいッス!」

「そりゃまぁ、王都だしな。ってか、そんなキョロキョロすんなって、田舎者だと思われるぞ?」

「ふぇ? 田舎者って、なんか悪いことなんッスか?」


 ミルは、心の底から分からないっス! と、いった様子で、小首を傾げた。背後でミランダとエステルが苦笑しているのが見て取れるかのようだ。まったくミルは、いつでもどこでもミルらしい。

 もっとも、普段の拠点地であるライト・シハナミの街も栄えている方なので、言うほど田舎の住人というわけでもないが。

 ……俺は誰を相手に、なにを張り合ってるんだよ。

 ため息交じりに、ミルの左手を掴んだ。


「ほら、ちゃんとついてこい。観光なら先に仕事済ませてからだ」

「でもボク、もうちょっと色々……」


 そう言って一瞬デコを曇らせたミルは、しかし、キラキラと笑った。


「でもでも! お仕事も大事っす!」


 すかさず空いた手でビシっと敬礼。どういう心境の変化なのか。

 思わず振り返ると、ミランダは相変わらずの苦笑い。しかしエステルは、なぜか両手をぎゅっと握りしめ、目を輝かせていた。

 まるっきり子供……子供か。

 なにを見て興奮しているのかは定かじゃないが、どうせロクでもないことだろう。

 とりあえず俺はご機嫌なミルの手を手綱代わりに、王宮まで引っ張らせた。


 遠目でも分かる巨大な城である。作りたがるのはバカか間抜けか自己顕示欲ばかり強い国王くらいのものだろう。言い換えれば、蘇生魔法の誕生によって生まれた、今後の維持費が何一つ考えられていない巨大公共事業でもある。


「蘇生魔法が世の中から消えたときの保険ってことなのかねぇ」


 誰に言うでもなく、思わず口にしていた。

 真っ先に反応したのは、もちろんミルだ。


「? どういうことッスかぁ?」

「単純に労働賃金が格安のいまの内に作っておいて、下がったところで売っぱらうって寸法だよ。市場に金が余ってるうちは、バカな金持ちあたりが、王宮の一部が買えるなら、ってことで買うだろ? だけど蘇生魔法がなくなったら、維持費がかさむだけの無用の長物。あっという間にゴミだ。維持費が安い今ならではってことだわな」

「なるほどーっす!」


 ぽえぽえっとした納得の表情。だめだ。絶対分かってない。

 がくりと肩を落とすと、エステルが質問をくれた。


「そんなにうまくいくのかしら? 蘇生魔法がなくなったりしたら、また戦争も始まるでしょう? そうしたら私だって、こんな華美な城に住みたいなんて思わない」

「そりゃ、お嬢の家が冒険者一家で軍人半歩手間の家系だからだよ。蘇生魔法で生まれた成金連中なんかは、その辺分かってないのさ。それに――」


  俺は首を振り、王宮をぽけっと眺めていたミランダに言った。


「普通の人は、ああいう、所謂、お城! てのに、一度は住んでみたいんでしょ?」

「へぁ!?」


 頓狂な声をあげたミランダは、顎に指先を押し当て、首をひねった。


「うーん……どうなんでしょう? たしかにちょっと憧れるところはありますけど、でも住みたいかというと……?」

「ボクもあんまり住みたくはないッスねぇ……」

「おお? 意外だな。ミランダさんはともかく、お前がねぇ」

「おっきいと、お掃除が大変そうッスからねぇ……。ボクはあの家が好きッス」


 ミルのいう『あの家』というのは、ライト・シハナミの事務所兼自宅のことだろう。二人相部屋の時点で手狭だと思っていたが、ミルにとっては違うらしい。ミランダが居候に加わり、人口過密もいいところだろうに。

 俺は鼻を鳴らして、一般開放されている王宮の中庭へと足を踏み入れた。


「……華美だな」

「しかもセンスがないわ」

「ぴっかぴかッス!」

「……ごてごてしてますね」


 増改築を経た中庭は無駄に広大で、謎の彫刻に噴水にベンチに、と豪華である。人件費がアホほど低下したことの象徴ともいえる。また見渡したところで戦争に有利な要素がなにもない。蘇生魔法による冒険者の異常増加傾向は、こんなところにまで波及しているのだ。

 戦争を始めたところで死者が増えるでもなく、そのくせ蘇生魔法があるから経済活動だけは活発なまま。世界は一時とんでもなく泡沫的な経済情勢となった。


 結果、元は機能美の塊のようだった砦は、はた目には絢爛豪華でありながら、実態として爆安にわか張りぼて王宮へと変貌したのである。

 しかも不幸なことに設計考案者たる国王陛下は、元は要塞に住むような武闘派。当然のように、張りぼて王宮に美術的センスなど欠片ほどもなく、ただただ無駄に豪奢で華美で下品な代物となっていた。


「てかこれ、一般開放しても意味ないよな」

「……落ち着かないもの。仕方ないわね」


 そこに座るだけで精神の安定を欠きそうな金色に輝くベンチには、誰かが座った形跡すらない。落ち着かないのは悪魔的デザインと高級感だけではなく、周囲をうろつく警護兵のせいもあるだろう。

 物騒な武器防具を携えた警護兵たちは、ただの警護兵ではない。余った冒険者たちを蟲毒のごとく戦い合わせて選抜を繰り返した、化け物級の精兵たちである。彼らの監視下で黄金ベンチに寝そべるバカは、ジークのバカくらいしか思いつかない。


 兵士の一人が、ぎぬろ、とこちらを睨みつけてきた。

 まさか心を読んできたわけではないだろう。

 俺は盗賊ギルド時代に培った渾身の愛想笑いを浮かべつつ、声をかけた。


「えーと、申し訳ないんですがね。実は我々、囚人に面会したいのですが」

「なんだと? 面会?」


 兵士の目力はどこまでも強い。


「まずは名前と、面会したいという囚人の――」

「ヨーキ=ナハル教団の教祖に、お会いしたいんですよ」


 俺は兵士の二の句を遮って、傍らのミルに手を差し出した。

 ぽふん、と柔らかい感触。

 ミルは、差し出した俺の手の上に自分の手を重ね、不思議そうにしていた。

 すかさずデコをペチった。


「こら。誰が『お手』しろ、なんていうんだよ。あの手紙だよ」

「あ、そっちッスねぇ」


 ミルは合点がいったという様子で鞄をごそごそ漁り始めた。


「まったく……そういうのはちゃんと言っておいてほしいっス……」


 聞こえてんぞ、おばかめ。

 俺は受け取った手紙をはらりと開き、手紙の赤い蝋封とともにみせた。


「この通り、教祖さまから召喚状が届きましてね。どうですか?」

「ふむ……では私についてきてくれ」


 そう言って兵士は他の警護兵に手を挙げ、ついてこい、と顎をしゃくった。

 態度悪いな。冒険者余りの現代で、未だに雑な接客が成り立つとは。

 胸裏で文句を呟くと、兵士が肩越しに睨んできた。マジで声が聞こえているんじゃなかろうか。


 さすがに教祖様の牢屋は一般囚人とは別だろう、と思っていた。

 だがしかし、現実はそう甘くないらしい。

 連れていかれたのは居城近くにある小さな建物で、中では薄汚い長机についた不機嫌そうな兵士が一人、待っていた。

 不愛想な兵士は、ミルの手から手紙をひったくり、眺めた。


「ふぅん……あのイカレじじいにねぇ。まぁ、いいだろう」


 背もたれに躰を預け、奥の方へと声をかけた。


「おい! 誰かこいつらをあのジジイのとこに連れてってやれ! 面会だ!」

「うぇーい」


 いまどき盗賊ギルドの下っ端ですらしないような、ゴミじみた態度だ。

 実力はたしかなのに薄給で買いたたかれた冒険者というのは、こうも――。


「あなたたち! その態度はなんですか!」


 うぉぉぉい!

 思わず振り返ると、エステルが腕組みをして胸を張り、フンスと鼻を鳴らした。


「たとえどんな事情があるにせよ、面会に来たものは王国民であり、あなた方を雇う国の民です! つまりあなた方を使役するのは王であり、その民である王国民ですよ!? それがなんです! 国に雇われる身でありながら、なんたる横柄!」


 世が世がなら素晴らしい女武将になったことであろう。

 ってんなわけあるか。面倒はごめんだ。


「お嬢! とりあえずここは、押さえてもらって! 仕事だから、仕事だから!」

「ネイト! あなたも、あなたです! さっきから黙っていれば、なんですかその弱気な態度は! 王国が誇る偉大なる戦士、グレイブを弔った葬儀屋が、なんだってそんな弱腰なんですか!」


 そう高らかに宣言したエステルは、床を激しく蹴りつけた。

 こういうときはミルに制御してもらう、と思ったら、おバカは「おおーっス」ってな様子でポケっとしてるし、ミランダさんはヘラヘラと愛想笑いだ。

 俺は爽やか青年スマイルを武器に、受付担当の兵士に一言添えた。


「すいませんね。ウチの若い子はまだ――」

「グレイブ? グレイブって、あの白狼のグレイブか?」


 聞いたことねぇよ。

 心中のツッコミは当然ガン無視されて、エステルは、きっぱりと宣言した。


「いまさらですか! 私はグレイブの娘、エステル!」


 お嬢は、すぅ、と小さな胸いっぱいに息をため込み、吼えた。


「私の名はエステル・オーガスタ・ツヴァンツヒ・グラーフィン・フォン・ケンプフェル!!」


 なげぇ。


「こ、これは……これは失礼いたしました!」


 兵士は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、最敬礼をしながら息を吸い込んだ。


「エステル・オーガスタ・ツヴァンツヒ・グラーフィン・フォン・ケンプフェル様!!」


 だから、なげぇよ。

 満足そうにうなづくエステルにげんなりしつつ、手と足を同時に振りだす兵士の後ろに続いた。


 薄暗い廊下に兵士のぎこちない足音が響く。松明やランプの光は心もとない。

 鉄の格子の向こうには、大量に囚人が詰め込まれている。

 全てとは言わないが、大半が元・冒険者だ。人が増えすぎて仕事クエストがなく、盗みを働こうにも防御はどこも堅牢。殺されても悪徳蘇生屋の手によって現世に戻され、働かされる。


 ヨーキ様の下で行われる魂の過剰労働よりも過酷な生活を避けるため、彼らは微罪を働き、のだ。死ななきゃ安い、の典型例である。意外に長い廊下と、漂う悪臭も、どこか盗賊ギルドを思い出させる。


 連想から再生された嫌な記憶に、雰囲気を変えたくなった。

 しかし、ミルは牢屋の中に興味津々で、ミランダは鼻をつまんで目を瞑り、完全防御態勢に入ってやがる。

 しょうがなく、本当にどうしようもなく、諦め交じりに、首だけ背後に向けた。


「お嬢。いつのまに家督を継いだんだ?」


 先ほどのバカみたいに長ったらしい名前には、すべからく意味がある。前半は誕生日を忘れることを恐れた親父――グレイブ氏――に、そのままつけられたのだろう。最後尾のケンプフェルとは、闘士を意味する。つまりはグレイブ氏か、それ以前のご先祖さまか、いずれにしても家系が武闘派をそのまま意味している。

 間に入ったグラーフィン、これが爵位だ。


 前に何も入っていないから、おそらくただの伯爵。いや、ただのとかいう水準の話ではない。伝統的に名家だということだ。言い換えれば、増えすぎた冒険者対策の水増し爵位ではない、ということである。そしてグラーフィンと名乗っているということは、既に家督を継いだ証なのだが――。


「まだ継いでいないわ」


 エステルは、あっさりと、そう答えた。

 じゃあ、詐欺じゃん。

 想定外の角度から訪れた盗賊ギルドへの郷愁に、足が重くなるのを感じた。

 ダラダラと歩き続けてさらに下へと降りて、日の光など望むべくもない地に至る。

 立ちふさがるはヨーキ=ナハルの紋章が入れられた鋼鉄の扉だ。


 兵士が手をかけ、耳障りな音を鳴らして開く。

 闇に沈んだ部屋の燭台に、火が灯される。浮かび上がったのは木製の机が一つ。対面するように並べられた椅子が二つ。

 奥に、さらに一枚の鋼鉄製の扉がある。扉の上部には覗き窓がついていて、一見すると中には凶悪犯でもいそうな塩梅である。

 兵士は俺に椅子を勧めつつ、奥の扉に向かった。


「面会です。グレイブ氏の葬儀を担当した葬儀屋だとか」

「葬儀屋きたか! これで死ぬる! ……ふぉぉぉぉぉ!!」

「えぁ?」


 溶けた石炭もかくやという漆黒の牢獄から響いてきた狂喜の色乗る雄叫びに、俺は思わず机に置いた肘を、ずっこけさせていた。

 あの、もってまわった、格式張った書状は、なんだったのか。

 分かっちゃいたが、今回の依頼人も、一癖二癖ありそうだった。

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