葬儀ギルドの仕事を超えてない?(約4万5千字)
教祖様が呼んでいる
「せんぱぁ~い。まぁだ着かないっスかぁ? ボク、もう飽きちゃったっス……」
そう言って、オバカな後輩あらため、ほんのり賢くなった後輩が、不満そうに足をプラプラさせていた。武道家のたしなみです、と言わんばかりに、跳ねる馬車の動きに併せて、足がプラりと振られる。
靴先が優雅な弧を描き、俺の膝へと突き刺さる。
いや、いてぇよ。
「あ、ごめんなさいっス」
「……何度目のやり取りだよ。ミル、お前、到着前に俺を歩けなくする気か?」
「だから、ごめんなさいって言ったッスよぉ……」
頬をぷこっと膨らませ、やはり足を振り始める。ガスり、と膝が。
俺はすかさずミルの退屈を持て余したデコをぺちった。
「やめろ。おばかさんめ。お前、先輩になったんだ。子供っぽいことしてんなよ」
「でもエステルちゃん、一人だけ別の馬車でずるいっス」
「いや違う。いいかミル。よく見てみろ、あれは馬車じゃない。好きで乗り込んでんのは、あのお嬢くらいのもんだ」
「ほぇ? ボク、また乗りたいっスけど……?」
そう言ってミルは窓から身を乗りだし、追走してくる爆音に手を振った。
ばかめ。おばかめ。何も賢くなってねぇじゃねぇか。
俺はミルの隣に目を向けた。墓守休業中でミルの教育係を務めるミランダである。
しかし彼女は、秒の速さで窓の外に目をやった。
「えと、その、でもすごいですよね! あの馬車! 私も一回乗って――」
「だからあれは馬車じゃないって言ってんでしょうが!」
「ひゃわぁ!?」
俺は馬車の狭い客車の中で立ち上がり、背中越しに窓の外を指さした。爆音をあげ土煙をあげつつ追走してくる塊がある。
戦車だ。
真っ黒に再塗装された、紛うことなき戦車である。
黒い戦争の権化を操っているおっさんは、冷や汗垂らして苦笑いだ。理由は単純明白。隣で腕を組んで仁王立ちしている、満足気な少女のせいだ。
このおバカな移動に至った諸悪の根源。グレイブ氏の娘さん、エステル嬢だ。
彼女は当初、一人一台の戦車を用意するとか言っていた。バカか。
もちろん俺は地味に行きたい、と進言し、渋る彼女を説得するため、伝家の宝刀を抜いたのだった。
つまり、
「あの、勉強しに来たんだよね?」
と、言ったのだ。
彼女は、ぐぬぬ、と唸りつつ、なんとか首肯してくれた。はずだった。
結果として、地味にするため黒くした、とかいう戦車が一台、追走している。
バカめ。
しかも彼女は、せめて持ってくエモノは普通の長剣にしてくれという、ごく当然の要望も、華麗に受け流した。戦車には荷台なんぞという快適装備を備えていない。荷物は俺たちの乗る通常の馬車に、積まれるというのに。
そんなわけで、後ろの窓からのぞく空には、剣の先がみょんみょんと揺れている。
馬車の天井からはみ出している剣先は、もちろんお嬢様ご愛用の品、
なんでも誕生日プレゼントにもらった品で、受け取った幼き日の――いまも十分幼い気がするが――エステルは喜びのあまりはしゃぎすぎ、手に持っていたホットミルクをぶちまけたらしい。
届いたその日に乳白色に染まって乳臭くなった大剣。
涙目のエステルに、グレイブ氏はこう言った。
『エステル、泣くことなんてない。きっとこの子はミルクが好きなんだ!」
『ほんとに? そうなの?』
『ほんとだとも、そうじゃなかったら、いまごろ怒って折れてるところだ』
『じゃあ、この子の名前は、今日からミルクちゃんね!』
話の対象が大剣でなけりゃ、微笑ましい話だ。
最後のはエステルの母親の言葉だというから、一族揃って思考回路が冒険者ということになる。
なんで俺の下に集まる人材は、一芸に特化しすぎになるんだろうか。
あと、なんでミランダはついてきたんだろうか。
盛大にため息をつくと、ミルが不思議そうな顔をして、小首を傾げた。
「せんぱい、なにか悩みごとでもあるっスかぁ?」
「……まぁな。いま戦車にのって仁王立ちしてたり、俺の前で首かしげてるよ」
「大変っスねぇ……そうだ!」
他人事のように言ったミルは、なにを思いついたのか、お気に入りの肩掛け鞄に手を突っ込んだ。出てきたのは、付箋だらけの手帳だ。
へなへな~っとした文字で埋め尽くされたページを開いて、素晴らしい笑顔。
「トコシノイダに着いたら、ここに行くっス! きっと元気いっぱいッスよぉ!」
「お前、もうちょっと綺麗な字で書くようにしろって。えー、なに? ブーランジェリー・ベルフェルゴルズ……ってパン屋じゃねぇか」
「そうっス! ボクの調べだと、ここのプーカブーの羽ってパンが、食べると幸せいっぱいになるパンって評判で……」
頭を抱えた俺に、続きの言葉は届きやしない。
まず、なぜパン屋に性を司る悪魔の名前を冠したのか疑問だ。プーカブーとかいう生き物も、よく分からん。ついでに食べると幸せになるのはミルだけか、多くともミルとミランダとエステルで、俺の胃袋は悲鳴をあげるだけだろう。
とは、満面の笑みで嬉々として語るミルには、言えやしなかった。
「分かったから、分かったらしゃんと座れ。そして足を振るな」
「りょーかいっスよぉ!」
ビシっと敬礼したミルは椅子につき、すぐさま足をプラプラさせた。
「……おバカさんめ」
俺は教育係のミランダにジト目を飛ばして、窓の外に目をやった。
なぜか空は晴れ渡り、馬車は王都トコシノイダのすぐそこまで近づいていた。
せめて暗雲立ち込めていてくれたのなら、少しは緊張感も持てただろうに。
口角が自然と下がる。
ミランダが、苦笑しながら、小声で言った。
「旅行みたいなものですからね。ミルちゃんだって、ついはしゃいじゃいます」
「勘弁してくださいよ。これ、どう考えても厄ネタなんですから」
「厄ネタ……? なんですか? それ」
「……ようするに、頭と胃が痛くなるお仕事ってことですよ」
「うえぇ!? せんぱい! 大丈夫っすか!? どこか悪いところが……」
すかさず反応してきた心配げなデコを押し戻し、再び席に座らせる。
「ちっげぇよ。悪いのは状況だよ、状況」
俺の手の中には、ヨーキ=ナハル教団の刻印が押された、書簡があった。教祖以外は使ってはならないという刻印入り。つまり教祖直々の仕事の依頼書というわけだ。
開くとそこには、達筆すぎて却って読みにくいことこの上ない字体で、
『死にたい。タスケテ』
と、書かれていた。
実際には、意味を読み取るのが困難になるほどの隠喩で書かれ、文章自体も暴力的なまでに装飾語がまとわりつき、怪文書そのものだった。解読するためだけに、ミランダの手も借り、丸二日を要したほどだ。
当初は、なんだって依頼書ないしは業務文書を分かりにくく書くのか、と悩んだ。
謎は、おべんきょーめがねを装着したミルの発した言葉によって、氷解した。
『恥ずかしいから、見られたくなかったんスねぇ……』
もちろん俺は、うんうん頷きを繰り返す訳知りデコを、ペチろうとした。
ペチらなかったのは、ミランダとエステルが眉を寄せて唸ったからだ。
曰く。
『教祖さまが、葬儀ギルドの末端に直接依頼するんですもんね……』
『ヨーキ教団の教祖って、まだ獄中でしょう? どうやって送ってきたのかしら』
元より嫌な予感はしていたものの、厄ネタ扱いはその時、確定した。
普段なら二秒ほど悩んだ上で断る仕事だが、教祖の依頼となれば、そう簡単にはいかない。しかも、わざわざ暗号めいた文言で書き記し、謎の手段で送り届けられた文書である。
断ったら首が飛びました、で済めばまだいいが、相手はヨーキ=ナハル教団。断ったら無限の闇に葬られました、まである。あるいは火葬されたりも。
脳裏に過るは、つい先日、自宅兼事務所を襲った暗殺者たち。
連中がヨーキ=ナハル教団がらみと確定したわけではない。しかし手紙の届いたタイミング、そしてアンブロジアの依頼を勘案すれば、教団の影がちらつく。
言い換えれば、葬儀ギルドの存続にも関わる政治的な理由で送り込まれてきた可能性は、非常に高いということだ。
……。
「ああもう!」
「ふえぇ!?」「ひゃあ!」
「なんで! 俺のとこには! こんな厄介な仕事ばっかり来るんだよ!!」
俺の叫びに、
「せんぱい! ボク、がんばるッス!」
ミルが、元気いっぱいに応えた。
ミランダの苦笑いを乗せた馬車は戦車を引き連れ、トコシノイダの門をくぐった。
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