営業の極北
問。年がら年中雪が降ってる極北の森で木を切るためには、何が必要か。
答。暖かい服、食料、火おこし道具、パンを十分に与えたミル。
葬儀ギルドに入る前まで、そんな馬鹿な問いを立てることは無かった。そしてこんな間の抜けた回答をすることもなかっただろう。
しかし問いと答えは、極北の地で生きるには必要な問であり、答えでもあった。
スラ・エマンダに来てから気づいたことだが、どうやら俺の腕力というのは極北において非力に分類されるらしい。なにしろ、借りた斧が満足に振れないのだから。
いかな元・盗賊で荒事嫌いと言っても大人の男だ。斧くらいは扱えると思っていた。しかし実際に手にしてみたら一回二回振るならまだしも、木が倒れる間では絶対無理だと確信させられてしまったのだ。
なにせ斧の重量はライト・シハナミで売ってるものの倍はある。
さすがにこいつを振るのは無理だから、もっと軽いのないのか、と司祭に尋ねはしてみた。
返答は、「それ、手斧。あー、ある、子供。木、無理」、とのことだった。
司祭の汎用語はあまり上手くなく、口の中でモゴモゴ言うような訛りがあって聞き取りづらかった。けれど言いたいことは分かる。
俺が振れない斧は、スラ・エマンダの住人にとっては片手斧だというのだ。ついでにもっと小さくて軽いのは子供用くらいしかない。
そしてそんな環境ゆえなのか、広葉樹はどいつもこいつも固すぎて子供用じゃ刃が通らないのだそうだ。つまり、魔王城界隈に街を作った人間がいるって噂も真実だったら、そこに住んでる連中が王都に来れば、例えガキでも兵長くらいにゃなれるってのも真実だったわけだ。
いずれにしても俺に『スラ・エマンダで借りれる手斧』なる神器は扱えない。しかし俺とミルが街に来た分だけ、薪の消費量も上がってる。住人たちは気にするなと言ってくれるが、生活の全てにキツさを感じる極北の地で甘えるわけにいくまい。
そんなわけで、今日も元気に両手を振って先行するミルが頼りとなった。
「今日はお日さまが出てて暖かいッスねぇ」
ミルが手袋に包まれた両手を広げ、しみじみと言った。
どこがだ、と言い返したくなる。けれど現実に昨日や一昨日は外に出るだけで命の危険を感じた。
それゆえに、仕方なく、止むを得ず、他に言いようがなく、
「そうだな」
と、だけ返しておく。
フェイスマスクで顔を覆ってフードを被って、なお呼吸が辛い。そんな中、ざしりざしりと雪を踏みつけ、
俺だって子供の頃は、雪が降れば外に出たくなったもんだ。空は曇って寒くて面白くもなんともないし、ちらちら舞い落ちる雪の粒を目にしてうんざりするだけ。なのになんでか知らんが外に出たくなるもんだった。ついでに積もれば無意味に飛び込んでみたくなる。それが子供の頃の雪だったし、大人になっても、つい最近まで変わらなかった。だが、いまは別だ。
そんな不平不満を思い浮かべつつ歩くこと、およそ二時間。辺りは白樺の森になってきて、さらに日も十分上がった。気温が上がってきたのはありがたいのだが、今度は雪の照り返しで目が痛くなってくる。
今日はさらに奥まで入り、山の方まで行く。薪の採取はいまの内にすましたい。そして樵の真似事をするなら先にやるべきことがある。
俺は肩に食いつく雪舟の綱を下ろして、ミルに声をかけた。
「うぉぉい。ミルー? 今日はここらで準備済ませて、奥まで行くんだぞー?」
「はっ! そうだったッス! じゃあ、何本かいっとくッス!」
振り返ったミルは、しゅしゅしゅ、と腕を振ってみせた。どうやら毎回、先にやらなきゃいけないことは忘れてしまうらしい。便利な頭だ。
俺は雪舟に積んでおいた鞄から色眼鏡を取りだし、ミルに投げ渡した
「先にそいつかけとけ。目ぇ悪くなんぞ」
「りょーかいッス!」
「あと今日は奥まで行くから、ここらで軽くメシ食ってくぞ」
「そっちもりょーかいッス!」
ミルは弾むような声をあげ、ビシっと敬礼を返した。しかし全身モコモコ、頭にはフードに耳当て、顔はフェイスマスクに色眼鏡。いつもながら、というより輪をかけて緊張感のない敬礼だった。
俺は思わず頬が緩むのを感じつつ、木々の裏に陣取り雪を踏み固め始めた。
「ちょいやぁぁぁッス!」
途端に聞こえてくるミルの怪鳥音。そして、ぱこーん、と良く響く音がした。
見れば真っ赤な手甲をはめたミルが白樺の木に手刀を入れている。すでに何度なく見ているので今更な光景ではあるが、何度か倒す方向を間違えられて怖い思いをしたので確認せずにはいられない。
木は一撃で谷側に傾いでいた。ミルが山側に回って、構えを取る。
「えい」
ごく短くやる気のない掛け声とともに、幹に足刀蹴り。メリメリ悲鳴を上げつつ木が倒れる。容易い。だが俺には真似できない。ちなみに俺は手刀と足刀蹴りと呼んでいるミルの技は『ちょいやー』と『たぁ』らしい。分からん。特に掛け声が「えい」なのに技名が『たぁ』なのは納得もいかない。
そんなことを考えている間にも、ミルは白樺の枝を引き摺り、戻ってきた。
「とりあえず、焚き付けッス!」
「おう。あんがとさん。んじゃあ、何本か短くしといてくれ。俺は茶ぁ淹れとく」
「あ、それならボク――」
「蜂蜜たっぷり、だろ?」
俺は食い気味に答えつつ、受け取った枝を短く折った。
「今日は奥まで行くからパパっとやっちゃってくれ」
ミルは木から降り落ちたフードについた雪を払いつつ、びしっと親指を立てて樵に戻っていった。敬礼以外の返答があったとは。街の子供にでも教わったのだろうか。
俺は想定外の返答に小さな驚きを感じつつ、火を起こして雪を溶かし、茶の準備をはじめた。ついでに太い枝を選んで、持ってきたパン生地を巻いて火にかける。
山に響くのは、ミルの修行じみた掛け声と木を蹴り倒す音くらい。あとはときどき白樺の油が爆ぜる。なんとも長閑だ。もっとも、魔獣の足音や遠鳴でもあれば、それはそれで困ってしまうのだが。
それからしばらくして。
パンと紅茶を腹に収めた俺たちは、薪をその場に積んで目印を立て、雪舟を引きつつ山登りをしていた――のだが。
斜度はどんどんキツくなり、それに伴い天候も少しずつ悪化していく。木々の密度は減っていき、雪も重さを増す。気づけば雪舟はミルが引き、俺が後ろから押す形となっていた。
「センパイ、もうこの辺にしといた方が良さそうっスよぉ?」
「あん?」
なにを急に止まってるんだと顔を上げると、ミルはすぐ先を指さしていた。毛皮の手袋が示す先を目で追うと、森が途切れている。さらに上は一面の……岩場だ。
雪もつかない斜面である。もう少し上までいけば雪も見えるが――。
「お天気も悪いし、お家に帰るのも時間かかっちゃうッス」
「……だな。仕方ねぇ。この辺りにしとこう。そこらに雪舟引っ掛けてくれ」
ミルはいつもの返事の代わりか雪舟を引き上げ、あたりを見回した。
俺もつられて首を振る。けれどあるのは岩場とその陰に生える草だけだ。
「どした? なんかいたか?」
「んんぅ……なにかいた気がするッスねぇ。でも、隠れちゃったっぽいッス」
「なんかって、獣か? それともヤバい系か?」
「怖い感じはしなかったッス。もしかしたら、お城の方からきた人かもッスねぇ」
そう言って、むむむ、とミルは山の上を見上げた。
いや、人はねぇだろ。あの城は魔王さまとやらが住まう城だぞ。
……思わずツッコミをいれたくなったが、チャンスかもだな。
「よし。ちゃちゃっとやっちまおう」
「早く帰って、お勉強するッス!」
言いつつ、すでにミルは、白樺の杭を足元に突き刺していた。
杭は下で作った物で、二本並べて立てる。そこにもう二本を地面と平行にくくりつけ、中心に板を――要するに、看板を作った。
そう。立て看板である。看板には手早く広告を貼り付け、その下にビラを設置。
広告の内容はこうだ。
『相談料無料! 相談料無料!
魔王軍の皆様へ。ヨーキ=ナハル信仰をお持ちの皆々様へ。
そして、ご葬儀でお悩みの全ての方へ! 『ネイト&ミル』にお任せください!
直接お越しいただいてもかまいません!
御用命の際には、スラ・エマンダ外れの『プリピャチ教会』へご一報ください!
安らかな死。荘厳な死。死は誰にとっても平等であります。
ご自身の葬儀であっても、ご家族ご友人の葬儀であってもかまいません。
ぜひぜひ、お気軽に『ネイト&ミル』へお越しくださいませ!
相談料無料! 相談料無料! 』
広告は俺の専門外。ミルのアドバイスを受けつつ、多言語で書いた広告だ。
隙あらば『ネイト&ミル』『プリピャチ教会』の文言を打ち、さらに四隅に相談無料の惹句を書き入れた。ミルの希望もあって、手製のへたうまな絵も入ってる。俺とミルが翼の生えた悪魔の相談を受けたり、にっこり笑って昇天してる絵なのだが――
正直、何度見てもまるでパン屋の安売り広告にしか見えない。
特に相談無料の連呼。売りはそこなのかと思う。
「何度見ても、完ぺきッス!」
「……ほんとにそうなのか?」
「間違いないッスよぉ。ボク、いっぱいこういうの見てきたッス」
「……そうか」
俺の方は自信がないから反論の材料も見つからない。諦めて、もう少し細かく書いたビラを広告の下に置いて、釘で打ちつけておく。気になる魔の者には持っていってもらおうという考えである。正直、こっちは驚くほど金がかかった。
一応紹介しておこう。ビラには細かく、演説をぶちあげてある。
『魔王軍の皆様へ。ヨーキ=ナハル信仰をお持ちの皆々様へ。
そして、ご葬儀でお悩みの全ての方へ! 『ネイト&ミル』にお任せください!
死者蘇生の術が誕生してから今日まで、葬儀ギルドは人々の死を尊重して参りました。ギルド全体の葬儀実績は数千を越え、幸いなことにご遺族からもお喜びの声を多数いただいております。しかし、ギルドは重大な事実から目を逸らしておりました。
それは、皆さま、魔族の方々のご葬儀であります!
魔族と人族の間で事実上の休戦状態となったいま、魔族の皆様のなかには、「ご家族に囲まれ死を迎えたい」、「誰も知らぬところで眠りたい」、あるいは「勇者たちと戦い華々しく散りたい」などなど、多数の理想とする永遠の眠りもあろうかと思います。
しかし葬儀ギルドは人族ばかりを優先、皆様はないがしろにされてきました。それは事実上の休戦となったいまも変わりません。人族は足元まで迫り、さながら籠城状態を強いられること幾星霜、皆様の中には望みたい死を迎えたいという願いもあるはずです。その願いに、人族は答えてこなかった!
われわれ『ネイト&ミル』は違います!
われわれ『ネイト&ミル』は、かねてより皆様と親交の厚かったスラ・エマンダを現拠点とした、歴とした葬儀社であります。人の世での実績は十分。魔族の皆様のご葬儀を承りたい、と願い出て、人族のギルドとも袂を分かっております
ご相談料は当面、無料となっておりますので、ご葬儀にお悩みの方は、お気軽にスラ・エマンダ外れの『プリピャチ教会』まで、ご一報ください。直接お越しいただいてもかまいません。
死はすべての生命にとって平等であります!
安らかな死。荘厳なる死。
生きとし生けるものすべてに、満足のいく死をお届けしたい。
その一心で、われわれ『ネイト&ミル』は皆様のお越しをお待ちしております!』
あとは細かく、教会の住所なんかを入れてある。できれば人族の共通語を分かる魔の者が手に取ってくれればいいのだが。
「センパイ、心配しすぎッス。下に作ったのは、ビラなくなってたッスよ?」
「まぁな。つか、実をいうとビラが無くなってたことにびびってる」
ミルは不思議そうに小首を傾げた。
「なんでッスか? 広告、ばっちリッス!」
「だから不安なんだけど――ま、いいや。帰ろう。躰が冷えてきちまった」
「? 変なセンパイッス!」
言いつつ、ミルは雪舟の頭をふもと側に向けて乗り込んだ。もう少し下ならともかく、こんな急斜面も滑り降りる気か。
俺はため息をつきつつ乗り込んで、ミルの腰に手を回した。
「しっかり捕まってるッスよぉ……はいよぉぉぉッス!」
「だからそれ、雪舟で言っても仕方ねぇだろ」
俺のツッコミを聞き流し、ミルのあやつる雪舟はゆっくりと滑りだす。
そして、思わず悲鳴をあげそうになるほど加速していった。
やることやっても、死んじまったら意味がない。
俺はミルの操船を信じて、必死に捕まっているしかなかった。
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