ご先祖様の寝込みを襲う

「地下牢から教祖の死体を盗む、ねぇ」


 盗賊ギルドのマスターはそう言って、俺のグラスにワインを注いだ。


「ネイト。あんた、オツムの方は、あんまり良くないようだね」

「ええまぁ。よく言われます」


 機嫌を損ねられたら困る。相槌を返した俺はミルを手招きした。

 ミルはわざとらしく大きな靴音を立て、だいぶ目減りしたパン袋を持ってきた。無言のまま袋から油紙の包みをとりだし、名残惜しそうに卓上に置いた。マスクの下で仏頂面をしているのは間違いないだろう。


 俺はデコペチしたくなるのをこらえ、包みを開いた。ラスクだ。ほのかなガーリックの香りが鼻孔をくすぐる。不承不承でありながら、ちゃんとワインに合いそうなものを選んでくれたらしい。

 ほう、と息をついたマスターの手が伸び、ラスクを一枚つまみ取る。


「なかなかイイ趣味をしてるじゃないか、見直したよ」

「ありがとうございます。選んでくれた相棒に感謝しないと」


 さりげなさを演出してへこんだ後輩のフォローもいれる。ワインを一口。最高級とは言わないが、上等な品ではあるらしい。俺もラスクを頂こうか――


「ああっ!」


 ミルが悲痛な叫びをあげた。時間が止まった。

 俺は愛想笑いをマスターにみせ、再び手を――


「うぅぅぅ」


 今度は泣いているかのような、犬にも似たうめき声だ。

 交渉を見守っていたエステルが鼻を鳴らした。


「ひとつくらい、食べさせてあげるのが上官のありかたではなくて?」


 冒険者のパーティでも、軍隊でもないのだが。

 俺はマスターに目配せをした。うなづき返してくれている。


「あー、ほら、そこ座れ。ワインも飲んでいいぞ」

「! やったぁぁぁぁ!! センパイ、大好きッスぅ!」


 そう叫び椅子をゴリゴリ引きずってきたミルは、早速ラスクとワインを口にした。


「んんぅぅ~! 幸せの味ッスねぇ……」


 幸せそうに口をもごもごさせて、しみじみとそう言った。いまごろ頭の中では、お花畑が無限に領土を拡げているとこだろう。

 俺は片肘ついて頭を抱え、笑いをこらえるマスターと交渉を再開した。


 交渉は、持ってきたパンのおかげか、和やかに、そして快調に進行した。とはいえ取り分の問題もあり、教祖様を盗みだす話については保留だ。

 代わりに、盗賊ギルドが恩恵をあずかっている神像の方は、マスター自ら案内を買って出てくれるという。ありがたいことに護衛のギルド員もなし。カンテラ片手に先頭を歩くマスター以外に、無駄に気を張る必要もなくなった。

 ただ、エステルにとっては、マスター直々の案内が理解の外だったらしい。


 地下道に入ってしばらくして、肩をつつかれた。

 エステルが手招きしている。耳を貸せとのジェスチャーつき。


「マスター自ら案内をするとか、盗賊ギルドって、人材不足なのかしら?」


 一応は気を使って小声でいってくれたのだろうが、意味なしだ。

 先導するマスターの耳が、ぴくりと動いた。気がした。ギルドの長が地獄耳で聞いているなら、下手な回答はできない。

 俺は聞き耳を立てずとも聞こえるように、軽い調子で口を開いた。


「違うよ。神像のある場所がそれだけ重要な場所で、マスターひとりでも、俺たちくらいなら相手にできるってことだ」

「ほんとに? だったら、なんであそこには十人足らずしかいなかったの?」


 偉大なる闘士の娘とはいえ、もう少し言葉を選んでほしい。あきらかにマスターがこちらの様子を窺っている。

 俺は肩をすくめて見せた。アピールの先はマスターだ。


「そりゃ、合法的なギルドじゃないからだ。つまりここは隠れ家で、あそこに残っていたのは隠れ家の場所を知っている幹部クラスってことだよ」

「……それなら、なんであなたは隠れ家を――」

「その葬儀屋は、盗賊ギルドでそれなりに偉かったからだよ」


 冷たい声で、マスターが代わりに答えた。


「そこのネイトって奴はね、若いうちから盗賊やってるのさ。それも空き巣みたいな仕事をしていただけじゃない。冒険者の一人でもあった」

「よしてくださいよ。冒険者とか。迷宮ダンジョンには、だけですよ」

 マスターは被りつづけていたフードを下ろし、短い金髪の襟足を撫でた。

「じゃあ仕事も変えてないわけだ」

「勘弁してくださいよ。俺は葬儀屋ですよ」

「そうはいっても、地下牢ダンジョン?」


 マスターはそう言って、くつくつと笑った。冗談なのに冗談にならないのが腹立たしい。しかも今度は、絶対に荒事つきの盗みの仕事だ。とうとう、やっていることまで、盗賊ギルド時代と同じになった。


「まったくで。荒事が嫌で葬儀ギルドに移ったんですけどね」

「でもあなたの今の仕事、荒事ばかりでなくて?」

「痛いこと言うね、おじょ――」


 そこで言葉を切った。マスターの気配が鋭くなったのだ。あぶねぇ。名前を口にしてしまえば、仮面を着けさせた意味もなくなっていた。

 ゆらり、と首を振ったマスターは、品定めするかのような目で俺を見た。


「なるほど。たしかに、いい盗賊だ」

「そうかしら? 私には卑怯で臆病な人という印象しかないけれど」

「お嬢ちゃん。覚えておくといい。いい盗賊ってのは、卑怯で臆病な奴をいう」

「その心は?」

「冗談でもなんでもない。盗賊にとって一番大事なことなんだ。忘れると、私らのようになる」


 マスターは両手を広げて、自嘲するかのように笑った。三叉路の前で足を止め、こちらを見る。やっと見れた頭領ボスの双眸は、どちらも白く濁っていた。おそらく失明しているのだろう。

 しかし、見えているかのように、正確にこちらを向いた。。


「気を使ってくれるのはありがたいけどね。さっきチビッ子のいう通りさ。王都のギルドはもはや解散寸前さ。残っているのは私みたいになって、マトモな商売にありつけなかったやつだけなんだよ」


 思い返してみれば、たしかにギルドに残っていたのは顔に傷が残っていたり、指が欠けていたりと、普通の商売をやるには不向きな連中だった。もっとも、重ねてきた悪行のツケに比べれば、外見なんぞ取るに足らない不利でしかないが。


カルマってやつですか」

「そういうこと。私らは盗賊ギルドだかね。奪うようになった時点で、終わってたんだ。その意味で言えば――」


 マスターは、またも正確に、エステルを見た。


「お前さんたちのボスは、優秀な盗賊だったわけだ」

「いまいち納得いかないけれど、卑怯で強いのは、たしかですわね」

「そうッスかぁ? センパイ、そんなに強くないッス」

「おバカめ。やめろ。とうとつに俺を下げんじゃねぇよ」


 今度こそペチってやろうと首を振った。ミルはミランダの後ろに隠れていた。外套の端っこを握りしめ、へっぴり腰にもなっている。


「なにしてんだ? お前?」

「うぅ……センパイ、感じないッスすか? 怖いッス!」

「怖い? なにが?」

「ぞわぞわするッスよぉ」


 まるで要領をえない。しかしミルが怖がるようなものといえば――。

 ミランダが小さく頷いた。


「すぐ近くまで、きてるんだと思います」

「ってことは、ヨーキ様の像は、その角の先ってことで?」


 俺の問いに対して、マスターは鼻を鳴らして答えた。


「そういうことだ。しかし大したもんだね」

「まぁ、あの子はカンがいいですから」

「葬儀屋だからかもしれないけどね。あるいは私らはもうヨーキ=ナハル様にも見放されたのかもしれないが……ついてきな。もうすぐそこだよ」


 マスターはフードを被りなおして、薄暗い角を曲がっていった。

 カンテラの光があっても薄暗い通路は、かなり古い時代のものらしい。敷かれた石レンガは風化して、まるで粒子の荒い砂粒を踏んでいるかのようだ。橙色の光を返す湿った壁には苔がはりつき、腐った水の臭いがしている。


 通路の奥に大きな二枚扉がみえてきた。封印めいた鎖が錆びついている。ちょうど中央にぶら下がっている四角い錠前は、開錠術ピッキングを学んだ時につかったものと似ている。一〇〇年以上は昔のもので、単純な構造だががあり、気づくまで何度も首を捻ることになる。

 振り向いたマスターは、薄笑いを浮かべて言った。


「どうだい、ネイト。自分の開錠術を試してみるか?」

「勘弁してくださいよ。何度でもいいますけどね。俺はもう盗賊じゃないんです」

「そうだろうけどね、なにせこいつは、鍵がないんだ」

「は?」

「本当だよ?」


 カンテラを床に置いたマスターは、腰に下げたツールバックから少し風変わりな鉤型のフッカーを取り出した。


「何年前からそうなのかは知らないが、この鍵はこいつで開けるんだ。とはいっても私だって今日はじめて開けるから、開けられなかったら鎖を切るしかないんだがね」

「あー……もしかして、錠前外しは得意じゃないとか?」

「落ちぶれたって言ったろ? 押し込みが専門だったのさ」


 自嘲気味に肩を竦めて、鍵穴にフックを差し込んだ。かちゃかちゃと音を鳴らしていじりだす。どうにも手つきがおぼつかない。

 もしかして、本当に下手なのか?

 と思った瞬間、ばね仕掛けが弾けて、剥がれた錆がキラキラ舞った。

 こちらに向いたマスターは、口の端をニヤリとあげた。


「優秀だと思っていたが、詰めが甘い。侮るより先に罠を疑った方がいい」

「それは、ご自身の経験から?」


 上げられていた口角が苦みを含む。しまった。

 試されているような気がして、つい反論しちまった。

 なんて弁明しようかと思っていると、鎖の外れる音がした。言い訳を聞く気はないってとこか。


「言った通り、開けるのも入るのも始めてなんだ。なにもなくても怒るなよ?」

「そのときはまた別の手を考えますよ。お気遣いなく」


 マスターはちらりと俺を見て、扉を押し開けた。

 埃っぽい風がカビの臭いを乗せて通路に吹き込んでくる。懐かしい臭いだ。ライト・シハナミの墓地と同じ、死者の寝床の香りだ。

 ただ、少し違うところもある。焚かれた香や供えられた花の香りがない。


「これは、ちょっとまずいもしれませんね」


 ミランダの声が幽かに震えている。

 墓守が怯えるような墓地の惨状ということは、つまり。


「嫌だなぁ、またしても荒事だ」


 俺はエステルを手招きした。


「俺とお前で中に入る。マスターは二人をよろしくお願いします」

「ほう? というと?」

「念のためってとこですよ。臆病なもんでしてね」


 カンテラを受け取り、地下神殿に足を踏み入れる。グズグズと崩れるような脆く乾いた土の感触がある。光も届かず草も生えない地下深く。死体は埋められたのか、それともただ横たえられてきただけか。

 中ほどまで進んだところで、ぼごり、ぼごり、と音がした。

 木炭をぶつけ合わせたような足音まで聞こえてくる。数がどんどん増えていく。骨だ。骸骨戦士スケルトンが、歩いてきてるのだ。

 俺は思わず頭を抱え、ミランダに頼んだ。


「あー、灯り、つけられる?」

「や、やってみます!」


 そう言ってミランダは杖を掲げた。その背中でミルがぷるぷるしている。


「死の女神ヨーキ=ナハルよ! 我が――」


 仰々しい口上がはじまった。こんなときに、と目眩がしそうだ。

 風切り音だ。とっさに伏せる。音は頭の上を抜けてった。ってその先は――。

 慌てて振り向くと、矢はマスターが撃ち落としてくれていた。もっとも飛来する矢尻を目視したのか、ミランダの顔から血の気がひいてる。


「さっさと灯り! 暗いままじゃやられる!」

「ふぁい!!」


 杖が振られた。

 ……何も起きない。


「おい! 灯りは!?」

「む、無理みたいです! 多分、まだ契約していないから――」


 ミランダのすぐ近くの影から、錆びた短剣をもつ骸骨さまスケルトンが現れた。


「ふ、ふぉぉぉ!!」


 叫んだのはミルだ。目じりに涙を溜めてへっぴりパンチをお見舞いした。腰が引けてて猫のパンチに似てる。骨を砕くどころか押し返すのがやっと。

 悠然と骸骨戦士は二人に迫り――、


「い、いやぁぁぁぁぁ!」


 ――頭骨を粉砕された。

 金切り声をあげミランダが杖をぶん回したのだ。足りない握力によって手の中で滑った杖はリーチを伸ばし、頭蓋骨風の頭飾りが骸骨の頭にぶち当たったのである。

 できすぎの冗談だ、なんて言ってる場合じゃない!


 立ち上がり、エステルに合図を送る。

 彼女はすでに駆け出していた。ずっと背負っていた大剣『ミルクちゃん』のベルトを解いて、リカッソを引っ張りこんで肩に担ぐ。さらに一歩、前に踏み出す。


 両手で柄を握り、肩の上を滑らせていく。刃が、りぃぃぃん、と幽かに鳴った。『ミルクちゃん』が暗闇の向こうで大量のを切断し、大地を穿つ。

 ばらばら、からから、そこら中に骨が飛び散った。

 

 だがしかし。

 足音は、まだまだ増えていく。

 俺は誰にいうでもなく、呟いていた。


「ああ……やっぱりだ。誰も手入れしねぇから、ご先祖様が怒ってやがるよ……」


 がしゃり、と鎧の音がした。エステルだ。彼女は不満そうに


「ご先祖様って……お参りに来ないくらいで骨になってまで殺しにくるなんて、尊敬できませんわね」


 ごもっともなことを吐き捨て、白銀の籠手をリカッソにあてがった。


「どっせい!!!」


 闇に実体があればふきとびそうな剣閃だった。

 てか『どっせい』て。

 グラーフィンの名が泣くぞ。

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