ご無沙汰してます盗賊ギルド

 盗賊ギルドを訪れるのなら夜に行くしかない。

 当然、俺は仮眠をとることに決めた。長旅の疲れもあるし、必要以上に甘い菓子パンを貪ったのも関係している。

 睡眠を欲した躰が、異常な倦怠感として訴えかけてきていたのだ。


 盗賊ギルドに顔を出すから先に寝る、と皆に声かけ、柔らかすぎる高級ベッドに寝そべった。これならすぐに眠れるはずだと思った。それこそ、起こしてもらうよう言っておくべきかと考えたほどだ。

 まぁ、その心配は無意味だったのだが。


 瞼を閉じてはいるが、意味など無い。目が冴えている。寝返りを打っても回る思考が止まらない。理由は単純シンプル。どこの世界に足抜けしたギルドに舞い戻るバカがいるというのか。

 ここだ。

 ベッドに横になっている。教祖さまの脅しに屈し、別のおっかない集団の前に顔を出すのだ。できれば護衛つきで行きたいとこだが、連中にミルたちの顔を覚えさせるわけにはいかない。しかし一人で行ったら――。

 仮眠を取るには状況が悪すぎた。

 躰を起こすと、外はすでに暗くなっていた。夜には早いが、夕闇より遅い。


「ちょっと早いが、行ってみるかね……」

「ほぇ? いまから出発ッスかぁ?」

「そうだよ――ってなんで俺の部屋にいるんだよ!」


 近くで聞こえたミルの声に、思わず叫んだ。

 わざわざ宿は二部屋取っている。女性陣と俺、あるいは最低でも、お嬢様のエステルだけは別部屋にしておかないと面倒になる、と思っていたから。

 しかしなぜか、ミルだけでなく、全員が俺の部屋にいる。


「……なぜに?」

「盗賊ギルドとの交渉に行くのでしょう!? 当然ですわ!」

「墓守不在で行っても、二度手間になるかと思いまして……」

「ボクはお仕事中は、いつでもセンパイと一緒にいるッス!」


 三者三様の回答である。まずエステルのいう当然の意味が分からない。ミランダにしたって、一手目で死んだら二度手間もクソもない。

 そして最後のミルは、なんでだ。


「いや、うん。気持ちはありがたいけど、行くのは盗賊ギルドなんだが……」

「かんけーないッスよぉ」


 跳ねるように立ち上がったミルは、握った両手を、しゅしゅしゅ、と振った。


「センパイ、ず~っとうなされてたッス! だから、ボクが守るッスよぉ!」

「……寝てたのか。全然そんな感じがしないんだが」

「ミルちゃんの言う通り、うんうん唸っていましたよ?」

「それに、結構、恥ずかしいこと言っていましたわ」

「なんだと。何を言ったんだ、俺は」


 ミランダとエステルは、ニヘラ、と笑った。だから、なにを言ったんだよ。

 ともあれ。

 リスクを承知したうえでついて来てくれるというのなら、これほど心強いこともなないのは事実だ。


 俺は渋るミルを言い含め、大量に購入してきたパンの一部をもたせた。ギルドの土産に持ち込み、ご機嫌を取るためだ。記憶にある盗賊ギルドの末期は、どいつもこいつも、飢えていた。


 蘇生魔法ができてからほどなく、盗賊ギルドは変質した。

 スリやら空き巣を中心とした盗み専門から、武力を要するにようになった。次に人を殺して盗む、押し込み強盗に。その後のことは詳しく知らないが、防衛に対抗し武力化が進んでいったのだから、ロクな形にはなっていないだろう。


 殺しに抵抗がある内にやめたのは正解だった、と思う。しかし、もう一度顔を見せるとなれば、話は別だ。なんで足抜けなんかしたんだ、と思わざるをえない。

 非合法ギルドが成員に課す暗黙の掟は命よりも重い。

 もっとも、いまのご時世、人一人の命なんざ、大した価値もないんだが――。


「ネイトさん、本当に大丈夫ですか?」


 ミランダは覆面代りの黒いショールを指でつまんで、そう言った。


「顔を見られなけりゃ、大丈夫ですよ。それにミランダさんのなら耳とか――」

「そうじゃなくて」

「まぁ、そっちも、大丈夫ですよ。多分ね」


 そう思わなければ、やってられない。

 日が落ちるのにしたがって、街灯が淡く輝きだした。石畳が明るく照らし出されたことで、却って周囲の闇が深まっていく。伸びきった光が影との間に、ぼやけた境界線が描き出される。


 規則正しく滲む光の輪郭線を目で追っていく。並んだ街灯の狭間、住処の内と外との境目で、一枚の石床の端だけ、影が薄くなっていた。

 サインだ。

 盗賊たちが仲間内にだけ分かるように残した地図ともいえる。読み取る前に、周囲に人がいないか確認しておく。


 傍にいるのは、頭巾でも被った風なミランダに、仮面舞踏会にでも出るかのような仮面をつけたエステル、そして道中で購入した白塗り仮面のミルだけ。

 王都と言えども、外れの夜には人どりもなくなるものらしい。


 俺は腰を落として、残されたサインを改めた。

 サインを見下ろす角度が変わり、陰影の濃淡が強くなる。暗号を読める角度を探して、周囲を回る。


「なにをしているのかしら?」

「秘密だよ」


 エステルの疑問に答える必要はない。

 盗賊のサインを見つけ出せたところで、いいことなんざ、ひとつもないのだ。

 見つけた暗号を頼りに歩いて行きついたのは――。


「空き家ッスかぁ?」

「そうだな」


 屋敷といってもいいサイズだが、周辺の古い家ともよく馴染んでいる。しかし漂う雰囲気はどこか暗く、手入れの行き届いた幽霊屋敷といったところ。扉に売り物件の札はついてるが、どうせ売り手と連絡はつかないのだろう。

 かけられた札をよく見ると、透かしの暗号が入っている。


「でも、ここだ。辺りを警戒してくれ。俺らの他に誰かいないか?」

「りょーかいッス!」


 そう言ってミルは、パン袋を隣のエステルに渡して、両手を前に伸ばす。両肘を腰へと引きながら、深く息を吸いこんだ。そして湖面に小石を投じるかのように、静寂の中へと、静かに吐息を投げ込んでいく。探り針なのだろう。

 ぱちり、とまん丸の目が開き、札のかけられた扉を指さした。


「扉の向こうに二人いるッスよぉ」


 マジか、と思った瞬間、一人は俺にも分かった。

 そいつは動揺して動いたのだろう。扉にかけられた重量が離れるような、空気が動いたような、幽かな気配があった。寄りかかっていたに違いない。だが、それ以上の気配の移動も感じられない。


「まだいるか?」


 振り向くと、ミルは、こくんと頷き、まじめな顔して、拳を握った。

 ぶち破る気かよ。

 俺は首を左右に振った。


「大丈夫だよ。みんな、一旦、目を瞑って耳をふさいでくれ」

「ほえ?」

「覚えてもらっちゃ困るんだよ」


 ミルはミランダとエステルを交互に見た。二人とも、目が合うとすぐに頷く。二人は理解したらしい。しかし、ミルは良く分からないのか、眉を寄せて小首を傾げた。

 俺はミルの眉間に刻まれた皺を、指先で伸ばした。


「いいから、とりあえず言うことを聞いときなさい」

「むぅ。りょーかいッス……」


 不承不承と言った様子で目を瞑り、耳をふさいでくれた。最近どうも、反抗的になってきている気がする。

 俺は鼻でため息をつき、扉を三度たたいた。

 しばらく待って、今度は四回ゆっくり鳴らす。また待って、最後に一言。


「鹿は木陰に身を隠す。人は家に身を隠す」


 かきん、と鍵の外れる音がし、扉に隙間ができた。

 両手を挙げて、隙間の前へと移動する。

 真っ暗な隙間の向こうで、光を返す瞳が見えた。


「見ない顔だ。どこから来た?」

「どこでもないよ。元・ギルド員だ」


 すかさず靴先を扉の隙間に差し込み、閉まる扉を止める。


「まぁ待てよ。金になる話をもってきたんだ。それも楽で上等な仕事さ」

「……そこで待て。それと、足を抜け。切り落とすぞ」

「いまどき、そんな脅しが通用するかよ。いい話だぜ?」

「いいから、足を抜け」

「分かったよ。俺の名前はネイトだ。調べてくれ。あと、土産にパンを持ってきた」

「黙って、そこで待っていろ」


 俺が足を引き抜くと、音もなく扉が閉じた。

 振り向けば、皆が心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫だよ。最低でも、死ぬような目には遭わないからな」


 大した根拠ではない。昔感じた恐怖は感じなかった。それだけだ。

 待つのはそれほど長くはなかった。少しばかりエステルが眠そうにしていたが、コトが始まったとすれば、闘士の本能で動いてくれるだろう。


 背後に続く不思議な安心感に包まれながら、案内役の男たちについていく。屋敷の中は想像通り、生活の跡など一切ない。一部の建具は残っていても椅子は上げられ、棚は空っぽ、灯りは戦闘の男が持つランプのみ。


 奥へ奥へと進んで、寝室と思しき部屋に入って、。古臭く、かび臭い仕掛けだ。棚の後ろの隠し部屋には毛布もマットもないベッドが一台。どうせ下には階段があるんだろう。


 先頭の男がベッドの下に手をかけ、振り向いた。ランプの光で、したり顔が多少は凶悪に見えると期待したのだろう。まったく、いつの時代も門番役は締まりがねぇ。

 俺は鼻を鳴らして、顎をしゃくった。


「新人なのか? んなツラしても、ハクはつかんぜ?」


 したり顔が崩れた。もう一人の音が、口を押さえて肩を揺らした。

 舌打ちと一緒にベッドが跳ね上げられた。予想通り、地下への階段がある。

 下って降りると、ようやくベテラン盗賊どもの登場だ。

 どいつもこいつも、いいツラしてる。

 頬にデカい切り傷が残るオッサンに、スローイング・ダガーを手慰みにする女、ついでにマズそうな干し肉齧る同年代の兄ちゃんもいる。


「ったく……いつの時代に生きてんだかな」


 俺がつぶやいた一言で、胡散臭い連中の視線が、俺に集まる。とりあえず、これでミルたちに視線が向くことはないだろう。

 盗賊どもの視線を背中に受けて、さらに奥へと進む。


 一人だけ、雰囲気の違う奴が、片肘ついて待っていた。

 目深にかぶったフードで顔は見えない。空いた手に細長いパイプを持っている。

 フードの男がパイプを咥えた。パイプの先が赤々と燃えても、目すら見えない。細く長く吐き出された煙が、俺の躰に当たって渦を巻く。


「ネイトとか言ったか。たしかにリストに名前があったよ」


 女の声だ。喉に力を入れて変えてはいるが、若い。こちらにとっては都合がいい。

 俺は腰に手をあて、恭しく頭を下げた。


「お初お目にかかります。ギルド・マスター」


 頭を上げる前には、培った技術を総動員して、笑いかけておく。


「とはいっても、俺はもう盗賊ギルドの成員ではありませんが」

「驚いたよ、ネイト。どうやら、随分と古風な盗賊だったらしいな」

「こっちも驚きましたよ。まさか、いまの盗賊ギルドの長が、女だったなんてね」

「バカ共の懐を左右するのは、いつだって女さ。違うか?」

「たしかに。話の分かるお人のようで、少し安心しましたよ」

「いいや? 私は話の分からん人間さ。感謝するなら、お前自身の過去にしろ」


 そう言って、マスターはパイプの先を、机の上の盆に叩きつけた。


「それと、お前がもってきたとかいう話の、内容次第だ」

「王宮から、ヨーキ=ナハル教団の教祖を盗み出します。その手伝いを」


 マスターは、ふぅん、と鼻を鳴らして、再びパイプを手に取った。葉を詰める手がせわしない。焦っているようにも思える。普通なら恐怖だが、この場合は違う。


「その話、聞かせてもらおうか?」


 火をつけると吸い口を咥えて深く吸い、顎を上げて煙を吐き出す。平静さ尊大さを演じているのだろう。言い換えれば、内心では興奮しているはず。

 俺はミルが両手に抱えるパンの袋を指さした。


「ええ。詳しくお話ししますよ。お土産がわりに菓子パンをもってきたんです。どうですか、それを齧りながら、なんていうのは」

「ふむ。いいじゃな――」

「違うッス!」

「えっ」「は?」


 俺は思わず振り向いた。マスターも身を乗り出した。

 ミルはムスっとしたまま、言った。


「みんなで食べたくて買ってきた、大事な菓子パンたちッス!」


 ああもう、おバカめ。たまには、空気を読んでくれ。

 俺はマスターの高笑いを聞きながら、ミルのデコをペチった。

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