得られた協力、立てる作戦。
エステルの貴族らしからぬ喊声で幕を開けた亡者どもとの戦いは、
理由はふたつ。
ひとつには、ミルがへっぴり腰で役に立たないこと。暗中のどこかにあるであろうヨーキ=ナハル神像の気配のせいなのか、半泣きどころか全泣き状態でミランダの背後に隠れてしまっている。申し訳程度にサポートしようとしてくれてはいるのだが、おっかなびっくりすぎて却って危ない。
もうひとつの理由は、
そもそも骸骨たちは動きはトロく、防御力が皆無である。矢がすっ飛んできたのも最初だけ。どうやら劣化した弓の
気づけば俺たちを取り囲む骸骨は、ほとんど素手になっていた。
そして緩慢な動作しかできずリーチもない盗賊ギルドのご先祖さまは――、
「ちぇすとぉぉぉっ!」
エステルの握る『ミルクちゃん』によって、無慈悲に
もちろん辛いところもある。
暗闇の奥で、からからと音がする。バラバラに砕けたご先祖さまの骨が、再び人型を取り戻していく音だ。もう何十回目になるのか、わからないのである。
「……キリがありませんわ」
「ほんとにな。まだいけるか?」
「この程度でへこたれるとお思いかしら?」
「とはいっても、息荒れてるぞ?」
「緊張感がないというか、こう、おわかりになりません?」
わからないでもない。さっき蹴り飛ばしたはずの骸骨さまが、また近寄ってきている。前回と同じように、骸骨さまの胸骨を余裕をもって蹴り飛ばす。
遠くにとんでく。また戻ってくる。
テンポが、著しく、悪いのだ。
同じ作業のくりかえしなので、得られるものは徒労感くらいしかない。死んだり怪我したりという恐れもない。そのせいか、ミランダまで杖を振って頭蓋骨をぶっ叩いたりしている。怖がっているのはミルだけだ。
まぁたまには戦闘で休憩してもらっててもいいのだが、いい加減に飽きもくる。
俺は周囲に骸骨が近づいてきていないのを確認し、ミランダに言った。
「えぇと、すいません」
「なんですか?」
「これ、骸骨たち、どうにかなりません?」
「どうにかと言われましても――」
ぽぐしゃ、と骸骨の頭を叩いて崩し、ミランダは首を捻った。
彼女がひとしきり唸っている間、マスターが二人の周りに寄る骸骨を短剣で切り払ってくれている。さすがに荒事が専門だったというだけあり、全身から余裕が滲みだしている。というか、本当に盲目なのかあやしい。
のんびりとした闘争のさなか、ミランダが両手を叩いた。
「神像まで行って契約してしまいしょう! そうすれば、もう起き上がらないかも」
「えーと、神官じゃないですよね?」
「そ、そうですけどっ」
ミランダは杖を胸の前で握りしめた。
「墓守ですから、ここが墓地なら、なんとかなります!」
「ほんとに?」
「えっと、多分」
あやしい。しかし、
「じゃあ、それ採用で。マスターも、こっちきてください。奥に行ってみましょう」
「はい!」「うぇぇぇぇっ!?」
ミランダの快活な返事をかき消すように、ミルが叫んでいた。相変わらずヨーキ様の気配がおっかないらしい。ふむ。
――使える。
俺は子犬のように震えるミルの頭を撫でた。
「ちゃんと守ってやるから、おっかない方向に案内してくれ」
「うぇ、うぅぅぅ」
言葉にもならない呻きあげて、ミルは鼻をすすった。だめだこれ。
俺はエステルにひと声かけた。こういうときは、自尊心をくすぐるに限る。
「なんか言ってやってくれよ。大丈夫だって」
「えっ?」
エステルは大剣をひらめかせて、へっぴり腰のミルに向き直った。まるで舞踏会にでも参加するかのような煌びやかな仮面の下で、口元が歪む。背後に迫ってきた骸骨を吹き飛ばし、深く息を吐きだした。
「先輩! 先輩がそんなでどうするのですか!? 勇気を出してください!」
「うううぅぅぃぃいい」
「先輩! ネイトもついているでしょう!?」
「ほらほら、言われてるぞ、少しでいいから頑張ってくれよ」
「うぅぅぅぅ――手を、手を掴んでても、良いッスかぁ?」
子供か。いくら怖いといっても程がある。
が、このままでは埒が明かない。
俺はミルの右手を掴んだ。いてぇ。ものすごい力で握ってくる。
「握るのはいいけど、握りつぶさないでくれよ?」
「りょぉヵぃッスぅぅぅ」
俺は万力のように締めあげられる左手を諦め、右手でカンテラを掲げた。
「それじゃ、みなさん護衛よろしく」
願わくば手が形を保っている内に神像が見つかればいいのだが。
なかなか足の進まないミルを引っ張り、手の激痛を頼りに彷徨ってしばらく。いよいよ左手の感覚が失われ始めたころ。一風変わったヨーキ=ナハル神像が、カンテラの淡い赤色のなかに浮かび上がった。
俺がよく知っている墓地の地下深くにあった神像は、赤面しそうになるほど艶めかしいものだった。しかし盗賊ギルドに鎮座ましましているのは、素朴な造形の古い
ついでに目の前にあるというのに、まるで恐怖を感じないのである。骸骨戦士がいるということは墓地であるのは間違いない。だが墓所に足を踏み入れてから神像に至るまで、俺は全く神の存在を近くに感じることはなかった。
実はミルが怯えているのは、神像相手ではなく、骸骨戦士だったりするのか。
神像は見つかったから、手を離してくれ。ただそれだけの事を伝えるのすら躊躇うほどに、ミルはすっかり怯えきっている。
なんとなく可哀そうに思えて、仕事を終えた後輩の頭を撫でた。
ぴぃぁ、と小さく鳴いた。怖がりすぎだろ。
俺が目配せをすると、ミランダが前に出て、杖を掲げた。息を吸い込むのを目視すると同時に、俺は釘をさしておくことにした。
「いつもの呪文はいいですから、ささっと終わりましょう。俺の手がやばいんです」
「えっ、あ、は、はい……」
露骨に落ち込まないでくれ。頼むから。
杖を振り上げたミランダが、口の中だけでモゴモゴ呪文を唱えだす。やめろっていたったのに。
もう一回言ってやろうかと思った瞬間だった。
地下墓地全体が一段沈んだかのような異常な浮遊感。肩にのしかかる圧力は馴染みがある。握られた左手が最後の力を振り絞り痛みを訴えた。
どこからともなくあふれ出た紫とも黒とも取れる液体に、青錆の浮いたブロンズ像が飲み込まれていく。
『うっわ、なっつかしい像ねー』
頭蓋骨の中を反響するかのように女神の声が聞こえた。
『って、すご! なんかやたらと魂が転がってるじゃん! とりあえず、もらっとくかんね。クジョーとか聞かないから』
いつも通りの馴れ馴れしい口調の御言葉が途切れ――。
黒い突風が吹き抜けた。神像を中心に広がったのは実体をもたない波だ。
がらごろ、がらごろ、骨が崩れる音が続く。例の慟哭にも似た叫び声がしない。
「……ヨーキ様、苦情対応、ありがとうございます」
『……別に頼まれたからそうしたわけじゃないし。神だし。トーゼンだし』
「ネイト。お前、神と話せるのか?」
マスターは俺の答えを待たずに言葉を継いだ。
「だったら聞いてくれないか? なんで私らにこんな苦行を与えたのか」
「いやそれは……」
俺は苦言を吐きかけた口を閉ざした。交渉の材料に使えるかもしれない。
聞くだけならタダみたいなものだ。仮に答えが得られなかったとしても弱っている状態なら嘘も通じやすい。迷う理由はないのだ。
「では、死体を盗みだすの、協力していただけるので?」
「それは――」
「それなら聞く理由もないですね。神に問えば代償を求められる。俺は聞くだけ損になるというものです」
『アタシが、いつアンタに、代償なんて求めたってワケ?』
脳裏にひびく言葉に、思わずいつもだろうが、とツッコミかけた。
神に対する暴言を押しとどめてくれたのは、
「分かった。協力する」
という、マスターの苦々しい言葉だった。
「いいでしょう。それじゃあ。聞いてみますね」
若干の呆れが入って下がったミランダの口角は無視し、俺は神像に問いかけた。
「死の女神ヨーキ=ナハルよ! この弱き者に、苦難の意味をお伝えください!」
声は帰ってこない。
仰々しい台詞にミランダの口角がニマっと上がる。
そして、マスターは膝から崩れ落ち、乾いた土を握りしめた。
「ちょちょ、大丈夫ですか?」
「そう、見えるか? まったく、信心深くあるべきだったよ」
自嘲するかのように語る。俯いた顔の下で、土の上に水滴がぽつぽつ落ちた。
一体、なにを言われたというのだろうか。
『知りたいのなら教えてあげるけど』
ヨーキ様は相変わらずの軽い調子で言った。
『でも、いまのアンタには必要のないことだと思うわよ?」
「それなら、聞きません。というか、聞きたくない」
『それが正解ね。さぁネイト。忠実なる我がしもべ。あの役立たずの男をこちらに送りなさい。えーと、汝、歩みをとめることなかれ、だっけ?』
オイ。大事なトコだろ。そこだけは言いよどまないでくれ。
俺はヨーキ様に聞かれるのも構わず、ついツッコミを入れてしまっていた。
そのあと俺たちは、すっかり落ち込んでしまったマスターを引っ張るようにアジトへと戻った。
とりあず当初の目的である墓地の確保はできた。犠牲がミルの手形がはっきり残る俺の左手一本だけで済んだのは僥倖だったと言っていいだろう。
残る問題は盗みだす手はず。そして、どうやって教祖様を殺すか、なのだが――。
「まぁ、あいつに頼むしかねぇだろうなぁ」
「……あの、どうしようもない神官かしら?」
エステルが心底いやそうにそう言った。気持ちは分かる。俺も嫌だ。更生しているのかあやしい。いや多分、絶対、聖人に生まれ変わってはいなだろう。
しかし、だからこそ悪いことには使いやすいのだ。
「とりあえず、例の御方を通じて手紙を出してみるさ。あいつが居れば話は早い」
「それなら次は、どうやって盗みだすかですね」
ミランダそう言って、ちらりとマスターに目を向けた。表情はフードで隠れて見えないが、落ち込んでいるのは分かる。頭の上に雨雲でも浮かんでいそうだ。
「えーっと、あの地下道って、王城までつながってたりしません?」
慰めの一つも言ってやれればいいのだが、あいにくと俺にそんな甲斐性はない。
マスターは鼻を鳴らし、弱弱しく首を左右に振った。
「いいや。ただ――」
細く、長く息を吐きだし、言葉を継ぐ。
「上下水道にはつながってる。ほとんど迷路みたいなもんだ」
「では地図を用意してもらえます? 覚えたら焼き捨てますので」
「いいだろう。だが、兵士たちはどうするんだ? 私らは加勢できないよ?」
「厄介な問題ですが、あとはこっちでやりますよ」
実はひとつだけ、妙案を思いついているのだ。
俺は左手を握った。もにもにと俺の手を揉み解す、ミルの指の感触が分かる。多少は感覚も握力も戻ってきたらしい。戻ってきてからずっと揉み解してくれていたおかげかもしれない。まぁ、なかばマッチポンプな貢献ではあるが。
ともかく落ち込む後輩には、名誉挽回のチャンスを与えなければなるまい。
「お前にも、もうひと働きしてもらうかんな」
「ふぇ? でも、ボク、役立たずッスよぉ」
俺はすっかり自信をなくした悲しげなデコをペチョった。いつもよりも音が悪い。というか反応も悪い。落ち込みすぎだろ。おバカさんめ。
「お前にしかできない仕事なんだよ」
「ボクだけ?」
「そう、お前だけだ」
「なにをすればいいッスかぁ?」
「兵士たちを誘導するんだよ。パン祭りで」
「パン祭り!?」
みなが異口同音に叫んだ。
間抜けに思えるのだろう。
だがしかし、盗賊ギルドのアジトを見渡せば勝算があるのが分かる。なにせ
いかな精強な兵であっても、香りと味に勝つことはできまい。
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