葬儀屋ネイトのついた嘘・前
盗賊ギルドから地下通路の地図を頂いてからは猛烈な忙しさだった。
まず早馬で手紙を運ばせジークのバカに召喚状を送る。次に街中のパン屋と菓子屋にミルを向かわせ出店を募る。その間にミランダとエステルは棺桶確保と王宮中庭の使用許可をとる。最後に、俺は昼はビラを配って、夜は地下通路を暗記した。
目いっぱい動いたおかげなのだろう。
決行日は思いのほか早く訪れた。
問題は、その日の朝から、俺の胃痛がはじまっていたことだ。
ミルたちの止まる部屋の扉を開けたら、珍妙な格好の女性陣がいた。
「えぇと、その服は……?」
「ふりふりッス!」
そう言って、ご機嫌な様子でミルはそくるりと回った。濃紺のロングスカートがぶぅん、とはためく。早すぎだ、おバカめ。
肩口や淵にフリルのついた丈の長い真っ白のエプロン。頭には白いモコモコとした帽子をかぶっている。しかも凝ったことに、三人ともサイズ以外は同じ。
またしても理解の外の服装に、不毛であることを忘れて聞いてしまった。
「えーと、なんだ、それ。王宮の給仕服とかそんなんか?」と。
ミランダが眉をぎゅぎゅうと寄せて答えた。
「ヨーキ=ナハル様が仰ったのです! これからはガチ? メイド? だと!」
「ガチ? メイド? なんですかそれ」
「なんでも、これから先に流行るのはこういう服だとか」
エステルがエプロンをつまみ、呟くように言葉を継いだ。
「でもこれ、あなたの言う通り、どう考えても作業着の類ですわね……」
「でもでも、エステルちゃんもかわいいッスよぉ!」
おバカはエステルとミランダの手を取りはしゃぐ。
胃痛に加えて頭痛も増えた。計画を思うと気分まで憂鬱になってくる。
自然とこみ上げてくる息をとめ、懐にいれたスキットルの感触を確かめた。
「んじゃ、行きますかね。まぁミランダさんの方は、例の墓地で待機ですけど」
「あの、それなんですけどぉ」
ミランダはもじもじと身をよじり、両手を胸の前で重ねていった。
「ちょっとくらい顔をだしたりしても――」
「二日目以降にどうぞ」
「そんな!?」「センパイ、せっしょーッス!」
悲痛な叫びと間抜けた抗議は無視するしかない。
なにしろ、二日目はないかもしれないのだ。
人を騙すにはまず身内から。詐欺の鉄則は譲れない。
「文句も苦情も今回はなしだよ。ヤバい仕事になんだからな」
そう告げて、三人のブーイングを引き連れ宿をでた。
一般開放された中庭についた俺は、誰ともなく呟いていた。
「うまくいってんじゃねぇか」
道中で別れたミランダがいれば、いそいそとパン屋をめぐり目星をつけていただろう。主催エステルの名義は伊達じゃない。集まったパン屋と客の数は十分ある。
そしてなによりも、客の質が高いのがいい。貴族階級さまさまである。
これで警備の数が増えているはず。重要人物が集まる現場は盗賊への警戒も余儀なくされる。自然と精強な兵士たちは祭りの会場に集中する、というわけだ。
背後で金属質な音がした。エステルだ。ミルクちゃんまで連れてきやがった。
「御覧なさいな。あの看板を」
そういって、会場の中心、壇上の看板をピンと指さす。
【ケンプフェル公主催スウィーツカーニバル】
と、少し丸っこい字体で書かれている。しかし――。
「あっちの絵を描いたのはミルだろ」
「そうッス! ボクとしてはもうちょ~っと、かわいい感じがよかったッスねぇ」
文言のすぐ横に、大剣を振りあげる女性騎士の絵がある。
なんというか、へたうまだ。決して子供の絵ではない。しかし何か違う。
へなへなしてるくせに、隣に俺たちの絵があるのもすぐわかる。なぜ描いた。
「どうっスか? どうッスか?」
「まぁ、いいんじゃねぇのか? いかにも貴族のお嬢さんの気まぐれっぽくて」
「なんですって?」
俺は険の強すぎるエステルの声に口をつぐみ、周囲にいるはずの兵士を探した。
さすがに王侯貴族絡み。周囲に溶け込むために軽装にさせらている。しかし一人気づけばあとは楽勝。次々と見つかる。
残るはあのバカとの合流だが、これはすぐにわかった。
時おり兵士たち数人が、こさえられた壇上の裏を覗くのだ。嫌そうな顔で。
「あのバカめ。そっちは先に準備しててくれ」
「分かりましたわ」「りょーかいッスよぉ!」
エステルの優雅な返事とミルの敬礼に手を挙げ返し、バカの元へ向かう。
懐かしい光景に、思わずバカめと言いいそうになった。
アンブロジアの元で改心したはずのジークは、黄金ベンチに横たわっていた。サングラスはかけっぱなし、胸元ははだけて、ご丁寧に酒瓶まで抱えてる。
しかし、甘い。激甘だ。おひとつどうぞともらった小さなカップケーキ並だ。
「酔って――グヴァッ!」
すかさず頭をぶっ叩く。酔ってませんといわれるより早く。
ジークはサングラスを外して怒鳴った。
「バカかよ! いきなりなにすんだ!?」
「バカはお前だろ。酒瓶が重そうなんだよ。空っぽだったら抱えてねぇだろ」
「……あぁ。なるほど」
納得。ってか。
ポンと手を打つ姿は、なんだか言っても、懐かしすぎて笑えてくる。
俺は懐のスキットルを、ジークに投げた。
「おわっと」
受け取ったジークはスキットルを眺めて、眉を寄せた。
「なんだこりゃ。懐かしいな。ってお前、わざわざ俺のスキットル持ち歩いててくれたのか? うれしいねぇ。持つべきものは友人だってアンブロジアさまも――」
「うるせぇよバカ」
「なんだよぉ、照れるなよぉ」
前言撤回したくなる。懐かしすぎるウザったさは、二秒で飽きる。
ってなに飲もうとしてやがる。
「飲むなよ? 死ぬぞ」
「飲まないってぇ。懐かしいなぁってよ?」
「もう一度いうぞ? 飲んだら、死ぬぞ?」
ジークの顔が固まった。口の端を下げ、嫌そうに胸元にしまい込む。
ようやく俺の言いたいことが分かったらしい。
「マジかぁ。マジかぁぁぁぁ」
ジークは頭を抱えて、呟くように続けた。
「どうすんのよこれ。もう使えないじゃんか」
「バカが。お前のは事務所のデスクん中だよ。誰があんな汚ねぇ物を持ち歩くんだ」
「マジかぁ……その扱い、聞きたくなかったわぁ」
「どこがだよ。感謝してほしいくらいなんだよ、こっちは」
俺はジークから酒瓶を奪い呷った。
喉が焼ける。しかしヨーキさまの口づけほどじゃあない。
ジークがわざとらしく眉を寄せ、冗談めかしていった。
「嫌だねぇ。なに昼間から飲んでんの?」
「てめぇが言うな」
そう言ってもう一口。ただし今度は口に含み、ジークの顔面に吹きかける。
「ぶあぁっ!? バカじゃねぇの!? バカじゃねぇの!?」
「そっちの方が、お前にゃ似合ってるよ」
「うぁ、くっそ。めちゃ酒くせぇじゃねぇか。どうすんだこれ。仕事着で――」
「こっちはその仕事の準備をはじめてんだ。ついてこい」
「あいあい分かりましたよ。相変わらず強引なんだからお前は……」
ぶつくさ言い続けるジークを連れて、壇の表に戻る。
酒臭さに兵士や客に嫌な顔をされるが、こればかりは仕方ない。
壇上では、エステルが大剣を檀に突きたて、吼えていた。
「エステル・オーガスタ・ツヴァンツヒ・グラーフィン・フォン・ケンプフェルが! ここに宣言いたしますわ!」
一息おおきく吸い込んで、ミルクちゃんを引き抜き掲げる。
「集いし
謎の歓声、というか、
ジークがぼそりと呟いた。
「なんだありゃ。お嬢はクーデターでも起こす気なのか?」
「兵士も貴族も平和な世の中に欲求不満なんだろ。きっと」
「余計ヤバいだろそれ。俺、アンブロジアさまに報告しとこうかな」
「やめとけバカ。あいつクソ真面目だから本気にすんぞ」
俺はジークの横腹を小突いて、ミルの姿を探した。
銀色のトレイに山ほどのパンを乗せ、すでに幸せそうになっていた。
「おぉい、ミル! 食べすぎんなよ!」
「りょーかいッスよぉぉ」
そう手を振り返しておきながら、なお新たな得物をかき集めている。
幸せになられればなられる程、胃痛の方は酷くなる。
青さをみせる空を仰いで、俺は好機を待った。
社交に忙殺されるエステルの手が空く時間だ。
動けるようになったら警備兵たちにパンを配らせる。
その間に、俺は二段台車を確保した。盛りつけはジークの担当だ。
「こんなもんでいいか?」
そう尋ねてくるジークは満足げだ。見れば綺麗なパンの山脈ができている。わざわざ運びにくい乗せ方をしないでもいいだろうに。
ため息混じりに、傍らに開閉式のボウルカバーがついたトレイを並べた。
「そんなんいるかぁ? 俺の盛りつけダメ?」
「ちょいと派手だが及第点だよ。こっちは俺の仕事分だ」
積まれたパンに睡眠薬をトッピング。
エステル直筆のメッセージカードをボウルカバーに挟み、完成だ。
顔をあげれば、エステルが兵士を集めて歓談しはじめている。
「ミルー? 手伝ってくれー」
めずらしいことに、もう満腹らしい。パンもかじらず走ってきた。
「お仕事ッスかぁ?」
「そうだよ。お前の頑張りにかかってるからな?」
「りょーかいッス!」
ビシっと敬礼してから数秒。思いだしたかのようにジークを見ていった。
「お久しぶりッス。ジークさん」
「いま!? いま言うの!?」
「いま気づいたッスよぉ」
「酷くない!? お前ら俺の扱い、ちょっと酷くなってない!?」
俺は笑いをこらえて台車を押した。目指すはもちろん地下牢だ。
ジークのバカの不自然な積み方のせいで苦労しながら、受付までもっていく。
当然、牢番の一人は不審人物をみるかのようだ。
しかし例のカードが効果を発する。
「ケンプフェル公から、みなさまにも召し上がっていただくようにと――」
「は? な、聞いてないですが……」
「エステルちゃん、気まぐれッスよねぇ」
思わずデコをペチりたくなるような馴れ馴れしさ。しかし効果的ではある。
苦笑いしつつも、兵士たちがいくつか手に取る。
「それじゃあ、教祖様にもお持ちしたいので、通していただいても?」
「あのイカれジジイにも?」
「お優しいことですよ。囚人たちにも配れるようなら、と」
「まったく、嬉しいような、面倒なような、だな」
ひとつため息をついた兵士が、席を立つ。
相変わらずのおざなりなボディチェックがはじまった。
当然ジークのスキットルも見つかるが――、
「これは?」
「ヨーキさまの口づけって酒なんですよ。飲んでみますか? 効きますよ?」
酒臭いジークの言葉で、中身を改められもしない。
当然、ボウルカバーの下もだ。
教祖様の部屋に着く前に、俺はパン山のトレイを一つ取り、ミルに渡した。
「悪い。忘れてた。上の囚人たちにも配ってやって」
「? りょーかい? ッス」
ミルは怪訝そうに首を左右に傾けつつ、来た道を戻っていった。
上手くやってくれよと願い、台車を面会室に押し入れる。
「やぁやぁネイトくん。久しぶりだね」
そう言って、教祖様が姿を現した。相変わらずの肌艶に声量だ。
「お元気そうでなりよりですよ」
そう言って、俺はボウルカバーに手をかけた。
兵士が横を通り過ぎるタイミングを待つ。
一歩、二歩、三歩――。
「ちょっと失礼」
「ん?」
兵士がこちらを見ようと足を止めた瞬間。
素早くカバーを開きダガーを手に取る。振り向きざまの口を押さえて。
あとは刃で喉を撫でるだけ。
「っ! ぁっ……!」
少しばかり深く切りすぎたらしい。
勢いよく噴きだした血が、面会室を赤く染めあげていく。
あまりいい気分はしない。が。そうでもないのが一人。
「ハハハハハ! 面白いことやるじゃないかネイトくん!!」
教祖様だ。よほどこれまでの自殺失敗で不満がたまっていたらしい。
対してジークは、気を持ち直すのに間があった。
「おいおいおいおい! お前なにやってんの!? 聞いてねぇんですけど!?」
面会室中に叫びが反響する。教祖様の狂喜乱舞も止まらない。
すさまじくうるせぇ。耳が痛くなるほどだ。
俺はダガーの血を拭い、慌てふためくジークにいった。
「そらそうだろ。言ってねぇからな」
「じゃなくて! じゃなくて! お前らしくもねぇなこれ! 何やってんだよ!」
バカが。
ジークのバカと話していると、どうしてもため息をつきたくなる。
俺はバカからスキットルを奪い取り、教祖さまに差しだした。
「どうぞ。ヨーキさまの口づけという酒と、あなたが作った物との、カクテルです」
「ほう! それはまた、いい仕事をするじゃないかネイトくん!」
教祖様はさっそくスキットルの蓋をあけ、目を爛々と輝かせた。
「向こうにいったら、ヨーキさまによく伝えておいてあげようじゃあないか!」
「ええ。ぜひに。ついでに伝えてください。これで貸し一つって」
「……フハッ! フハハハハハ!」
なにが面白いのか高笑いして、教祖様がスキットルに口をつける。
そして、一気飲みをはじめやがった。
小瓶三本分を混ぜ込んだのは失敗だったかもしれない。
この分だと――、
「ぶぼふぁっ」
「あぶな!」
毒混じりの酒を噴水のように噴きだした。危なすぎる。口に入ったら死ぬ。
教祖様は昏倒してから痙攣した。それもすぐに止まって弛緩する。
ほとんど即死もいいとこだ。情緒もへったくれもねぇ。
「さて、と」
振り返ると、ジークが二つの死体に俺にと、忙しく視線を動かしていた。
「なにぼうっとしてんだよ」
「だってお前、これ、俺、なに? どうすんの? 先に教えてくれねぇ?」
「だからよ、お前が見張り番の蘇生をすんだよ」
「は?」
ジークの酒が抜けててよかった。匂いをつけるだけで飲ませなかったのも正解だ。
俺は兵士の死体から枷と牢屋の鍵を奪い取り、躰をひっくり返した。
「つまりな。お前はこいつを起こして、俺が死体を盗んだって言うんだよ」
「はぁ!? お前なに考えてんだ!? 国賊になっちまうぞ!?」
「うるせぇよバカ。それでいいんだよ」
「ちょちょちょ――ミルちゃんどうすんだよ。つか、仕事どうすんだよ」
ジークのバカは、心底バカなまんまだった。
まぁ、そうは言っても根はいい奴……ということにしておこう。
「ミルについては、しばらくお前が世話してやってくれ。俺はフケる。もとよりこいつは俺の仕事のツケで、お前らの仕事じゃねぇ。事務所の所長は俺で、あいつは下っ端。巻き込むのは筋違いってもんだ」
ギャンギャンわめくジークを無視して、残りの作業を続ける。
まずは台車のクロスを教祖さまの躰に巻く。
途中で教祖さまの喉をかっ切って、こぼれる血をボウルカバーで受ける。
心臓が止まってるせいで量が少ない。心もとないが仕方がない。
「なに無視してんだよ! 聞けよネイト!」
「うるせぇよ! 見りゃ分かんだろ!? 準備中なんだよ!」
「聞けバカ! 作戦変えろよ! 俺を食わせる奴がいなくなんだろうが!」
なんだと。
全身から急激に力が抜ける。笑いがこみ上げてくる。
「知るかよ。てめぇで働け。いつまでもダチに頼ってんじゃねぇよ」
「どっちがバカだよ! この大バカ野郎! 俺がミルちゃんにぶっ殺される!」
「あーあーそうだろうな。だったら勝手にぶっ殺されてろ」
「てめ、俺の――ぶがっ」
ジークが言い切る前に、側頭部を蹴りつけた。
いくら腐れ縁とはいっても、ばかばかしい文句に付き合う気はない。
「参るね。まったく」
「ぬぐぐぐ……」
うめくジークの横から台車を通し、扉を開ける。
「んじゃ行くわ。マジで頼んだぞ。お前ら、捕まってくれんなよ? 泣くぞ俺」
ああ、酒飲んできてよかった。
あとは俺の仕事をやるだけだ。
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