葬儀ギルドの明日はどっち?(約3万4千字)

増えるパン屋と疲れる仕事

 グレイブ氏の葬儀を終えてから、俺はどうにも疲れが抜けきらずにいた。

 収支に問題があったからではない。たしかにジークが集めた不良神官どもはふっかけてきたし、請求された戦車の修理代は下手な悲劇よりも泣けた。

 しかし、得られた収入は俺の涙を歓喜のそれへと変えた。それこそ、しばらく事務所を閉めてやろうか、なんて考えも浮かぶ。


 しかし、実際には事務所を閉めることはなかった。

 その理由は、異常なまでに増えた客足にある。自宅が事務所の上にあるせいで、ときに長大な列を形成する客を放置し臨時休業、というわけにもいかない。

 それだけじゃない。

 これまでのところ事務所を訪れた客のほぼ全てが、死ぬほどでもない死にたい人たちである。つまり俺の疲れは、彼らの対応を発生源として、今後も無尽蔵に生み出されていくというわけだ。


「ちょっと! 聞いてます!?」

「ええ。もちろん。聞いていますよー」

 

 俺の回答もつい棒読みになってしまう。

 たとえば、いま対応している女魔導師だ。涙を流して、死なせてほしいと懇願している。なぜなら、自分の惚れていた仲間が死んだから。

 掘れていた仲間を死なせたのは、俺たちだ。


 どういうことかというと、彼女は以前ウチが請け負った戦士の仲間で、葬儀以降に悩み苦しみ、後追い自殺をしたいということらしい。正直いって、面倒くさい。

 言えるわけないのだが。


「!!~~~~!~~!」


 ひたすら同じ言葉を繰り返し、泣きわめく。もはや聞き取ることも難しい。

 ただひたすらに面倒だ。

 自然と俺の目は、事務所の片隅に設置した真新しいデスクへ、流れていった。

 増えた客に対応するため入れた小さな机で、おバカな後輩が線の細いおっさんの応対をしていた。一生懸命、誠心誠意といった様子で、少しほほえましい。

 事務所の中にアツく、高音のミルの魂の助言が響く。


「パン屋さん! パン屋さんに……!」

「え!? でも私、死にたいって……」


 困惑するオッサンの声も聞こえてくる。しかし、注意する気も起きない。

 疲れていたからだ。


「彼が亡くなった今、生きてる意味なんてないんです! 聞いてます!?」

 

 目の前の客にも。

 たしかに、愛する人を失って死にたいという気持ちも、分からんでもない。しかしその恋人候補を送ったのはウチなのだ。なにもウチの事務所に来ることないだろう。

 女魔導師の頬を、涙が伝った。


「彼と同じところで眠りたいんです! 向こうで、彼に謝りたいんです!」

「えーっと……お気持ちは分かりますが、送られるのはヨーキ様の下であって……」

「構いません! 向こうで見つけます!」


 そういうことじゃ、ないんだけどなぁ。

 大体にして恋人を失って悲しいのなら勝手に死ぬのが伝統だろう。わざわざ葬儀ギルドに駆け込んで、高い金払って葬式あげる理由はなんだ。

 それだけ理性的なら死ぬことないだろ。仕事じゃなければ、そう言ってやりたい。

 呆れる俺には目もくれず、女は泣きわめき、同じことを言葉を換えて言い募る。


「あの人と一緒にいる日々がどれだけ大事だったか、今になって分かるんです!」

「分かります。ですから、深く反省して、今のあなたを大事に思う人の……」

「そういうことじゃないんです!」


 じゃあ、どういうことなんだよ。もはや相槌を打つのすらキツいんだぞ。

 気疲れが限界に達しつつある。早く営業時間が終わらぬものかと思い、無駄に豪奢に光り輝く振り子時計の盤面を見た。まだ昼にも遠い。

 

「ちょっと! 私は客よ!? こっちをちゃんと見てよ!」

「パン屋さんに……」

「だから――」


 気が遠くなる。……うんざりだ。まったくもって、うんざりだ。

 真昼間から決意も何もない死にたい人たちの相手なんざ、辛気臭すぎて、やってられねぇ。

 俺は溜まりに溜まった鬱憤をデスクに叩きつけていた。


「申し訳ありません!」

 

 ただし頭はさげておく。

 行動と一致しない言葉に、女魔導師は泣くのを止めた。勢いで押し切る。

 適当に思いつくままに言い訳を続けるのだ。


「本日これより昼休憩に入ります。相談の途中ですのでお代はいただきません。また改めてお越しください。一度冷静になっていただき改めて考えましょう」

 

 間をおかず、流れるようにミル用のデスクにも声をかける。


「ミル。そっちも中断してくれ。メシ行くぞ、メシ」

 

 青い瞳が、ぽかん、とこちら見つめる。反応が薄いな。


「ほら、新しいパン屋に行ってみたいって言ってたろ。せっかくだし行ってみよう」

「行くッスよぉ!」


 ミルは勢いよく立ち上がった。流れるように対応していたオッサンの肩を叩く。


「オジサンは大丈夫ッスよぉ! パンの世界に新たなフレーバーを! ッスぅ!」


 ああ、そのオッサン、薬師とか錬金術師の類だったのか。

 不満と落胆、そして少し安心したような客たちを追い返し、街の中心に向かう。

 俺の足元では新たに買ったブーツが石畳に心地よい音を立てさせている。空にはさんさんと太陽が輝き……やけに大量に白鳩が飛んでいやがるな。不吉な。


 並んで歩いていたはずのミルは、軽やかな足取りで俺の前へ出て、踊るように周りを行きつ戻りつしている。腰の辺りで、臨時ボーナスで買ったとかいう、真新しい厚布の肩掛け鞄が揺れていた。


 上機嫌なのは分かるが、ときたま腕を振って通行人を威嚇するのはどうなんだ。

 本人にその気はないと思いたい。

 しかし。

 振り向いたミルの拳が立てる風切り音は、人に恐怖を与えるのには、十分すぎる。


「センパイ! いいお天気ッスねぇ……」

「ああ、そうな。お前な、むやみやたらに拳を振るなよ」

「いいお天気の日には、いっぱい練習して、強くなるッス!」

「……ああ、そう。でもな、天気はいいけど、白い鳩が飛んでんだよ。大量に」

 

 先をいくミルは、後ろ歩きをしながら、空を見上げた。

 

「おおぉぅ。たしかに、いっぱいハトさんが飛んでるッスねぇ……」

「だろ? ヨーキ=ナハル信仰じゃ、白い鳩は不吉の象徴なんだよ」

「かわいいのに……」

「……ああ、そう。そうな」


 言うだけ無駄と悟った俺は、黙して後輩のうしろについてった。

 大通りに出てさらに少し。小道に入る。

 するとそこに、新手のパン屋がみえてくる。


 店の入り口にかけられた看板は、星やら三日月やら可愛らしい装飾がされている。看板の端には絵本の挿絵にような画風で……大きな麺棒を担いだ、鎧を着こんだ髭のおじさんの絵が。

 刻まれた店名は『三日月斧バルディッシュ』。なんでパン屋の名前を、こんな剣呑なものにしてしまったのだろうか。


「ふぉぉ……かわいいッスねぇ……」

「名前以外はな」

「きっと美味しさ真っ二つってやつッスよぉ! とつげき! ッス!」

「……それ、賛否両論って意味か?」


 俺の言葉なんか聞こえちゃいないであろうミルは、バガンと拳を叩き付けるようにして、店の扉を押し開く。なんでこの子は、とりあえず押し開いてみるのだろうか。


 パン屋に突撃したミルを追って店内に入ると、焼き立てのパン特有の甘く香ばしい香りがし、どこかほっとするのに気づいた。

 並べられたパンの見た目はどれも素朴で、表の甘いパンを連想させる装飾からすると、随分と大人しく思える。ただ、三日月斧バルディッシュの名は意味があったようだ。ミルの顔より大きい巨大なクロワッサンが、店の個性を強固に主張していた。

 当然の如く、お化けクロワッサンの前に陣取ったミルが、目を輝かせていた。


「センパイ!」

「いいけどよ。それ一個で、腹いっぱいになっちまわないか?」

「大丈夫ッスよぉ! みんなでシェアするッス!」

「まぁ、任せたから、適当に見繕ってくれ。ただし、あんまいっぱい買うなよ?」

「りょーかいッスよぉ!」


 ビシっと敬礼するミルに、軽く手を挙げ返しておき、店員に会釈もしておく。

 選ばれた『あまあまさっぱりなラズベリージャム入りのドーナツ』と、『お茶好きのセンパイにぴったりなバターフレーキー』を加えて、カウンターへもっていく。

 やたらはしゃぐミルに、店員が穏やかな微笑みを浮かべる。ふいに視線がこちらを向いた。


「妹さんですか?」

「や、ただの後輩です。菓子パンが好きらしくて……」

「……もしかして、葬儀屋さんの?」

「ええ、そうですよ。よく御存じで――」

「やっぱり!」


 急に声を大きくした店員のお姉さんは、店の奥に声を放り込んだ。


「店長! 葬儀屋さん、いらっしゃいましたよ!」

「い・ま・行・く!」


 奥から野太い返事が響き、バタバタと重い足音がして、ヌボッっと髭面のおっさんが現れた。筋骨隆々。どこかで見た顔だ。……ああ、グレイブ氏の前にきた戦士か。

 どうやら、本当に三日月斧バルディッシュをローリング・ピンに持ち替えたらしい。


「ミルちゃん! ネイトさん! 来ていただけましたか」


 深々と頭を下げる、筋骨隆々の元・戦士、現・パン職人のおっさん。

 顔をあげたおっさんは、晴れやかな笑顔を浮かべて、言葉を続けた。


「その節はお世話になりました。死ぬ気でやれば、できるものなんですね!」

「……ああ、まぁ、死ぬ気になれば、意外とね……ハハハ……」


 愛想笑いをしようにも、乾いた笑いしか出なかった。

 嫌な予感はコイツのことかと思いつつ、ミルを横目でチラ見する。

 すぐに視線に気付いたらしく、胸を張り、ムフンと、してやったりといった顔を向けてきた。おバカめ。

 とりあえずミルのドヤデコをペチった。早く一人前にしないとまずいことになりそうだ。じゃなけりゃ、この街は、世界初のパン焼き型都市になっちまう。

 店を出た俺とミルの背中に、野太い声が飛んできた。


「また来てくださいねー!」


 ミルが素早く振り返り、元気よく手を振り返す。


「美味しかったら考えるッスよぉぉぉ!」


 パンについてだけは、シビアだ。


 

 パンを鞄に詰め込んで、さらに足取りを軽くしたミルに連れられ、墓地へと足を踏み入れる。相変わらず不自然なくらい多い白い鳩たち。それに道中も、なにか街中がザワついているような印象があった。

 これらが思い出させるのは、神の託宣だ。


 グレイブ氏の葬儀で、初めて対面したヨーキ様。彼女が俺に投げ寄こした言葉は、自身の妹、生命の神ユーツ=ナハルに俺が最も近づいている、という話だった。そしてグレイブ氏が蘇生魔法の生みの親『麗しきアンブロジア』の仲間だったという事実もある。それらが不吉な予感を下支えしていた。


 悪寒に身震いしつつ、墓守ミランダの住む墓地に立つ家の、分厚い木戸を叩く。

 ……返事がない。いつもなら、叩けばすぐに返事があるはずだ。


 躰を少し反らせて家の窓をのぞき込む。カーテンが閉められた窓から、淡い光が漏れていた。間違いなく中に居るはず。

 もう一度ノックし、今度は耳を使ってみる。家の中から、キシキシと床が軋んだ音がした。動揺したか何かして中に居る誰かが動いた証だ。

 ポケっとしているミルに、家の中まで聞こえるくらいの大声で言った。


「ミル! ミランダさんが危険だ! 扉を開けろ!」

「ふぇ!? りょ、りょーかいッスよぉ!」

 

 一瞬だけ動揺を見せたミルではあった。しかしすぐに気を取り直し、扉の前まで駆け寄ってきた。

 扉の前で構えたミルは、両足を前後に広くとり、やや腰を落として左手をかざした。右手に、ギュッと力が込められて、弓を引くように引き絞られていく。


「ふぉぉぉおおお……!」


 まるで大気が揺れているかのような、静かにして暴力的な呼気だた。細くてちまい躰から、異常なまでの圧力が生み出されている。

 ミルが両足で踏みしめる大地を伝い、俺にまで届く。

 素人目にも分かるその様は、まさに一撃必殺の構えだ。


「いくッスよぉぉぉぉ……」

「まって! まって下さい! いま出ますからぁ!!!」


 中からミランダの、泣いていそうな絶叫が響いた。やっぱ居留守だったか。 

 扉が開くと、涙目のミランダが……変な格好をして立っていた。俺が見たヨーキ=ナハル様のしていたのと同じ、セーラーとかいう尋常ではない服装だ。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 教団から手紙が来て、それで、それで!」


 ミランダが繰り返す高速の謝罪には、悲壮感すら感じられる。ちょっとばかし驚かすつもりだったのだが、何やら申し訳ない。


「あー、いえ、すいません。ちょっと冗談が過ぎました」

「こちらこそ、本当に、ごめんなさい! 手紙にネイトさんを避けろって書いてあって、どうしたらいいのか分からなくって!」

「手紙? 俺を避けろって? ちょっと、聞かせてもらっても?」

「え!? あの、それは、どうなんでしょう……」

 

 急にミランダの目が泳ぎ出す。ということは、ヨーキ=ナハル教団にまつわる内部文書か、葬儀ギルドのなかでも墓守にだけ送られた代物か。

 いずれにしても、俺に関わるブツであることに違いはない。


「おーい、ミルー?」

「はい! センパイ!」

「ミランダさんが操られ――」

「いますぐ見せます!」

 

 やり方は汚いが、俺に関わる不吉な予感だっていうなら、確かめないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る