葬儀ギルドの仕事 または英雄のついた嘘

 ズタボロになった喪服にうんざりしつつ、辺りを見回す。

 右、左、あたりに血飛沫の跡はあっても死体はみあたらない。しかし遠くに、鎧の兵団が墓石を囲んでいるのが見える。どうやら、俺は墓地の入り口で死んだあと、死体をここまで運ばれたらしい。

 ようやく泣きやんだミルに確認しておくことにした。


「結局、どうなったんだ? 蘇生封印できたのか?」

「……封印して、センパイ呼びに行ったら、センパイ、バラバラ――」

「やめろ。そこは具体的に言うな。想像すると不安になるから」

「りょーかいッスぅ……」

 

 ミルの敬礼に元気がない。どうやら落ち込んでいるらしい。しかし、菓子パン欲しさの演技である可能性もあるのだ。

 注意深く観察する。きょとんとして瞬きを繰り返す目は腫れぼったく充血している。ズビっと鼻水をすする。……まぁ、演技でもいいか。

 俺はミルの頭を撫でてやり、ハンカチを出そうとして諦めた。ボロボロだ。


「よぉし。ミル、よくやった。あとで菓子パン買ってやる」

「……ふぉぉぉ! センパイ、それほんとッスかぁ!?」

「おう。まぁ多分、今回は実入りもいいだろうからな」

「センパイ! 大好きッスよぉ!」

 

 目を輝やかせたミルは立ち上がり、べちゃりと抱きついてきた。菓子パンに気を取られて、落ち込む余裕がなくなったのだろう。返り血が粘りついてウザいが、泣かれるよりは、よっぽどマシだ。

 誰のものか分からない血が付着しているミルのデコを、軽くペチっておく。


「いつまでもくっついてんな。葬儀を済ませて、着替えて、それからだ」

「りょーかいッスよぉ!」

 

 パっと離れたミルは、今度は元気に敬礼した。敬礼と同時に手甲についた血が、こちらに跳ねた。……なんで、血まみれなんだ? 

 今の状況を確認しようとジークを見ると、奴は未だに吐き気が収まらないのか、青い顔をしていた。


「おい、ジーク。俺がどうなってたのかだけ省いて、何があったか教えろよ」

「……怒り狂った参列者がお前バラして、蘇生魔法で起きなくて、ミルちゃんブチギレて、片っ端からボコりはじめて……起きるまで蘇生魔法かけろっつって……」


 そこまで言ったところでジークは……汚ねぇな。

 どうやら、バカが死にかけているのは、蘇生魔法を使わされ過ぎたからのようだ。

 振り向くとミルが、しゅしゅしゅ、と腕を振った残像が。もしかしたら、こいつに囮になってもらった方が楽だったのだろうか。

 ……無理か。

 俺には棺を積んだ荷車を一人で引いて走るなんて、出来る気がしない。とりあえず反省は後にして、今は葬儀の進行をしないとだ。


 ミルとジークを引きつれ、血の赤混じりの鈍色の男達が群れている、墓地の一角を目指す。正直、顔を見せたらまたヤられるのでは、と思いはした。しかし、どうやら八つ裂きにしたことで憂さは晴れたらしい。

 男達は神妙な顔をして、静かなものだった。……怯えたような視線がいくつか、ミルの方に向けられている気もする。

 

 グレイブ氏の収まる棺の横には、黒フードを被ったミランダがいた。聞き慣れた大げさな祈りの言葉は、既に中盤をすぎている。ジークに代わって式を進行していたらしい。

 ミランダのよく通る声が、居並ぶ兵団にかけられる。


「……彼の者、麗しきアンブロジアの良き友にして、この世で初めて死を超えた英雄。その『グレイブ』と言う名を、人々が忘れることはないであろう! ……」


 ……なんだと。アンブロジアの友? しかも『グレイブ』は偽名じゃない?

 ミランダの言葉によって、俺の脳裏にヨーキ様の言葉が過った。次はユーツ=ナハルを引っ張りだせる、と言っていたはず。

 まさか、あれは予言のたぐいなのだろうか。だとすれば、近々俺はアンブロジアに会うことになる、ということになる。なぜ。


 もしかして、俺が友人をヨーキ様のトコに送ったからか? 

 そもそも、グレイブ氏はなぜ偽名を使ったりした?

 いきなり左の袖が引っ張られ、ビリリと破れが広がった。幸い、服が破れた音は参列者の耳まで届いていない。しかし、おバカの注意はしておかねば。

 俺は参列者の気を引かずにすむよう小声を出した。


「ミル、今度はなんだよ」

「もうちょっとで終わるのに、センパイ、ボーっとしてるッス……」


 ……ミルに注意をされるとは。これが神の寵愛の結果とかじゃないだろうな。

 ミルは不思議そうに首を傾げた。心配されている、のか?

 まぁ、いい。ちょうどミランダの口上も、最後まできている。


「かの者の魂は、死の女神ヨーキ=ナハルの元へ召されるであろう!

 そは死にあって死にあらず。

 かの者は永劫の勇気を称えられ、冥府の底よりそなたらの足を支えるだろう。

 ヨーキ=ナハルの元で、勇者は真なる魂とならん!」

 

 ミランダの声は、ジークの口上の分まで務めたからか、少し疲れがみえる。

 それでも、やはり彼女の台詞はウケがいい。男たちも感極まって泣いている。

 娘さんは涙を溜めてはいるが、決して声を上げて泣きはしない、そんな様子だ。夫人の方は、娘さんの頭を優しげに撫で、穏やかな顔をしている。本当に、気にしていないのだろうか。


 闇色の手が地の底から現れ、グレイブ氏の魂を……さすがだ。

 彼の魂は、逃げもしなければ、声をあげることもなかった。

 葬儀ギルドに加入してから今日まで働いてきて、初めてだ。絶望の叫びも魂の慟哭も聞かずに、葬儀を終えたことなんて。

 俺の頭の中に、ヨーキ様が語り掛けてきた。


『次も期待しているわよ、ネイト。汝、歩みを止めることなかれ』


 ……信じられねぇ。ヨーキ様の言葉が、マトモだった。

 つまり、あの変な格好の美女は、死の間際の夢じゃあなかった、ってことだ。

 人の倒れる音した。バカが大地にキスをしている。どうやら物凄くイイ事を言われたようだ。ミランダの方はキメ顔してるし、ミルの方は……。


「ヨダレ、拭いとけ」


 俺は取れかかっていた袖を引きちぎり、ミルに渡した。神の言葉の差し替えは、俺だけが対象らしい。もっと怖い神だと思っていたが、お茶目なところもあるようだ。

 

「我らが英雄に!!」


 突然の男達の咆哮に驚き、思わず首を振った。男達が武器を掲げて雄々しく声をあげていた。英雄を贈るのに慰めの言葉はいらないのだろう。必要なのは冥府への歩みを支える行進曲だ。

 いつのまにか紛れ込んでいた酒場の親父が、男達を店に誘導している。抜け目ねぇな。でも代理人じゃなく店主がきてるってことは、上客だってことなのだろう。


 男達と別れた夫人と娘さんが、連れだってこちらに歩いて来た。夫人はともかく娘さんの方は、今にでも流れ落ちそうな涙を必死にこらえているようだった。

 彼女の白銀の鎧は赤く染まり、白薔薇の紋章は乾いて黒くなった血痕がこびりついている。充血して真っ赤になったツリ目が俺を見据えた。唇を軽く噛み、口を開く。


「ネイトさん。お父様を送っていただいて、ありがとうございました。それと、私と剣を合わせていただいたことにも、感謝します」


 娘さんは貴族式に頭を下げ、震える声で言葉を続けた。


「おかげで、私も諦めることが、できました。ほんとうに、ほんとうに……」

「分かっています。お気持ちはきっと、お父様にも伝わっていますよ」

 

 俺の言葉が、彼女の感情の箍を外すきっかけになった。嗚咽し、とうとう涙が流れだす。おそらく父親の仲間達がいたこともあって、泣くに泣けなかったのだろう。

 大したものだと思う。まだ幼い娘は、しかしまさしく、英雄の娘だった。

 夫人が娘さんの肩を抱き、頬を伝う涙をそっと拭う。

 優しげな瞳がこちらを向いた。


「ごめんなさいね。娘は自分の力だけでは、納得できなかったみたいなの」

「……夫人の提案でしたか……と、そういえば、グレイブ、とは偽名では?」


 新たに湧いて出てきた疑問に対して、夫人は噴き出して笑いはじめる。それにつられるように、ミルもミランダも、そして泣いていた娘さんまでも、笑いだす。

 夫人はひとしきり笑い、目じりに溜まった涙を指先で払った。


「あの人が昔よく使っていたテクニックらしいわよ。見せ金を置いて、すぐに手を差し出す。そうしたら、握り返すより早く、悩んでみせてやるんだ、って」

 

 娘さんが困ったように少し眉を寄せ、棘の抜けた声で言った。


「お父様ったら、上手く騙せたから、どこまで騙し通せるかみてろって言って」

「もしかして、俺以外は全員知っていたと?」

「そう。墓守さんの家で、他の方とも打ち合わせをした、と言っていたわ」


 なんだって、そんな……たとえ名前を聞いたところで、俺はグレイブ氏がアンブロジアの仲間だなんて、思いもしなかっただろうに。

 困惑する俺に、ミランダが微笑みかけてきた。


「グレイブさんは、『盗賊相手に騙し合いで勝ち逃げしたい』って、言ってました」

「あと、エラそーなセンパイをギャフンと言わせよう、って言ってたッスよぉ!」


 ミルのデコがドヤっている。

 夫人や娘さんも申し訳なさそうにではあるが、笑っている。

 つまりは、そういうことか。

 俺は言葉を選んだ。 


「……あのオッサンめ。なにが死を超えた英雄だ。ただの面白オヤジじゃねぇか」 


 できる限り呆れたように、負け惜しみを言うように。 

 早くも酒を飲み始めていたジークも含めて、全員は笑いだした。

 夫人もついに声をあげ、涙を流して笑いだす。これで仕事完了だ。

 夫人の涙を見届けた俺の口から、自然と安堵の息が漏れだした。グレイブ氏がついた嘘、つまり残される妻への最後の願いを、叶えることができたのだ。気だって抜けるさ。

 

 おそらくグレイブ氏は、耐え続ける夫人に、自由に泣いてほしかったのだろう。

 夫人は、強い娘さんより、さらに気丈だ。皆が泣けば泣くほど、より強くあろうと振る舞うのは間違いない。そう思ったグレイブ氏は、夫人が誰にも悟られず泣けるように、遠回しの嘘をついたのだ。葬儀ギルドの俺なら、気付くと踏んで。

 やっぱり、ホンモノの英雄ってやつは、一味違う。


「さぁ! センパイ! プリムローズに突撃ッスよぉ!」

「……いまはやめなさい。おバカさんめが」


 ミルのデコをペチった俺は、笑っておいた。

 誰に伝えていたわけでもないのに、鎮魂の鐘が鳴っている。

 故人が家族を包んでいるような、そして妻に寄り添うような、温かい音色だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る