レオニートの疑問
玉座のように仰々しい椅子に座り胸を張る少年は、はたして本当に魔族の王――監督者としての正しい姿なのだろうか。
俄かには信じられない容姿だった。
まるで人間の、それも屈託のない少年のような笑顔を浮かべ、レオニート公は――それが正しい敬称なのかは知らないが――手を払った。
「タラスよ、ご苦労だった。下がってよいぞ」
レオニートは座り心地が悪そうに足を組んだ。玉座の肘置きが高すぎるらしい。
「さて。そこもとらをここに呼びつけた理由は――」
「葬儀のご相談で?」
「む」
小さく唸ったレオニートは、眉根を寄せた。まるでグズる子供のように、頬を膨らませてすらいる。
「せっかく覚えたのだ。人族の言葉を使わせぬか。礼を失しておるぞ」
「お言葉ですがレオニート……様でよろしいですか? ともかく、我々は看板の前でお待ちしている間に、死ぬかと思ったんですよ? それに手紙を頂いたときも――」
非難するつもりなどまったくないが、苦情のひとつくらいは言いたい。
字が読めるし書けるのなら、夜間に訪れたにしても、教会に手紙を置いてくれればよかっただろうに。それに待つ間の吹雪にも頭を悩まされたのだ。
レオニートは不服そうに唇を突きだした。
「あまり余計なヒトがおると困ると思っての。まさか雪で死にかけるなど思わんわ」
「……あの吹雪もレオニート様の仕業ですか?」
「しわざ? よくわからぬの。ただ、あれはたしかに我の術によるものよ。タラスの奴は山一帯まで操れんでの。まったく、闘争がなければ怠惰になるものよな」
言って、わっはっは、なんて形容したくなるような笑い声をあげた。つまりレオニートにとって、山一帯を吹雪で覆えないのは笑ってしまうようなことなのだ。
――マジか。
俺は素朴にそう思った。
かつて戦った、人の世界でも最高峰の英雄アンブロジアですら、墓地の一角を抉り取るのが精いっぱいだったのだ。しかもあれは神の力の一端を借りての話である。
もちろん彼は神官や僧侶といった戦闘は不得手な人種だ。
しかし人の扱う魔法は、たとえ伝聞やおとぎ話の世界を含めても、落雷を
邸宅を取り囲む山一帯すべてに吹雪を生むなど、人のなせる技ではない。
ポケっとしたミルの「雪だるま作り放題ッスねぇ」なんて感想は、俺にはない。
怖い。恐ろしい。
いったいレオニートは、どのような形での死を望むというのだろうか。
「ところで、ネイトとやら」
俺の恐怖を悟ったか、レオニートは軽い口調で言った。
「そこもとらにとって『死』とは、いかなるものなのだ?」
「我々にとって、というと、人族にとって、ということですか?」
「うむ。なにしろ、我が一族に死というものはあらんでの。よくわからんのだ」
「死がない? それはつまり、死なないということですか?」
「うむ! 無論、全ての民がそうではないぞ? 我の一族に限ってのことだ!」
レオニートは自慢げにそう言い、腕を組んでふんぞり返った。
死がないとは。
と、少々面喰いはしたものの、納得いく部分もあった。
人族と魔族との間でどれほどの寿命の差があるのかは知らないが、たとえば最も個体数が多く、よく知られている龍――強固な紅い鱗を持つ
となれば、こんな奥地に住まう間の者の首魁ともなれば、千年の
だとすれば、なぜウチに声をかけたのだろうか。
俺はどう尋ねるべきか頭を回転させ、諦めた。婉曲的に聞いて誤解されても困る。それに相談無料に飛びついた――かどうかはともかく、それこそなにか頼みがあって呼びつけはずだ。
俺は危害を加えるつもりはなかったという言葉を信じるしかなかった。
「レオニートさまは、ご自身の葬儀についてご相談なさりたいのですか?」
真正面から疑問を口にした。
葬儀屋を呼びつけた当人の弁では、死が分からないのだという。それは、自分が死ねるのかどうかを尋ねるのと、同じことなのではないか。
レオニートは唇の端をつりあげ、ニヤリと笑った。
「うむ。率直よの。その通りである。我は死んでみたいのだ」
「えっと、死んで、みたい?」
「そう言っておる。我の一族に死とやらはあらんでの。その我が死んだとあれば、それは一族では初の死者となるのだ。それは我らに誉れなことである」
レオニートは目を瞑り、自らの発言を確かめるように首を上下に振った。
死ねないのか死なないのかよく分からないが、誰もやったことがないから誉れになるとは、いまいち理解できない価値観だ。
俺の理性は、せっかくの話なのだから何も聞かずに受けておけ、と言っている。
しかし、蘇生魔法を手に入れた人間たちと同じような死の捉え方には、反論せずにはいられなかった。
「ネイト&ミルで葬儀を請け負いました場合、再びの蘇生はありませんよ?」
投げた言葉に棘がつく。苛立ちが抑えきれない。そのせいで何度も苦労してきたというのに、まるで成長できていない。
俺はすぐに頭を下げて発言を撤回したくなるような居心地の悪さを感じた。
「ふむ……我はなにか機嫌を損ねるようなことを言ったかの?」
いえ、こちらこそ失礼を。
そう言おうと思ったときに、
「センパイは、なんで死にたいのかをとっても大事にしてるっス! だからッス!」
なんと、ポケっとしていたミルが俺の心情を代弁した。
ミルは両手を広げて、身振りを交えて話した。
「前のお仕事で間違えたときは、とっても大変だったッスよぉ?」
「ふむぅ? 間違えたとな。それはどのような過ちなのだ?」
仕事上のミスを客に話す奴があるかよ。
と思ったが、違った。
ミルは感慨深げに目を瞑り、しみじみとして言った。
「前のお仕事は、ふほんいな仕事だったッスねぇ……しゅひぎむがあるから教えられないッスけど、興味本位で死にたい、みたいなのは、ボクたちはやらないッス!」
「ふむ。我が望む死を、興味本位というかの。じっくりと話すべきやもしれんの」
レオニートの眉がピクリと跳ねた。
俺はミルに対して複雑な思いを抱いた。
おバカめ、とデコをペチってやりたくもあり、その通りだと褒めてもやりたい。
願ってもない最高の依頼者を得たのに拒否するとは。
そして、いつのまに俺の営業方針を学び取ったというのだ。
胸の内では相反する感情が決して混ざり合うことなく渦を巻く。
レオニートは人族の世界からみれば魔の者の王だ。
密かに立てたライト・シハナミ帰還計画に、最も適した依頼人なのである。
俺の立てた帰還計画とは、魔族の重要人物を討ち果たした英雄として凱旋する、というものだ。
筋立としては、俺とミルは教祖様から密命を受けていたことにするのが始まりだ。
教祖様は魂をヨーキ=ナハルに捧げることで託宣を受け、死を選んだ。
俺たちは教祖様の今わの際に密命を賜り、それを果たすため王都を離れ極北に向かった、という設定だ。これなら魔族の誰に死んでもらうかは問題ではない。
説得力を無視すれば、最悪、そこらの魔物でも構わないわけだ。
もちろん帰還後に口頭でそれを告げても信じてはもらえまい。しかしその証拠となるなにかを持っている場合は別だ。さらには英雄の娘にして爵位まで与えられているエステルや、英雄であるアンブロジアの推薦付きならどうだろう。
俺はいけると判断した。
問題は、どんな魔物を利用するかだ。
成功確率をあげるためには、より高次の魔物を利用する必要があった。
それも、できれば人族の恨みを買っているか、あるいは魔族の中でも地位の高い者から仕事を請け負う必要があったのだ。
また、運よく仕事をもらえたとしても、形見分けと称して依頼人から証拠をもらい受けなければならない。それでようやく、体面的には討伐者や英雄として人族の世界に帰還できるのだ。
ないないづくめの状況は薄氷の上でワルツを踊るのにも似ている。それでも帰還のためには止むを得ない、と思っていた。
つまりレオニートの依頼は、望むべくもない最高の依頼人だったのだ。
けれど――、
いざ依頼を受けようと思っていても、それが興味本位に死を望むような相手となれば、どうしても考えてしまう。
ミルの言うように、前回は不本意ながら教祖様の望みに従った。その結果がこのザマだ。自らの意にそぐわぬ仕事をすれば、いつだって後になって苦労する。心に残される小さな傷は、重大な決断を迫られたときに繋がり、大失敗を引き起こすのだ。
盗賊ギルドを離れることにしたのも、傷が重なり合ったからだ。
ライト・シハナミから戻れなくなったのは、傷が繋がったからだろう。
だとしたらレオニートの興味本位としか思えない依頼はどうする。
千載一遇のチャンスを棒に振るのか。
リスクを承知で請け負うのか。
迷う俺に、レオニートは言った。
「人族の考え方は我にはよく分からんのでな。非礼があったのなら詫びよう。だが我にも誇りや願いというものはある。まさしく、少し話し合わねばならぬの」
話し合う、か。
俺はレオニートの気迫がこもる双眸を見つめて考えた。
人と魔物では価値観も異なる。まずは話を聞くのが先決で――、
ぐぅ、と横から音がした。
見ればミルが腹を擦っていた。マジか。
「ボク、お腹が減ってきたっス!」
マジか。
俺は首を軋ませ、高らかに笑うレオニートに目をやった。
「人族も腹具合ばかりはどうにもならぬか! ならば、話の続きは食卓よの!」
「ふぉぉぉぉ……魔族パンッスかぁ? 多分、誰でも食べたことがないッスねぇ。お腹が鳴るっスよぉぉぉ」
ミルよ、なにを言ってるんだ、お前は。
「パン? パンがよいのか? うむ。承ったぞ。タラス! タラス!」
レオニートはさっそく使者を呼びつけた。
俺はそれを横目で見つつ、ミルの満足げなデコを、震える手でペチった。
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