死の女神ヨーキ=ナハル

 参列者たちが花を投げ込み終えるのを見計らい、フードで顔を隠したミランダに、前へ出るよう合図を送る。

 黒フードは俺が贈ったものではない。マントに合わせて自分で用意したのだろう。おかげで濃い目の化粧も、『デーハー』の服も、参列者からは見られていないハズだ。そういう意味でも、贈った甲斐があったというものだ。

 一つ咳払いをしたミランダは、良く通る澄んだ声で語り始めた。


「かの者の魂は、死の女神ヨーキ=ナハルの元へ召されるであろう!

 そは死にあって死にあらず。

 かの者は永劫の勇気を称えられ、冥府の底よりそなたらの足を支えるだろう。

 ヨーキ=ナハルの元で、勇者は真なる魂とならん!」

 

 ミランダの声に応えるように、何本もの闇色の手が地から湧きだし、棺を掴む。棺の中から、故人の魂が逃げるように抜け出てくる。しかし、魂は死の女神の御手に掴まれる。絶望を叫ぶ魂が、棺を通って地の底へと引きずり込まれていった。

 もちろん、この凄惨な魂の搾取は、ミランダの口上とは無関係に起きている。ただ単に、前触れなく魂の慟哭を耳にすれば参列者も顔をしかめてしまうので、してもらっているだけだ。

 戦士の魂を受け取った我らが死の女神ヨーキ=ナハルの声が、頭に響く。


『あんがとさーん。こいつもコキつかわせてもらうわー。またヨロシクー』


 俺と同じように、ジークの頭には罵倒が、ミランダには仰々しい言葉が、そしてミルのお花畑な頭の中には、きっと新作菓子パンのお知らせが響いているはず。 

 死の女神は、信徒の貢献に対して、それぞれがもつ語彙を使って、お褒めの言葉を伝えてくれるらしい。そしてそれは、信徒自身が欲する言葉であるという。

 

 参列者の魔導師には、神の言葉など届いていないのだろう。人目もはばからず、泣き叫んでいた。すかさず、神官の爺さんが彼女を宥めてくれている。こういうときには、やはり年寄りの方が物分かりがいいのだろうか。

 まぁ、魔導師の気持ちも、わからないでもない。死の女神が執り行う葬儀は、死の恐ろしさを、生者に伝えるための儀式である。泣きたくなるのが正解だ。


 しかし、しかしだ。

 先ほどのミルの言葉ではないが、さっさと故人の蘇生をやめてやれば、彼は葬儀を依頼してこなかったはず。その場合の彼は、ユーツ=ナハルの下や、あるいは別の神の名の下で、安らかに死ねたはずだった。

 しかし現実には、彼は戦いを辞めることを許されず、そして死ぬことすらも許されなかった。だから彼は、俺の所に依頼に来たのだ。


 『金は払う。もう蘇生されたくない。頼むから、死なせて欲しい』と。


 

 なぜこんなことになったのか。それは、ほんの数年前のことだった。

 生命の女神の寵愛を一身に受けた偉大なる魔導師『麗しきアンブロジア』。彼は奇跡の魔法を創造した。死者を蘇生する魔法だ。

 生への渇望は、蘇生魔法のさらなる応用を生んだ。当初は複雑な手順を要したそれは、瞬く間に簡略化されていった。

 ユーツ=ナハルの信徒になれば、あのジークですら修められるほどに。


 蘇生魔法の出現により、混沌とした世界は、一時、救われた。

 魔物に殺される度に蘇生し、再び戦に身を投じる冒険者達。魔物は急激にその数を減らし、管理区域以外で狩れなくなった。魔王こそ滅びていないらしいが、もはや脅威ではない。


 すると今度は冒険者達が大地を席巻し、死の女神の代行者である葬儀関係者と墓守たちは、あわれ廃業に追い込まれていった。戦いで死ぬ者がいなくなり、仕事が減ってしまったから。

 そして、死の女神ヨーキ=ナハルは、ブチ切れた。 

 あるとき、死の女神ヨーキ=ナハルは、我らが教祖に託宣を与えた。


『あのさ、最近こっちに奉公にくる信徒、少なスギなんだけど、どーなってんの? またユーツの奴が、なんかしてんの?』

 

 教祖様は念願の神からの言葉に歓喜し、包み隠さず答えた。


「ヨーキ様の妹、生命の神ユーツ=ナハルの信徒が、蘇生魔法を作ったのです」

『……ザケてるよね? ナニソレ。どんな嫌がらせよ、ユーツのバカ。もういいから、なんとかして信徒送れや。じゃないと強制的に、お前ら全員、召し上げるから』


 教祖様はうろたえた。

 伝承が事実なら彼女は気まぐれに一国を滅ぼしたことがある。


 そして、彼は、

「そうだ! 信徒みんなで、ヨーキ=ナハル様に会いに行こう!!」

 と叫び、乱心の末に投獄された。

 

 教祖様の乱心を憂えた王は――ちょうど冒険者が増えすぎて報償やらなんやらで財政が逼迫していたこともあり――蘇生に対抗する手段として、葬儀ギルドを作った。

 これが、葬儀ギルドに入ったばかりの頃に教えられた、ギルドの歴史だ。



 葬儀が終わり、参列者が肩を落として帰途につく。

 酒場の主人の代理人が、参列者達に声をかけていた。おそらくこのあと酒場に連れていって、一杯やらせるつもりなのだろう。やり方はともかく、営業努力は見上げたもんだ。

 

 俺は精一杯作った陰鬱そうな表情で、参列者たちを見送くった。彼らの寂しげな背が見えなくなると、自然とため息が出ていた。疲れた。

 これで、ようやく仕事が終わったわけだ。


「センパイ! お疲れッス! プリムローズ! プリムローズに行くッスよぉ!!」


 神速で出費を伴う仕事が増えた。

 ミルが、ぐいぐい背中を押してくる。

 さすがに元・格闘家だけあって、腰の入ったいい突き出しだ。

 だがやめてほしい。痛ぇから。


「わーかった。わーかったって。頼むから本気で押さないでくれ、死ぬから」

「三つ買ってくれるなら、もう押さないッスよぉ?」

「……だめ、二つ。というか押すのをやめないなら、買ってやらんぞ?」

「ンなッ! うぅ……ズルいッスよぉ」


 しょんぼりして、押すのを止めてくれた。

 どっちがズルいというのだ。

 

「プリムローズに行くんですか? 私の分も買ってきてもらってもいいですか!?」


 振り返ると、そこにミランダ。

 まるで少女のように無垢な瞳をキラキラ光らせ、滑らかな黒手袋をはめた両手を胸の前で合わせていた。気付かなければ、そしてケバい化粧に目を瞑れば、美女だといえる。

 まぁ、そんな器用な目の瞑り方なぞ、知らないのだが。


「えーと……いいですよ。ただ、チョイスはミルにお任せになりますが、それでもいいならですけど……」

「大丈夫です! ミルちゃんのオススメなら、確実です!」

「うぉぉ、気合い入ってきたッス! 任せてほしいッス!」


 瞳に炎を描いたミルは拳を握り、謎の演武を始める。


「だからセンパイ、もう何個か追加して欲しいッス!」


 無意識の内に、ミルの叩きやすさ満点のデコをペチンとしていた。


「隙あらば数増やそうとすんな。おバカさんめが」

「テヘ」 


 テヘじゃねぇよ。


「ジークはどうする? 俺とミルは一旦プリムローズに行くぞ?」

「俺? 俺はお前、そりゃ……酒場だろ」

「……まさか、さっきの連中の行くとこじゃねぇよな?」

「……いいじゃねぇか! もう終ったんだよ、葬儀は! 俺は神官ではなぁい! 葬儀が終わった瞬間から、ただのジーク、ヨーキ様の忠犬ジークなんだよ!」

「知らねぇよ。というか、神官なのか犬なのかはっきりしろよ」

「ヨーキ様! いま俺は酒の力を借りて、そちらに行きます!」


 狂気と、あまり理解したくない感じの感情を混入させた雄叫びをあげ、ジークは墓地をダッシュしていった。神官が墓地で走んなよ。いいのか、犬だから。

 てか、酒の力でヨーキ様の元へって、あいつ、酒を飲んで死ぬ気なのかよ。死んだら蘇生料金、給料から引いとこう。


「センパイ! プリムローズ! プリムローズ!」


 疲れる。

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