葬儀屋ネイトの、ワルだくみ

 グレイブ氏が改宗のために石室に残ってからしばらく。再び、音もなく岩戸が開いた。出てきたグレイブ氏の足取りは、心なしか軽くなっているようだった。改宗前は古傷を抱えているかのようだった表情も、いまでは年相応の温和さをみせている。威圧感たっぷりだった顎髭さえも、好々爺のそれに見えてくる。

 あまりに大きな変化だったからなのか、どうしても頬が緩んでしまう。


「お疲れ様でしたグレイブさん。この後の予定ですが、ミルと一緒にミランダさんの所で、細かい葬儀の打ち合わせをして頂こうかと考えています。私は、例の『誓約』の対応について検討してから、また戻りますので、なにかご不明な点があるようでしたら、その時にでもお願いします」


 頷き返したグレイブ氏だったのだが、眉間に皺をつくって顎をしゃくった。示された先には、未だに震えるミルがいた。目はぎゅっと瞑られて、耳を押さえて。

 グレイブ氏が困ったように苦笑した。


「お嬢ちゃんだけでも大丈夫なのか?」

「あー……まぁ、たしかに新米なので、不安なところもあるかと思いますが、あれで結構、マジメなところもある奴ですから……」

「……まぁ、葬儀については、きみ達の方が詳しいだろうし、信じることにするよ」

 

 小さくため息をついたグレイブ氏は、ミルの背中をさすって笑っていた。

 地上に戻ると、いかに地下の空間が重々しいものだったのか分かる。墓地に立っているはずだというのに、風を心地よく感じるくらいだ。

 地下祭壇の居心地の悪さは、ヨーキ=ナハル信仰を引いてもあまりある。


 俺は皆と別れて、一人墓地の入口に向かった。……まだ睨み合ってんのか。

 接近する俺に気付いたのか、グレイブ氏の娘さんは、墓地に入るときと同じく、見下すように吊り目をさらに吊り上げた。


「……お父様は、絶対に死なせませんから」

 

 今日から何回、同じことを言われるのだろうか。

 おそらくグレイブ氏が自宅で死ぬときにも似たようなことを言われるだろう。考えるだけで気が滅入ってくる。

 まぁ、だからと言って、葬儀を引き受けた以上は、手を抜くこともできないが。

 せめてもの抵抗に、ハッタリ一発、飛ばしておこう。


「われわれは、依頼を遂行するだけですから。阻止しようということなら、こちらも容赦はしませんので、そのあたりを覚悟の上で、お願いしますね?」

「……もちろんです」


 あの親にしてこの子あり。俺の脅しを聞いても全く動じることがない。そしてそれは、娘さんの背後に居並ぶ兵団もまた同じ。この調子だと、葬儀当日になっても心変わりはないだろう。となれば、やはり強硬策をとる必要がある。

 俺は娘さんから視線を外して、肩越しにグレイブ氏側の兵団をみやった。

 

「代表者の方は、後ほど事務所にお越しください。一緒に対抗策を考えましょう」

 

 兵団の先頭に立っていた男が頷いた。

 次はジークだ。まだまだ日は高くとも、酒のあるところに奴はいるはず。

 俺は娘さんに貴族式で一礼し、酒場に向かった。


 いつぞやジークが裸踊りをしていた酒場に行くと、奴は素面シラフで食事をしていた。

 なんだと。また意味の分からないヨーキ=ナハルの解説本でも買って、呑み代がなくなったのだろうか。


 ジークがこちらに気付いたらしい。へろへろっと手をあげた。

 閑散とした店内を歩き、安っぽいテーブルを挟んで対面に腰を下ろした。

 途端、奴のかるーい調子の言葉が飛んできた。


「よぉ、ネイト。また仕事の依頼か?」

「そうだよ。祈りの言葉と蘇生役を頼みに来たんだ。蘇生の方は、人数が欲しい」

「人数だぁ? どんな奴が、どれくらい必要なんだよ」


 訝しげな目をしたジークが、堅そうなパンを噛みちぎる。


「一応、声はかけてみるけどよ。いったい、どんな相手なんだ?」

「重武装の兵団二〇人ばかし相手に、強行突破する」

「ブッフォ!」


 ジークが口の中のパンを噴き出した。汚ねぇな。

 激しくむせたジークは、落ち着くためか、豆のカップスープを一口飲んだ。胸を撫でて深呼吸して、言葉を繋いだ。


「こっちは? まさかミルちゃん入れて、二対二〇ってわけじゃねぇだろ? それじゃいくら蘇生屋を呼んだって、おっつかねぇぞ?」

 

 さりげなく自分を差っ引いてんじゃねぇぞコノ野郎。


「頭数の方は、心配すんな。こっちも二〇人近いみたいだ。多分な。ただ実力が分からねぇ。だから蘇生屋を並べて、二〇人を不死身の兵団にしちまおうって思ってな」

「お前なぁ……そういうの、嫌いなんじゃなかったのか?」


 ジークは呆れたように背もたれに躰をあずけて腕組みをした。自分の発想に呆れているのは俺も同じだ。しかし仕事と主義なら、俺は金になる方をとる。

 背もたれに身体を預けると、椅子がギシリと悲鳴をあげた。


「好き嫌いと仕事は別だからなぁ。こっちの優先順位は依頼人、依頼人の家族、その他大勢って順番なんだよ」

「……まぁ、そらそうか。俺は金さえもらえりゃ、何度だって蘇らせてやるよ」


 頭を掻きながらジークはそう言って、妙に楽しそうに笑っていた。こっちとしても、笑いごとで済ませてくれるなら、ありがたい。

 

「それじゃまぁ、俺と事務所に来てくれ。不死身の兵団候補の、代表が来るはずだ」

「おいおい、もうそこまで決まってんのかよ。メシ食ってからじゃダメ?」

「ダメだ。さっさと立ってくれ」

「マジかぁ……さようなら、俺のヨーキ様の涙……」

 

 ジークは意味不明の嘆きを発して立ち上がった。


「……ヨーキ様の涙ってなんだ?」

「あ? ここの新メニューだよ、このスープ。辛いんだ。やたらと」

「……この店、その内潰れるんじゃねぇか?」


 なんで死の女神の涙が、豆混じりの真っ赤なスープになる。せめてカクテルだろ。

 酷いセンスにため息が出てしまった。

 俺はテーブルに両手をついて、やたら軋む酷い椅子に別れをつげた。次に会う時までには、治っているといいのだが。

 店のバーテンに言い添えて、ジークを追って店を出た。


 日中の酩酊が当たり前の神官にとっては歩行それ自体がキツいらしい。

 ダルそうに肩を下げたジークは、ぺったりぺったり足を引きずっていた。

 長年の付き合いで、ちゃんと歩け、と言えば不平不満が返ってくるのは分かりきっている。まぁ愚痴は聞き流すだけなのだが、自然と俺の視線も、石畳に落ちていく。

 右肩に雑な衝撃。バカが俺に何か用らしい。

 どうせ愚痴だろうから、無視だ。


「おい、ネイト、おっさんが、お前んトコの扉の、品評会やってんぞ」

「はぁ?」


 意味不明なジークの言葉に、さすがに顔を上げてしまった。 

 ジークの顎をが指し示す先には、いかつい男が腕組みをして立っていた。男の目は、ミルの修理も虚しく微妙に傾いたままの事務所の扉に向いている。なるほど、確かに扉の品評会だ。

 

 男は先ほど娘さん一派と対立していた集団の代表者だろうか。

 しかし、墓地で頷いていた男とも違う。営業印は出していないから、客ってことではあるまい。つまり、娘さん側のスパイの可能性もあるわけだ。

 念には念をだ。ひと声かけて、確認をとっておく。


「どうも、グレイブさんのことで?」

「む……さきほどは失礼した」


 こちらを向いた男は、俺の足元を見ることはなかった。

 ただ、ジークを訝しげな目で見てもいた。まぁ、誰だって不審に思うが。

 バカ神官は、クレリックシャツを着崩して、ヨーキ様グッズの一つだという赤黒いカフ・リンクスまでつけていやがる。無駄に整った顔も相まり、まるで女衒だ。


 問題は、男の視線や態度だけでは、どちら側なのか分からないこと。さっきは人数が多すぎて、顔まで覚えていなかった。符丁でも、決めておけばよかったか。

 疑心の森に迷い込みそうだった俺は、娘さんの線でつついてみることにした。

 言葉を選ぶ。慎重に、世間話のように、どちらの側にもつかないように。


「ご家族の間でも、意見が分かれているんですか?」

「ええ、なにしろ家族思いの方ですからね」


 返答に迷いが無いし、答えたのは娘の事ではなく、グレイブ氏の人柄だ。普通だったらグレイブ氏側ってことなのだろうが、あそこにいたのは全員が彼の部下である。

 もう一歩踏み込み、確認をとる。


「お嬢さんと戦うことになりますが、そちらについては?」

「お嬢さんの気持ちも分かるのです。ただ、あの方が死にたいなんて、酔狂で言うはずありません。奥様の説得にも、時間をかけていましたからね」

 

 男は視線を足元に落とし、たっぷり間をおいてから、こちらを見た。目に、決意があった。


「本来なら避けたいのは事実ですが、そうも言ってられない。一度決めたら、やるだけだと、あの方も言っていましたからね」


 丁寧な、誤解を避けようとしている語り口だ。間違いなく、こちら側と見ていい。

 俺は事務所の扉の鍵を開け、中に入るよう男を促す。


「どうぞ中へ。グレイブ氏の葬儀に向けて、一丸となって戦いましょう」

「ブッフォ!」


 背後でジークの噴き出す声が聞こえたが、ここは無視だ。

 事務所に入った男を来客用の椅子に座らせ『不死身の兵団』計画を話す。

 計画を聞いた男は歯を噛み、口の端を下げた。


「……棺を我々で取り囲んで、突撃ですか」

「ええ。ジークが蘇生屋をあなた方の後ろに並べて、向こうと真正面からぶつかってもらおうと思いましてね」

「またそれは……葬儀ギルドとは思えないやり方ですな……」


 想定よりも反応が鈍い。死を重んじるグレイブ氏の葬儀に賛同しているだけある。この手のやり口は好みじゃないのだろう。それならば、感情にけしかけて納得させるのがいいだろう。

 口調に注意を払って、両手を広げ、やや大げさに。


「そうですか? グレイブ氏の葬儀を盛り上げる意味もあるんですよ。故人のかつてを偲び、戦いをもって見送る。故人にとっては、嬉しいことではありませんか?」

「む……うぅむ」


 男は腕組みをして、自分の足元を見た。どうやら、揺れ始めてくれているようだ。

 

「ご自分にたとえて、考えてみてください。あなたも長く、戦いに身を捧げてきたのでしょう? 戦いで培われた思いが、戦いによって送られるのです」


 俺は身を乗りだして、組んでいた両手の指を離して拳を握って男に見せた。


「形ばかりの戦いで、あなたは喜べますか? 本当の戦いでこそ、故人の思いを尊重しているという証明に、なりませんか?」

 

 まったくの詭弁である。しかし、効果はあった。

 目を瞑って聞いていた男が、顔を上げた。目はすでに揺れていない。


「たしかに、そうかもしれません。……不思議な弔い合戦ですな。別に仇を討つというわけでもないのに、弔いであることに違いはない」


 男は滑稽だと言わんばかりに大きな笑い声を上げ、立ち上がった。

 ……なんとか、丸め込めたみたいだ。冷静になられてたら、ヤバかった。


 男は、俺、ジークと順に握手を交わして事務所を出ていく。

 事務所を出た男はしばらく空を見上げて、一度こちらに手を振った。

 その背が小さくなって横道に曲がって消えた瞬間、ジークが言った。


「そいじゃ俺も、人集めに行ってみるわ」

「いや、お前はまて。計画には続きがあるんだよ」

 

 ジークはものすごく嫌そうな顔して振り返り、頭を掻いた。


「お前、あとであの人らに、怒られるんじゃね?」

「そのために残ってもらったんだ。上手いこと誤魔化してくれ。いいか? 俺の計画ってのは……」

 

 葬儀の日取りまで時間は少ない。グレイブ氏のご家族が、無茶をやりたいって言ったんだ。それなら、派手なやり方でやらせてやればいい。

 だがしかし。

 不死身の軍団に混ざるなんてバカげたことは、絶対にするものか。

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