死にたい人たち

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死にたい人たち

葬儀ギルドって、どんな人たち? (約1万2千字)

葬儀ギルドのネイトとミル

 かび臭い土の雨が降り落ちる墓石の陰に、俺と後輩のミルは身を隠していた。

 なぜ土砂が降っているのか。単純だ。依頼人の生前のお仲間で、ある意味お節介な女魔導師が、ご遺体を取り返そうと突っ込んできて、いきなり大地を抉るドデカい魔法アース・バウンドをぶち込んだのである。


 結果、かつての英雄たちの安らかな眠りが、騒音被害に遭っている。

 だから依頼人には、生きてるうちに仲間の説得をしておいて欲しかったんだ。

 降り積もる土砂に、カランカランと軽い音が混ざる。ここに眠っている英雄たちのご遺骨だろう。舞い上がった乾いた骨が無作為に落ちてきて、罰あたりな音楽を奏でてている。


 居心地の悪いリズムだ。

 などと思いつつ、俺は墓石の淵から頭を出し、辺りの様子を窺った。

 目の血走った女魔導士が一人、ぐりんぐりんと首を振っている。

 思わず、誰ともなく呟いていた。


「あいつ……墓地でこんな魔法使うとか、罰あたりとは思わんのかねぇ……」

「ふぉぉ……すごいッス。アース・バウンドなんて初めて見たッスよぉ! やっぱり葬儀ギルドに入って良かったッス。平和な冒険者生活より、よっぽど楽しいッス!」

 

 あまりに間抜けな感想が横から聞こえ、思わず傍らのミルに目がいった。


「そうか。感動したか。良かったな。じゃあ、あの魔導師は、お前の担当な」

「うぇ!? なんでっ!? センパイ、ボク魔導師相手なんて無理ッスよぉ!?」

「いや、俺が無理。女を刺すとか、ダメなんだわ。あっちの爺さん、あっちは俺がやるからさ」

「ズルいッス。センパイ、ズルすぎッス。あっちの爺ちゃんなら、誰でも気軽にポクっといけちゃいそうッスよぉ……交代とか、ないッスかぁ?」


 ミルは目を潤ませて、わざわざ上目づかいまでして見つめてきた。しかし、たとえ目に涙を溜めてみせられたとしても譲る気はない。あの魔導師のねーちゃんは、目が座りすぎてて怖い。今のアース・バウンドも、絶対に俺を狙ってたはずだ。


「無理。俺、紳士だからさ。女を殺すなんて、絶対無理」

「どうせ後で蘇生するッスよね? いいじゃないッスかぁ! センパァ~イ!」

 

 実に自然な涙声だ。見事なまでに可愛いデコ後輩を演じている。

 しかし、無理なものは無理だ。


「これ終わったら『プリムローズ』で菓子パン買ってやるから。それでどうだ?」


 お気に入りの高級パン屋の名前を聞いて、ミルは即座に指三本を立てた。

 俺はすかさず人差し指一本だけを立て、みせた。

 ミルは唸りながら指を一本下ろした。頬が小動物のように、ぷこっと膨らんだ。

 これ以上は粘り腰の交渉に突入するだろう。残念ながら、時間は少ない。


「じゃあ、二つな」俺は喪服の下から、ダガーを取り出した。

「よぉっし、ミル。やるぞ?」

「了解っス! ぶっとばしますよぉ」


 にへっと笑ったミルは呪文を唱え、両手に真っ赤な手甲を顕現させた。葬儀ギルドなんだから、せめて赤はやめろと言ったのに。

 ため息を一つ吐き出して、二手に分かれて飛び出した。

 

 俺の目標は、ボロ雑巾みたいなローブを纏った神官プリーストのジジイだ。

 モゴモゴと口を動かしている。既に何かの呪文を唱えているのだろう。

 ジジイが杖をこちらにかざした。翼を広げた鳥のような細工がついた杖の柄が、まばゆい閃光を迸らせた。 


 目が眩みそうな光ととともに、俺とジジイの間に、光の障壁が現れた。

 壁の向こうで勝ち誇るかのようなドヤ顔をしていやがる。

 しかし、俺だって防御魔法への対抗手段くらいは、もっているのだ。

 

 俺は光の障壁にダガーを持つ手をかざした。

 我ら葬儀ギルドの信仰対象、死の女神に助力を求める。

 生気が地の底に座れるような感覚。たちまちダガーを握る手に蛇の影がまとわりつく。破邪の力ならぬ、の力だ。

 

「スペル・ディフュージョン!」


 漆黒の蛇の鎌首が俺の指先から伸び、壁に触れる。

 闇が瞬く間に広がり、打ち砕く。

 神聖魔法を打ち消す時に出る、泣き女バンシーの金切り声にも似た音が響いた。死の女神と生命の女神の戦いは、この音で表わされているという。


 まさか障壁が破られるとは思っていなかったのだろう。

 ジジイは驚愕の表情を浮かべていた。

 いける。

 俺はダガーを強く握り直して、地を這うように走った。

 

 ……笑ってる?

 

 杖の石突を後ろに振ったジジイは、右足をこちらに一歩、踏み出した。ジャリジャリという、鋼の鎖の音。フレイルだったのかよ、その杖。


「かかったな! ガキが!」


 決め台詞とともにスパイク付きの金属球が、俺の頭を目がけてすっ飛んできた。

 墓石に左手を引っかけ、無理やりストップ。

 小型の明けの明星は、唸りをあげ眼前を横切っていく。あぶねぇ。食らったら死んでた。だが、もうこちらの間合いだ。


 再び死の女神に祈りを捧げる。

 今度は影を渡る魔法だ。


「シャドウ・ステップ!」


 ……発動しない。頭に響く、美しき死の女神ヨーキ=ナハルからの苦情。


『アンタ、それっぽっちの魔力じゃ全然ムリだし』


 ジジイは呆然としていた。俺の詠唱を聞いた段階で、既に死んだと思っていたからだろう。そして、俺も呆然とするしかなかった。一瞬で終わらせるハラだったから。

 

 慌てて駆けだす。ジジイもばたつきながら、フレイルを振ろうとしていた。

 泣きそうな思いでダガーを持つ手を無理やり伸ばす。柄を通して、柔らかい感触があった。刺せた。間一髪、間に合ったらしい。


 頭から足から背中から、冷や汗が流れているのが分かる。

 柄を引いても、ダガーが抜けない。痛みで筋肉が締まっているのだ。

 ジジイは、なおも口をモゴモゴと動かしている。まさか老人特有のエアー咀嚼ではあるまい。それに躰に感じる風は、おそらく信仰の力だ。回復魔法でも唱える気か。


 阻止する。

 俺は柄を握る手に力を込めて、刃を捻りあげた。握ったダガーの柄越しに、力が抜けていくのを感じる。

 ゴブリと血を吐いたジジイが、俺の肩を掴んだ。


「……蘇生は、いつに、なりますか?」

「勇者様の蘇生封印の後です。そう遅くはなりません」

 

 咳き込んだジジイの口から、泡の混じった血が流れた。


「参列、したいので、ちゃんと、ワシの、蘇生も、おねがい……しま……」

「もちろんです。いいお葬式になりますよ」


 爺さんは笑顔を浮かべて、事切れた。これで参列者側の蘇生手段を奪った。 

 こっちは終わりだ。

 ミルの方は……

 女魔導師に馬乗りになって、ボッコボコに殴り倒してやがる。えぐい。

 現在進行形で過剰防衛を繰り広げる小さな後輩の元へと、歩み寄る。

 肩で息する彼女の手甲は……どこまでも赤い。


「おい、ミル、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ッス……ちょっとビビっただけッス」

「もう死んでるって。ほら見ろ、この人、顔がエライことになってんじゃねぇか」


 こちらに向けられたミルの顔からは、すっかり血の気が引いていた。


「……アース・スパイク、目の前で出されて、チビるかと思ったッスよぉ」

「チビるとか、女の子が言うんじゃありません」


 ミルのデコピンホイホイ、もとい、おデコを、ペチンとはたく。


「この人達は参列希望だろうから、ジーク呼んできて」

「了解ッスよぉ!」


 ミルはそう言って手を振り上げて敬礼し、すぐにジークを呼びに駆け出した。

 俺は小さな背中を見送ってしゃがみ込み、敬礼のせいで顔に飛び散った血を、お亡くなりになった女魔導師のマントで拭った。

 とりあえず他には来なさそうだし、墓守、呼んでこないとな……。

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