絶賛喧嘩中
橘先生から渡された紙を頼りに、第一の事件現場に到着した三人。そこはビルとビルの間の狭い路地だった。
『ふむ。ここで間違いないな』
エルの言う通り、そこの地面には被害者がいた場所を示す白いテープで囲まれた箇所があり、その傍らには机が一脚。その上には封筒に入れられた資料が置かれていた。
『ほら、二人共。そこの資料に目を通せ』
「……」
「……」
エルの指示に二人は全く答えず、背中を向け合ったまま動かない。
『お前達いつまでそうしているつもりだ。いい加減機嫌を直せ。時間がないのだろう?』
その声にようやく動き出した二人。しかし、同時に手を伸ばしたせいで一緒に資料を握ってしまう。
「……修也、離しなさいよ」
「……そっちこそ離せ」
「私の方が早かったでしょ?」
「お前の目は節穴か? どう見ても僕の方が早かっただろ」
また喧嘩口調で言い合い、資料の引き合いが始まった。
「修也が見たって分かんないでしょ。私が見るわ」
「はっ。今日の千鶴は運勢最悪じゃん。信用ならないね」
「バカなの? 推理に運勢なんて関係ないから。情報を組み立てられる頭脳がものを言うのよ」
「何言ってんだ。頭脳があったって、方向間違えれば無意味だろ。運勢悪いヤツは特にそれが顕著じゃないか。頭脳以前の問題だね」
「私が見る!」
「僕だ!」
『やめんか!』
見かねたエルが修也の腹に頭突きを咬まし、そのせいで資料が千鶴に渡る。
「何すんだよ、エル!」
『小学生かお前達は。順番に見ればいいだろうが』
「だったら千鶴が後に見ればいいじゃんか」
「私の方が成績良いんだから当然じゃな~い?」
「んだと、こら!」
『やめい! 千鶴、お前も無駄口叩かずにさっさと資料を読め。それから修也に渡せ。いいな?』
「は~い」
返事をした千鶴が資料を読み始め、それが終わるのを待つ事になった修也は舌打ちをして壁に凭れ掛かった。
『まったく……まるで保育士になった気分だ』
「ホントだね。我が儘の子供の面倒を見ているみたいだ」
『お前もだ、バカ』
「なんでさ。我が儘なのは千鶴の方だろ?」
『くだらない事で張り合って言い合う時点でどっちも同類だ』
そう言った後、エルは資料を読む千鶴から距離を取った場所に修也を誘導した。
『修也、とりあえず千鶴に謝れ』
「何で僕が?」
『くじを引いたのはたしかに千鶴だ。だが、それはお前も任せただろう。その結果に文句を言うのは悪い』
「けど、あいつその結果を僕のせいにしたんだよ?」
『ああ。それは千鶴にも非がある。だから、千鶴にも後で謝らせる』
「だったら、先に千鶴に謝らせてよ」
『先か後かは問題ではないだろ』
「いいや、あるね。千鶴が謝らないなら僕も謝らない」
『お前は……』
「は~い。読み終わったよ~」
目を通し終えた千鶴が資料を机に戻す。すると、その場から立ち去ろうとした。
『待て、千鶴。どこへ行く?』
「どこって、次のポイントだけど?」
『まだ修也が目を通してない。読み終わるまで待っていろ』
「私はもう見たんだから、別に先に行っててもいいでしょ?」
『ダメだ。これはペアで取り組む課題だ。互いが勝手に行動してはペアの意味がないだろう。共に考えなければならないはずだ』
「イヤよ。修也と一緒にやってたら解けるもんも解けないし、時間に間に合わなくなるよ」
『千鶴!』
「ああ、それでいい。僕も千鶴と一緒にやるつもりないから。千鶴といたんじゃ悪い方向に行きそうだし」
『修也、お前まで……』
「とりあえずペアではあるけど、捜査は別々でやればいいんじゃない?」
「賛成~」
そう決まると、千鶴は手を振りながら次のポイントへと一人向かっていった。
『修也……』
「ほっとけよ。今言ったみたいに、千鶴は邪魔なだけだからさ」
「これは選抜が懸かっている最高難易度の課題なんだぞ? 一人でクリア出来るのか?」
「平気さ。僕だって自分なりに毎日努力しているんだ。千鶴がいなくても一人で解決してみせる」
『……』
もう何を言っても聞かないと諦めたエルは口を閉ざす。修也も自力で解くため資料に目を通した。
***
【第一被害者は佐藤悠太。三十二歳。会社員。死亡推定時刻は二十時から二十二時の間。
定時であがった後、同僚と近くの居酒屋で夕食を取り、帰宅する途中で殺害された模様。
腹部に一ヵ所の刺し傷があり、それが致命傷になった。死因は出血性ショック死。凶器は鋭利なナイフと思われるが、現場にはそれらしき物はない。被害者の所持品には財布がなく、犯人が持ち去ったと思われる】
***
被害者の情報が掲載され、その後には現場の写真が添付されていた。地面の白いテープの形に横たわる姿や、各部のアップした写真、所持品をまとめた物が載っている。橘先生の言っていたように、レゾヌマンで提示される情報とほぼ一緒だ。
「この人、結婚してるな」
アップで写し出された被害者の左手の薬指、第二関節辺りに指輪が嵌まっている。資料を読み進めると三年前に結婚しており、一歳の子供もいたようだ。
「財布が盗られたという事は、強盗目的かな?」
今読み進めた部分までで気になる所と言えば、財布がなくなっている事だろう。現時点では強盗殺人の疑いが強い。
その後も資料に目を通し続けるが、気になる点は他には見つからなかった。容疑者の名前も掲載されておらず、おそらく第二の事件以降に記されているのだろう。きっと実際の捜査でも、第一の事件では犯人の目星はつかなかったに違いない。
「殺人って、どうして解決に時間が掛かるんだろ……」
ふと、そんな事を思って独り言のように呟いた修也。それにゆっくりとエルが答えた。
『基本、犯罪者は自分の犯行を隠したがるからな。それも、殺人といった重罪になればなるほど』
「隠すなんて無理でしょ?」
『ああ、無理だ。どんな犯罪だろうと現場には必ず手掛かりは残る』
「それなのに、何ですぐに捕まえられないんだ?」
『なら逆に聞くが、修也は現時点でその課題の事件の犯人が誰か分かるか?』
「いや、それはまだ……」
『つまりはそういう事だ』
エルは机の上に飛び乗り、修也と目線を合わせながら話を続けた。
『今回の課題のように、犯人の手掛かりが少ない事件も存在する。第一では分からないが、第二、第三と続く事でようやく犯人が判明する事件もある』
「ああ。父さんもそんなこと言ってたな」
『被害者を最小限に抑えたいのはもちろんだが、犯行が繰り返されることで犯人もミスをやり、それが決定的な証拠となり事件解決。悔しくもあるが、それも事実だ』
修也は資料から目を外し、エルの話に耳を傾ける。
『事件が起きたら捜査は開始される。どんな些細な手掛かりも見落とさず、犯人の姿を追い求める。だが、常に瞬時に分かるわけではなく、捜査の間にまた事件が発生してしまうのも現状だ。中でも連続殺人を犯す者は時間を置くことなくすぐに第二、第三へと犯行へ至る。警察や探偵の捜査よりも犯人の行動が上回るんだ。今お前が手にしている事件も、第一の現場ではそこまで調べられた。しかし、犯人への手掛かりを探している間に第二の殺人が起きてしまったのだ』
犯人に対して警察や探偵が後手に回ってしまっているようにも見えなくもなく、お前らは何をやっているんだ、と非難する人間も少なくいる。
しかし、どちらものんびり捜査しているわけではない。いつだって全力全開で、事件解決へと心血を注いでくれている。一秒でも早く犯人を捕まえたいのはみんな同じだ。
『次々と起こる犯罪を一刻も早く止めるべく、捜査に関わる者は事件解決へ急ぐ。だが、人は急いでいる時にミスを犯しやすい。その時注意しなければならないのが……』
「見極める……だよね?」
過去に父の景嗣から教わった、探偵の心得を修也は口にした。
『そうだ。早く解決したいのは当然だが、急ぎすぎで手掛かりを見誤っていては解決は遠ざかるし、誤認逮捕といった不幸な人間も出てくる。そんな過ちを回避しながら真犯人を追う。捜査が遅そうに見えても、実はそれは最速なんだ』
そうだ。一番注意しなくちゃいけないのは犯人を見誤る事だ。進む方向を間違えれば真犯人を自由にしてしまい、早く解決するという焦りが最悪の結果に繋がるかもしれない。この第一の事件だって一見情報が少なそうに見えても、警察と探偵の必死な行動の結晶なんだ。
『だから修也、この事件も迅速かつ丁寧に解決してみせろ』
「分かってる」
『一人になったからって焦るなよ?』
「べ、別に焦ってなんかないよ」
『手が震えてるのは?』
「これは……禁断症状だよ!」
『せめて武者震いと言ってくれ。そっちはダメだろ……』
その後、修也はもう一度資料に目を通して封筒に戻すと、次の現場へと向かって行った。
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