如月学園長

 修也の父、二階堂景嗣は長い間家に戻っていなかった。現在行方不明となっており、その消息は誰も知らない。


 やっと会える……。


 そう思うと、修也の歩く速度が自然と速まった。


 しばらく歩くと修也と不知火会長はある部屋へと辿り着いた。その部屋の前で既にエルが待機している。


「エル」

『遅い。いつまで待たせる気だ』

「ごめん」


 実際はまっすぐにここまで、しかもややはや歩きで来たので、待たしても五分も満たないはずだ。しかし、それでもエルにはそれすら遅く感じたのだろう。エルの心情を考慮すれば無理もない。修也も同じ気持ちだからだ。


 部屋の前に立ち、修也は見上げて部屋のドアの上にあるプレートの文字を見た。


【学園長室】


 修也は今、学園の長である学園長の部屋の前にいた。学園の生徒は滅多に訪れず、もしここへお呼ばれされた際は大抵処罰の理由からだ。しかし、修也にとってはそれは必ずしも当てはまらない。


 学園長室の前にエル、修也、不知火会長、グリードの順に並び、グリードは不知火会長の肩に乗っていた。


 不知火会長がドアをノックし、中から返事が返ってくる。会長は「失礼します」と声をかけてからドアを開け、修也達は中へと入った。


 学園長室はとても質素な部屋だった。中央に来客用のテーブルに二人がけの椅子が二つ。特に模様も装飾もなく、緑の革が張られた一般的な椅子だった。


 部屋の左の壁には本棚が並び、隙間なく書物が収められている。その多くは教育関連や学校経営の物で、学園長らしいラインナップと言える。


 現在は昼間だが、学園長室は薄暗かった。窓には灰色のカーテンが引かれ、日の光を遮っていたからだ。そして、その窓の前にはおさらしい大きく立派な机があり、背もたれの高い椅子が背中をこちらに向けている。


「やあ、待っていたよ」


 その椅子から一人の男性の声が響く。そして、次にはその椅子がクルッ、と反転して声の主が姿を現した。


 赤髪の長髪に丸眼鏡をかけ、髪は頭の後ろで一本に縛っている。細身の身体で、ひ弱そうな印象を受けるが、その身体からは発する雰囲気は弱さなど微塵も滲み出ていない。むしろ生き生きさを醸し出している。


 その男こそ如月探偵学園学園長、如月直也その人だった。


「久し振りだね、修也くん」


 ニコッ、と笑いながら如月は修也に挨拶した。


「はい。お久し振りです、直也さ――いえ、如月学園長」


 修也は学園長を下の名前で呼ぼうとして留まり、言い直した。


 学園長を下の名前で呼ぶなど失礼にも程があるが、当の本人は気にする様子もなく手を軽く振るだけだった。


「何を遠慮しちゃってるの、直也さんでいいよ。僕と君との仲じゃないか」

「いえ、でも」

「あっ、そうそう。この前面白いものを見つけてね。君に見せたいと思っていたんだ」


 そう言うと、如月は机の引き出しから何かを取り出した。


「じゃ~ん! なんと『ブタミントン』。その名の通り、ブタでバドミントンをするゲームだよ。このブタの腹を押して鼻から空気を出し、羽根替わりである紙のボールを相手のコートに落とすんだ」

「いや、学園長……」

「いや~、実はこれ僕達の子供の頃発売されたヤツでね。昔はみんなで勝負したんだよ。これを町のリサイクルショップで見つけたときは懐かしくて思わず即買いしちゃったよ」

「あ、あの~」


 止めようとする修也だが、如月はウキウキした表情と口調で続けた。


「簡単そうに見えるけどなかなか難しいんだよ? 空気を出す角度や威力をうまく調整しなくちゃいけないから思ったようにボールが飛ばない。さあ、修也くん! 一丁僕と勝ブヘィィィィ!」


 ボグッ! という音の後、豚の鳴き声のような声をあげながら如月が椅子から吹き飛ばされた。


『いい加減お止めなさい』


 机の上に着地し、横から飛んできて如月の顔に頭突きを咬ました一匹のフェレットが言った。


「痛いよ~。ちょっと、いきなり何をするんだよシルフィ」


 頬を押さえ、半べそをかきながら如月が身体を起こした。


『そんなことをするために修也様達を呼んだのではないでしょう』

「だって、久し振りに会ったんだから少しぐらいは」

『それは別の機会でよろしいでしょう。今はするべきことおやりなさい』

「うう~、折角修也くんと遊べると思ったのに」


 名残惜しそうにブタミントンをしまう如月。


『皆様、大変失礼いたしました。お詫び申し上げます』


 フェレットのシルフィが修也達に向き直り、深々と頭を下げて謝罪してきた。


「いやいや、いいよシルフィ。むしろ何も変わらない直也さんでホッとしたというか」

『修也様は昔と変わらず寛大なお心をお持ちですね。我が儘な我がマスターをお相手していただいてありがとうございます』

「何言ってるのさ。僕の方がお世話になっているよ。小さい頃なんかよく僕の面倒を見てくれたんだから」


 如月直也は修也の父の景嗣とは親友だった。

 よく家に顔を出し、小さい修也の遊び相手をしてくれていた。修也が学園長である如月を「直也さん」と下の名で呼ぶのは、昔から交流があったからだ。


『久しいなシルフィ』

『お久し振りです、エル様』

『その後変わりないか?』

『はい。お陰さまで』


 エルとシルフィの使い魔同士が挨拶をする。


 シルフィは如月の使い魔だが、学園の長という立場であるのだから使い魔がいるのは当然と言えば当然だ。しかし、先程の如月の言動といい、シルフィの態度といい、二人の様子を見るとどちらが主でどちらが従者か分からない。


『さて、シルフィの言う通りだ。私達は遊びに来たのではない。さっさと本題を話せ直也』


 エルが苛立たしそうに如月を責める。


「そんな、エルさんまで」

「学園長。彼らには早くお知らせした方がいいと思います」


 不知火会長もエルに便乗する。


「分かったよ。僕だって本気じゃなかったさ」


((((絶対嘘だ))))


 全会一致で修也達は心でそう思った。


「それじゃあ、お茶でも飲みながら話そうか。みんなそこに掛けていてくれ。シルフィ、手伝ってくれ」

「学園長、お茶なら私が用意します」

「そうかい? それじゃあ、お願いしようかな」


 任された不知火会長は右手にある棚へ向かい、お茶の準備を始めた。


 それを見た如月は椅子から立ち上がり、修也の元へ近付いた。


「改めて久し振りだね」

「はい。その節はお世話になりました」

「いやいや、君の気持ちも分かるからね」


 修也が探偵を目指すと決めたとき、如月はそれを影ながら補佐してくれたのだ。この如月探偵学園に入学できたのも、如月のおかげでもあった。


「あの、直也さ――学園長」

「直也でいいよ。学園内だが、今はそっちで呼ぶ方がいいんじゃないかな?」

「それじゃあ、直也さん。あの、本当ですか? 本当に父さんの手掛かりが見つかったんですか?」

「本当だよ。いくらなんでも、君に対してこの手の冗談で呼び出したりしない」

「父さんは!? 父さんは今どこにいるんですか!?」


 焦りのあまり、修也は大きな声をあげ、如月に詰め寄った。


「修也君、落ち着いて」

「父さんに、父さんに会わせてください!」

「修也君」


 ポン、と修也の両肩に手を置き、如月は目線の位置を合わす。


「修也君、落ち着くんだ」

「はあ、はあ、はあ」


 いつのまにか興奮し、修也は荒れる息を整える。


「――すいません」

「いや、君の立場を考えれば無理もないさ。さあ、椅子に座りなさい」


 如月に誘導されながら修也は椅子に腰かける。それと同時に不知火会長がお茶を乗せた盆を持ってきた。


 全員にお茶が配られ腰かけたのを確認してから、如月は景嗣の話を切り出した。


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