思い出の懐中時計

「まず、修也君に見てもらいたいものがあるんだ」


 そう言って、如月学園長は胸ポケットから白い布に包まれた物をテーブルの上に置いた。ゆっくり丁寧に広げ中身を見せる。


「えっ? これって」


 修也は布から出てきた物を見て驚愕した。


「そう。僕は間違いないと思うけど、一応修也くんも確認してもらえる?」


 そうお願いされた修也はそれを手に取り、詳しく調べた。


「どうだい?」

「はい、間違いないです。これは父さんの懐中時計です」


 金色に光る綺麗な懐中時計。それは父の景嗣がいつも身に付けていたものであった。


「本当か? 悪いがその懐中時計はどこにでもあるようなデザインだ。父君の物であるとなぜ分かる?」


 断定した修也に疑問をぶつける不知火会長。彼女の言う通り、特に目立つ目印のようなものはない。


「ここです。ここ」


 隣にいる不知火会長に、修也は懐中時計の蓋を開き、ある一点を指差した。Ⅰ~ⅩⅡまで並ぶローマ数字の「Ⅸ」の部分だ。


「ん? 特に変なところはないが?」

「そうですか? よく見てください」


 不知火会長はさらに顔を近付け、懐中時計を凝視する。


「ん~、おや? 「Ⅸ」の「Ⅰ」の部分が「1」になっている?」

「そうです。これが父さんの物である証です」


 修也の指摘通り、懐中時計の数字の「Ⅸ」が「1」と「Ⅹ」から成り、正しい表記をしていなかった。


「実は、これは僕と景嗣がSランクを取ったときに記念に二人で作ったものなんだ。知り合いの職人さんに頼んで、数字を変えてもらったんだ」


 そう言いながら如月学園長も懐中時計を取り出した。景嗣のものと同じデザインだが、色は金ではなく銀色だ。


 不知火会長はそれを受け取り、二つの懐中時計を見比べる。


「なるほど。たしかに学園長の物も同様ですね」

「遊び心も含め本当は二人だけの秘密で、そんな小さな違いなど誰も気付かないと思ってたんだけど、修也君は別だったみたいだ」

「いや、僕も最初は気付きませんでした。何度も触ってやっと「あれ? 違うな」と」


 昔、修也は父の景嗣がポケットから時計を取りだし、時間を確認する仕草がとても格好いいと思っていた。そのせいか、景嗣が風呂に入っているときや居間で母の江梨子と話をしているときに部屋に忍び込み、こっそり持ち出していた。景嗣の真似をしてポケットから取り出しては時間を見て、ポケットに戻しまた取り出す。それをずっと繰り返していた。


 そうやって何度も時計を見ていて、あるとき「Ⅸ」の字が他の字と少し異なることを発見した。それを景嗣に問いかけると彼は最初驚いていたが、次には満面の笑顔で誉めてきたのを修也は覚えている。


「そうか。どうやら、この懐中時計は二階堂探偵の物で間違いなさそうだな」


 不知火会長は懐中時計を二人に返す。


「でも、直也さん。これをどこで?」

「いや、見つけたのは僕じゃない。不知火君だよ」

「会長が?」

「ああ、そうなんだ」


 なぜ父の景嗣の話に不知火会長が加わっているのかと修也は疑問に思っていたが、そういう経緯があったようだ。


「いつですか?」

「つい先日だ。警察に依頼された事件を捜査しているときにな」


 不知火会長の言葉を聞いて、修也は千鶴が見せてきた写真を思い出す。おそらくその写真の時のことではないか。

  

「その事件の調査中、ある廃屋が崩壊したという報告を受けてな。そこは事件の起きた現場の近くだったので、無視するわけにはいかず足を運んだんだ」


 修也は静かに不知火会長の話に耳を傾ける。


「どうやら何者かが崩したようでな。まあ、廃屋と言っても小さな小屋みたいなものだがね。誰かが住んでいたわけでもなく、負傷者はいなかった。特に事件性があるようにも見えず、不審な点もなかった」

 

 不知火会長は「いただきます」と如月学園長に一言述べてからお茶を手に取り、一口飲む。


「何もなく、すぐに戻ろうとしたんだがキラッ、と光る何かを見つけてそこを調べた。そこで見つけたのがその懐中時計だ」

『ほう、それが事実だと少しおかしいな』

『ああ』

『そうですね』

「……え?」


 エル達使い魔の台詞に修也は順に顔を見渡した。


『修也、まさか分かっていないのか?』

「え? 何が?」

『景嗣様の懐中時計が発見されたことの不審点を』

「前に父さんがその廃屋で落としたってことだろ?」

『お前というやつは……』


 心底呆れたように頭を押さえながら項垂れるエル。


「二階堂、その推測は間違いだぞ」

「違うんですか?」

「違う。以前、もしくは崩壊直前に二階堂探偵が落としたのなら、崩壊による傷が一切ないのはあり得ない」


 そう言われ、修也は再び懐中時計を見てみる。たしかに、凹みや傷は一つもなかった。


「その懐中時計は間違いなく崩壊現場に置かれたものだ」

「崩壊……後?」

「そうだ。そうなると、私達が辿り着く直前まで二階堂探偵はその廃屋にいたことになる。つまり、廃屋の崩壊は二階堂探偵が起こしたのかもしれない」

「父さんが?」

「その可能性が高いよ」


 眼鏡の位置を直しながら如月学園長が述べた。


「だが、崩壊した後に景嗣が来たのなら、なぜまた姿を眩ます? 彼ならそのまま残り、連絡を寄越しているはずだ。それに、すぐそこまで来ているのだから帰ってくればいい」

「じゃあ、何のために?」

「考えられるのは、何かを知らせるため」

「知らせる?」

「うん。崩壊など起こせば嫌でも人が集まるだろう? それを利用して景嗣は何かを知らせようとしたと思う」

「じゃあ、この時計は……」


 父の景嗣からのメッセージ。しかし、手紙が入っているわけでもなく、不知火会長の言うところでは現場には他に目に付くものはなかったそうだ。


「その何かってなんですか?」

『修也、人に聞いてばかりではなく少しは自分でも考えろ。お前も探偵を目指す人間だろう』


 エルに窘められ修也は縮こまる。たしかに、周りに聞いてばかりで自分では何も考ええていなかった。


「姿を現さないということは、何か理由があるってことですよね?」

「だろうね。おそらく景嗣が追っていた事件の捜査を単独で続行しているのだと思うけど、協力を求めないその理由は分からない。ここまで露骨にやるということは余程の内容なのだろう。だけど、一つ分かったことは景嗣が生きているということだ」


 如月学園長の言葉に、修也はえも言われぬ安堵感を受けた。行方不明とはいえ、つい先程まで景嗣の生死はハッキリとしていなかったのだ。


 父さんが生きている……。


 そう判明しただけで修也の目の前は光り輝いた。


『景嗣様が生きている。しかし、このことは他言無用にした方がよいだろう』


 喜びも束の間、エルが神妙な口調でそう言ってきた。


「えっ? 何で?」

『姿を現さないということは、自分の存在を隠したいということだ。もし広まってしまったら景嗣様の邪魔をしてしまう』

「そうだね。幸い、時計を拾ったというだけで景嗣の事とは無関係に捉えられている。このことは今後決して口にしないように。不知火君もいいかい?」

「分かりました」


 姿勢を正し、頷く不知火会長。


「母さんにも伝えてはだめなのですか?」

『止めといた方がいいでしょう。家族とはいえ、いや、家族だからこそ隠しといた方がいいと思われます。私生活の態度に変化があっては悟られる可能性があります。修也様のお母様には申し訳ありませんが、しばらく黙っていましょう』


 修也はこの朗報をすぐにでも母の江梨子に伝えたかったが、シルフィの言うことも一理あり、口止めもされては引き下がるしかない。


「分かりました。母には黙っています。あの、これ」


 修也は懐中時計を如月学園長に渡そうとした。


「いや、これは修也君が持っていなさい」

「えっ? いいんですか?」

「構わないよ。僕が持っているよりも君が持っていた方が景嗣も喜ぶだろう」

「で、でも」


 父の景嗣の唯一の手掛かりを自分が所持していてよいのだろうか、と修也は思った。


「それにこれは僕の勝手な想像だが、景嗣はこれを君に送ったんじゃないかな」

「父さんが、僕に?」

「君が僕の学園に入学をしたという情報を得たんだろう。その懐中時計を君が気に入っているのは知っていたからね。それで、入学祝として送った」


 廃屋は如月学園からそう遠くない。崩壊の知らせを受ければ学園の者が誰かしら来ると景嗣はにらんだ。そうなれば自分に報告が届き、そのまま修也君へと渡る、と如月学園長が説明した。


『おいおい、息子に渡すためだけに廃屋一つ壊したのかよ?』

「景嗣はたまにぶっ飛んだ行動をするときがあったからね。そう考えると妙にしっくりくる」

『名探偵がやることかよ……』


 頭を左右に揺らしながらグリードが言う。


 父さんが僕に渡した。グリードの言う通り、ただ渡すだけなら驚きを越えて呆れる行動だが、小さい頃に憧れだった懐中時計を譲って貰えるということに少なからず嬉しかった。


「分かりました。ありがとうございます」


 修也は大事に、そしてしっかりと懐中時計を握りしめた。


 久し振りに父の温もりを感じたようだった。


 



 

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