行方不明の景嗣

「ただいま~」


 如月学園長達と話をした三日後の日曜日。修也は実家の家に足を運んでいた。


「あら、お帰り」


 玄関で靴を脱いでいるとリビングの入り口から姿を見せた人物がいる。修也の母、二階堂江梨子だ。


「どうしたのよ?」

「下着を取りに来たんだよ」

「下着? この前送ったでしょうよ」

「うん、だけね」


 先週、母さんに「下着が足りないから送って」とお願いしたところ、昨日その荷物が届いた。しかし、中にはパンツが一枚丁寧に畳まれ、長々と書き綴った手紙が入っていた。


「下着を送ってくれと言われて一枚だけを送る母親がどこにいるんだよ」

「枚数を言わなかったあなたが悪いじゃない」

「普通は枚数言わなくてもせめて三、四枚は入れるんだよ」

「その言い草はなに? お母さんだって忙しいのよ」

「その割りにはあんな長ったらしい手紙を書く余裕はあるんだね」


 一緒に送られてきた手紙は枚数にして十枚。しかも内容は、「今度水道管の工事が入ります」「歌手のあの人はいつ見ても格好いい!」「アイス棒が当たった」などどうでもいい事ばかりで、修也には一切関係ないものだった。そして「PS. 風邪を引かないように」と息子への労う言葉はたった一行だった。


 靴を脱いだ修也は二階の自室へと向かうため階段をあがる。


「修也、お昼まだなんでしょ? 用意するから食べていきなさい」

「うん、分かった」


 そう答えてから修也は自分の部屋へと入った。

 

「全く、あの子は相変わらずね」

『すまぬな、母上。私がもう少しキチンと面倒を見ていれば』

「あら、何言ってるのよエルちゃん。エルちゃんのせいじゃないわ」

『しかし、修也の傍にいながら私は......』

「もう、エルちゃんは気にしないで。それよりお腹空いたでしょ? すぐ用意するから」


 そう言って江梨子はキッチンへと向かった。


 エルは一度修也があがった階段を見上げ、江梨子の後を追った。


******


「ふぅ~。疲れた」


 ドサッとベッドに身を投げ出し、修也は天井を見つめた。


 一面が無地の白だが、一部は日の光の影響から色褪せており、そこだけ少し色合いが異なる。中央辺りには、小さい頃に内緒で持ち出した父のナイフを投げつけて遊んだ際につけた傷。


 如月探偵学園に入るまでの、いつも見ていた天井が何も変わらずそこにあった。


 ナイフの持ち出しがバレて、父にはこっぴどく怒られた。その時に頭をかなり強く殴られ、今でもその痛みを鮮明に覚えている。修也は自然とその部分を撫でた。


「父さん......」


 修也は立ち上がり、机へと向かう。


 机の上はキチンと整理され、そこに一つの写真立てが置かれていた。その中には一枚の写真が収められ、三人の人間が写し出されている。


 爽やかな笑顔をこちらに向ける男性。

 その男性に肩車をされ喜ぶ少年。

 そしてそれを見て楽しそうに笑う女性。


 少年は修也、女性は母の江梨子。そして、肩車をしている男性は父の景嗣だった。


 修也はその写真立てを手に取り、写真に写る父に言葉を投げた。


「父さん......一体どこにいるんだよ?」


******


 行方不明となったとき、景嗣はある事件を追っていた。それは、ここ最近起きている連続殺人のを見つけること。


 世間を騒がせているこの連続殺人はすでに七人もの人を無差別に殺害し、人々を恐怖に陥れていた。それだけの犠牲者が出ながら警察は犯人の像すら浮かばず、景嗣に依頼をして事件を捜査。景嗣の協力によりある一人の男が容疑者として上がった。その男を見つけ出し、警察は逮捕までに至る。犯人は確保され、本人も自供したため事件は終わりを迎えた......はずだった。


 その数日後、なんと同じ手口の事件が引き起こった。しかも、逮捕した男は留置所で何者かに殺害され、傍らには手紙があった。内容は「こいつは犯人ではない。真犯人は私だ」というものだった。


 事件は再び振り出しに戻り、景嗣と警察は捜査を再開。そして真犯人を捕まえた......に見えた。


 しかし、また同様の犯行が起き、そして逮捕した犯人がまた殺害される、という事態が繰り返された。


 この時、景嗣は裏で誰かが糸を引いていると感じ、手引きをしている人物を特定するため一人で調査を開始した。


 調査を開始して一ヵ月。景嗣はある情報を手に入れた。全く全体像の見えない犯人でありながらも、たった一ヵ月で手掛かりを手に入れた景嗣。名探偵の力ここに健在だ。


 景嗣はその手掛かりを頼りにある洋館へと向かった。出発前、景嗣は家族におそらく一週間後に戻ると言い残し、修也は事件解決へと歩き出した父の背中を見えなくなるまで眺めていた。しかし、それが景嗣の最後の姿だった。


 一週間で戻ると言っていたにもかかわらず、二週間たっても景嗣は帰ってこなかった。不審に思った修也と江梨子は事務所へと連絡。しかし、事務所の従業員も探しているという返事が来ただけだった。


 仕方なく江梨子は探偵協会へと連絡を取ってみた。すると驚くべき答えが帰ってきた。

 

 景嗣は連続殺人を影で起こしている人物を特定できていたようだ。しかし、その相手はかなりの危険人物らしく、それを悟った景嗣は協会へ話を通していたようだ。相手が相手だったのだろう、景嗣は犯人の名を口にしなかった。そして、もし自分が二週間経っても帰ってこなかったら洋館へ来てほしい、と。


 そして景嗣は二週間経っても帰らず、約束通り協会はその洋館へと向かった。


 その洋館は崩れていた。火事があったのだろう、跡形もなく燃え尽き、真っ黒になった柱が数本立っているだけだった。


 焼け跡からは焼死体は発見されなかったので景嗣は死んではいないと判断され、「死亡」ではなく「行方不明」とされたのだった。


 三日前までは......。


******


『母上、景嗣様からその後連絡は?』


 テーブルの上に座るエルが、煮込みを待つため小休止してお茶を飲んでいる江梨子に尋ねたが、彼女は首を横に振った。もしかしたら、江梨子にも何かしらの連絡が来たのではないかと思ったが、どうやら思い違いだったようだ。


『そうか......』

「ごめんなさいね、エルちゃん」

『ごめんなさい、とは?』

「あなたにばかり修也を任せてしまって」


 湯飲みを静かに置く江梨子。


『何を言う。母上の方が大変ではないか。家事全般をこなしながら修也の学園生活を補佐している』

「そんなことないわ。私なんかただパートで働いて、主人のことは事務所の人達に任せきり。私は何もしていないわ」


 悔しさからか、江梨子の湯飲みを握る手が小刻みに震えている。


『いや、それに関してはしていないのではなくさせるべきではないのだ。ご存知だろうが景嗣様の追っていた事件はハッキリ言って最警戒レベルのものだ。母上はそんな事件に足を踏み込むべきではない』

「でも、いなくなったのは私の主人なのよ!?」

『だからこそ、あなたにはここにいるべきなのだ。あなたがいなくては景嗣様を迎える者がいなくなる』

「それは......」

『あなたの気持ちも理解できる。じっとしていられず、今すぐにでも飛び出して景嗣様を探しに行きたい気持ちも分かる。私もそうだからな』


 その言葉に江梨子は目を伏せてしまう。


『だが、景嗣様が帰ってきた場合、一番最初に迎えなければならないのは協会の人間でもなければ事務所の人間でも、ましてや使い魔の私でもない。家族であるあなただ』


 江梨子は何も口にしない。


 分かっていた。自分が今何をすべきで、何が最善なのか。目の前の主人の使い魔のエルも飛び出したいはずだが、それを我慢しているのはそれが一番の成すべきことだと理解しているからだ。自分だけ我儘に行動するわけにはいかない。


『それに、景嗣様にお願いされましたからな。「僕が戻るまで修也を頼む」と』

「......そうね。確かに、あの時主人はそう言っていたわね」

『だから、私は修也の傍を離れるわけにはいかない』


 エルはそう口にしたが、それはまるで再確認するかのような口調だった。今すぐにでも飛び出して行こうとする身体を抑えるために......。


「そうね。みんなで気長に待ちましょうか」

『うむ。それがいい』

「主人が帰ってきたら一発殴ろうかしら」

『それには同意する。では私は切り刻もう』

「ふふっ」

『ははっ』


 互いを見て二人して微笑む。


「そう言えば、修也は学園ではどう?」

『まだまだだな。この前もまた課題を出されていた』

「あら、何それ?」


 課題と聞いて江梨子は眉を潜める。


『いまだに勉学は苦手のようでな。景嗣様のようにはいかない』

「全くあの子は。手のかかる子でしょ?」

『母上が偉大に思える。して母上、そろそろ煮物はよい頃合いではないか?』

「あらいけない、忘れてた!」


 江梨子は急いで立ち上がり、キッチンへと向かう。


「ごめんなさい、エルちゃん。修也を呼んできてもらえるかしら」

『承知した』


 テーブルから飛び降り、エルは修也を呼びに行った。


 食事中、修也が江梨子から課題についてあれこれ言及されたのは言うまでもない。


 

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