不知火生徒会長

「眠い……」


 二限目の授業が終わり、修也は机に顔を伏せた。


「何よ修也、だらしないわね。シャキッとしなさいよ、シャキッと」


 前の席にいる千鶴が振り向いて話しかけてきた。


「昨日、課題を徹夜でやったからほとんど寝てないんだよ」

「自業自得でしょ? 勉強していない修也が悪い」

「いいや、千鶴が悪い」

「ちょっと、何で私のせいなのよ?」


 心外そうな顔を向けてくる千鶴。


「あの後先生にこっぴどく叱られて、しかも課題の数が増えたんだからな」

「あの後って?」

「千鶴がいなくなったあとだよ」

「エッ? ワタシ、シュウヤノヘヤニナンカイッテナイヨ?」

「何で片言なんだよ。それに、片言ってことは身に覚えがあるってことだぞ」


 はぁ~、と溜め息を尽きながら修也は身体を起こす。


「それに見ろ、この顔を」


 修也は自分の顔を指差しながら千鶴に見せた。修也の顔には青痰や切り傷があり、湿布と絆創膏で埋まっている。


「ぷふぅ! 酷い顔」

「うるせぇ、笑うなよ」

「だって、傑作よそれ。ちょっと写真撮ってもいい?」

「やめてくれよ。こんな顔撮られたくない」

「いいじゃ~ん、ね? 少しだけ」

「写真に少しもない。撮るか撮らないかだ」

「じゃあ、撮る」

「撮るなって」


 カメラを構えようとする千鶴を阻止する修也。ちなみに、エルは足元でお昼寝中。


 ガララララッ!


 二人が取っ組み合いをしていると、教室のドアが突然開かれた。教室にいる生徒全員がドアに目を向けると、そこから一人の女子生徒が入ってきた。修也はその人物を見ると息をのみ、千鶴や他の生徒も驚きのせいで固まっている。


 無理もない。教室に入ってきたのは全校生徒の憧れ、生徒会長の不知火暁美であったからだ。


 教卓まで歩いてきた不知火は、教室を見渡すようにこう言ってきた。


「私は生徒会長の不知火だ。急に押し掛けて済まない。実は、ここの生徒に用があって来た」


 突然の生徒会長の訪問に、特に女子生徒が浮き足立ち教室が微かに騒ぎだした。


 俺か?

 私か? 


 どんな理由であれ、憧れの生徒会長と交流できる。口に出さずとも、顔でそう思っている生徒が何人もいた。


 一体誰だろうか、と修也は思った。取り合えず自分でないことは間違いない。しかし、そんな修也の予想は外れた。


「ここに二階堂修也という生徒はいるか?」


 その一言で、教室にいる生徒の目が一斉に修也へと集まり出す。それを見た不知火会長は目を向けてきて、ツカツカと修也の元へ歩み寄った。


「君が二階堂修也かな?」

「は、はい。そうですけど」


 最高位の名探偵から話しかけられ、緊張しながらも辛うじてそう答えた。


「君に用がある。済まないが付き合ってくれるか?」

「えっ? えっと……」

『その用とは一体なんだ?』


 下から飛び出したエルが机に乗り、修也と不知火会長の間に割って入った。


「それは後程伝えます、エルさん」

『今言いたまえ』

「それは差し控えさせて頂きます」

『なぜ今言えない?』

「あまり他の者に聞かせたくない内容だからです」

『ならば付いていく必要はないな。人に聞かせたくない話などロクなものじゃない』

『いいから付いてこいって言ってるだろ』


 バサバサと羽ばたかせながら、不知火会長の方に乗る一匹のフクロウが話し出した。彼女の使い魔だ。


『あんたらに話があるんだ。さっさと付いてくればいいんだよ』

『断る。どんな内容か分からぬのに付いていくなど愚か者のすることだ』

『あんたらにとって重要な話かもしれないのにか?』

『重要かどうかはこちらが判断する。そちらが勝手に決めつけるな』

『猫で身体は柔らかいくせに頭は固いんだな』

『貴様はフクロウだから、頭を回しすぎて痴呆になったようだな』

『なんだと~?』


 使い魔達の言い合いを、修也はただ眺めているしかなかった。


「いい加減にしろ、グリード」


 見かねた不知火会長が使い魔を窘めた。


「私達は口喧嘩しに訪れたわけではない」

『でもよ、お嬢』

「まだ言うか? これ以上ごねるならその羽根すべてむしり取るぞ」

『……ちっ、分かったよ』

「それでいい。それから、「お嬢」と呼ぶのは止めろ。何回も言わすな」

『了解、お嬢』

「……」


 グリードを睨み付ける不知火会長だが、諦めたように溜め息を付くと、修也達に向き直った。


「グリードが失礼しました」

『いや、こちらも詫びよう』


 不知火会長とエルがお互い頭を下げる。


『しかし、付いていくかは話が別だ。用件をハッキリ伝えてもらえなければそちらに対応できない』

「……いいでしょう。エルさん、耳をお借りしてもよろしいですか?」


 そう言うと、不知火会長はエルの耳に何かボソボソと伝えた。すると、それを聞いたエルは尻尾がピンと立ち出した。尻尾が立つのは心底驚いた時に出る症状だ。


 一体何を聞いたのだろうか、と修也は思った。


『修也、行くぞ』


 するとずっと拒んでいたエルは一変し、ピョンと机から飛び降り一人で歩き出した。


「お、おい、エル」


 声をかけるが、エルは答えずに先に教室を出ていってしまった。一体何を聞いたのだろうか。


「なんだよ、あいつ」

「君も来てくれるかな?」


 不知火会長が再び修也に声をかける。


「あ、あの、エルに何て言ったんですか?」

「君も来れば分かるだろう」

「いや、でもエルにも言ったんだから、僕にも伝えてくれてもいいのではないですか?」

「使い魔にして主人あり、だな。いいだろう。確かにこれでは不公平だな」


 そう言うと、不知火会長はエルにもしたように、修也の耳元に顔を近付ける。


 自分で言っておきながら修也はドキッ、と胸が高鳴った。不知火会長は学園でも一、二を争うほどの美人で、そんな人が耳元に顔を近付けている。そんな間近にいるせいで、シャンプーなのか香水なのか分からないが、女性特有の甘い香りが修也の鼻腔をくすぐった。


 思わずドギマギしてしまう修也。周囲からは、気のせいか殺気混じりの視線を感じる。


 しかし内容を聞いた瞬間、修也は不知火会長の香りや周りの視線など意識の外に飛び出し、ガタンと勢いよく立ち上がってしまった。そのせいで、前の席にいた千鶴がビクッと畏縮する。


「しゅ、修也?」

「千鶴、不知火会長と話をしてくる」

「えっ?」

「どうやら聞く気になったようだね」


 微笑む不知火会長。


 修也は不知火会長と共に教室を出ていこうと歩き出す。


「ちょ、ちょっと修也!」


 千鶴は立ち上がり声をかけるが、その声もドアが閉まる音にかき消された。


 教室を出た修也と不知火会長は並んで廊下を歩く。軽く笑顔を浮かべる不知火会長に対して、修也の顔は険しい。


「先程の女子生徒は君の彼女かい?」

「千鶴ですか? 違いますよ」

「そうかい? 随分仲が良さそうに見えたが?」

「今は関係ないでしょう。そんなことより、さっき言ったことは本当ですか?」

「そんなこと? 青春真っ只中の私達からすれば、彼氏彼女の話題は常に最重要事項のように思うが?」

「話を反らさないでください」


 年上、そして自分より遥かに上の探偵ランクを持つ人物でありながらも、修也は隣の不知火会長を睨み付けた。


 それを見た不知火会長は、別段機嫌を損ねるわけでもなく肩をすかすが、次の瞬間には修也同様真剣な顔つきになる。


「ああ、本当だ」

「……本当に、父さんの?」


 不知火会長は頷き、そしてこう続けた。


「そうだ。君の父君、二階堂景嗣探偵の手掛かりを手に入れた」




 

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