使い魔
使い魔。
ゲームやファンタジーの世界によく出てくる魔物で常に主人の傍におり、身の世話だけでなく戦いにおいて主人を護るという、云わば主従の関係だ。どんな命令にも従い、主人のために尽くす。人間で言えば一家の主とメイドのようなものだ。
そして、修也達のいる世界にも使い魔が存在するが、少し存在意義が異なる。それを今から説明しよう。
小説において、探偵がいるなら助手役なる人物が大抵登場する。シャーロック・ホームズにワトソン。エルキュール・ポアロにヘイスティングスと、探偵の中でも特に名探偵にはお約束のように「助手」という者が存在する。
修也達の目指す探偵も助手なる存在が確かにあるが、探偵全員にいるわけではない。助手を持つ探偵はホンの一握り、選ばれた探偵だけにしか存在しない。なぜなら、助手とは『名探偵なる証』だからだ。
修也達の目指す探偵にはランクというものがあり、Dから順にC、B、Aと評価され、修也達学生は見習いとしてEのランクを与えられている。学業で好成績、及び稀なケースだが実際に事件を解決したりするとそのランクは上がっていく。三年時の成績でC判定を貰えなければ除籍となり、探偵の道を進めなくなる。
無事卒業した生徒のみ探偵として活動でき、様々な事件を解決し続けていけば探偵ランクは上昇する。徐々に力をつけていき、名声も広まることで自分の探偵としての名が認められる。
名探偵とは難事件を解決できる実力がある者を総称して呼ばれるが、この世界ではそれは当てはまらない。探偵ランクがAに到達した者の中で、更に実力が飛び抜けている探偵にはSランクの称号が与えられ、その中でも選ばれた探偵にのみ助手は姿を現す。
姿を現す。
おや? と思う者もいるだろうが、間違いではない。なぜなら、助手は人ではなく使い魔だからだ。
探偵をする者は誰もが「探偵協会」と呼ばれる組織に所属し、探偵ランクもここから与えられる。Sランクになった者は協会にある「儀式部屋」へと足を運び、助手の召喚儀式を執り行う。
部屋の床一面には大きな魔方陣のようなものが描かれており、中央には台に乗った水晶がある。その水晶に手をかざし、実力が認められた者にだけ使い魔は姿を現すのだ。
では、まだ学生である修也がなぜその名探偵の称号の使い魔を従えているのか。
「前にも言ったろ? たしかに今は僕の使い魔だけど、エルは本来父さんの使い魔だ」
修也の父、
景嗣の腕前は日本だけでなく世界にまでその名を轟かせ、彼の弟子になりたい、彼の元で働きたいという者が後を断たなかった。景嗣の働く「二階堂探偵事務所」は常に人で溢れ、時には事務所の従業員以上の人間が彼を訪れたりしていたのだ。
「それに、父さんは……」
修也は『ある理由』から父の使い魔のエルを従えていた。しかし、その理由を考えると必ずと言っていいほど落ち込んでしまう。
「……ごめん」
千鶴はすぐに謝った。彼女は修也が落ち込む原因を知っていたからだ。
「いや、いいよ。気にしてない。それに、そろそろこの性格を治さないと」
謝る千鶴に優しく言葉をかける。彼女に悪気があるわけではないのだ。それは重々承知している。
しかし、修也のトラウマとも云える部分に触れてしまったことを気にしているのだろう、千鶴は下を向いて黙ってしまった。彼女の取り柄とも云える明るさが失われかけている。
そんな千鶴は見たくないので修也は話しかけた。
「んで、千鶴は何しに来たんだ?」
「ああ、そう! それなんだけどね!」
千鶴は思い出したかのようにスカートのポケットに手を入れ、そこから何かを取りだし修也に見せつけてきた。
「じゃーん!」
「何だよ、それ?」
「写真だよ」
「写真?」
修也は千鶴から写真を受け取り、写し出された中身を見てみた。
「あれ? この人」
「そう。ウチの生徒会長」
そこには修也と千鶴の通う如月探偵学園の生徒会長、
「もしかして、また事件を解決したのか?」
「そうみたい」
不知火暁美は如月探偵学園、いや全国にまでその名を広めていた。写真のように学生でありながらも警察から現場に呼び出され、捜査に協力することが多かった。
学生で既に事件解決に貢献しているだけでも十分有名である要素であるが、不知火の場合はそれだけではない。
「さすが我が学園が誇るSランク探偵だよね~」
頬を軽く染めながら千鶴が惚けた表情で言った。
そう。不知火暁美は名探偵と言われるSランク探偵なのだ。学生でありながら最高位の探偵の称号を持つ超エリートで、写真の中の彼女の肩には使い魔であるフクロウが留まっている。修也を除いて、学園で唯一使い魔を持つ人物だった。
「すごいよな、会長。僕と違って実力で使い魔を従えているんだから」
「一部の生徒なんか憧れよりも崇拝に近い目を向けているからね」
「千鶴は違うのか?」
「私? 私はそこまでは。あまりに遠すぎな存在だから逆に落ち着いているかな」
崇拝の目も千鶴の言うことも理解できた。しかし、その根底は不知火生徒会長の圧倒的な実力あってのことだ。
「というか、この写真どうしたんだよ?」
「もちろん、これで撮ったのよ!」
そう言って千鶴は手のひらサイズの小型カメラを取り出した。
「また盗撮か」
「人聞きの悪い言い方しないでよ。取材と言って頂戴、取材と」
千鶴は情報収集の訓練と称してこういった記者のような活動をしていた。その情報も実際の事件だけでなく、学生の○○が骨折したなどどうでもよいものまで幅広く収集している。そして集めた情報を勝手に学校新聞と名して掲示板に張り付けたりもしていた。
「千鶴、そういったことしてると先生達に目をつけられるぞ?」
「平気よ」
「それに、ここは男子寮。女子が来てるとバレたらヤバイぞ」
「それも大丈夫」
ビシッと親指を立てて――。
「バレなきゃよし!」
「おいおい……」
呆れる修也だが、彼もエロ本を隠しているという後ろめたさがあるので強くは言えなかった。
「千鶴そろそろ戻れ。でないと――」
バーン!
「二階堂修也! 課題は終わったのか!」
また扉が勢いよく開かれ、一人の女性が現れた。
女性の名は
「せ、先生! ノックくらいしてくださいよ!」
「ほほう? いきなり開けられては困るようなやましいことをしていたのか?」
「いや、そうじゃなくて一般常識としてですね」
「一般常識の宿題をこなせないお前に言われる筋合いはない。それより、渡した課題は終わったのか?」
ツカツカと遠慮なく中に入り、机の課題を手に取る橘先生。
しまった! と思った修也は抜き足でドアへと向かう。
「おい、二階堂」
ガシッ、と肩を掴まれ捕まった修也。その手はギリギリと力が入り、爪が食い込んでくる。
「これは一体どういうことだ?」
白紙の課題の束をヒラヒラと揺らしながら聞いてくる橘先生。修也は先生の手を振り払いながら振り向き答えた。
「いや、違うんですよ先生! 僕はちゃんとやってました!」
「ではなぜ解答欄が空白なんだ?」
「そ、それはやっている最中に千鶴――羽賀さんが邪魔をしに来たから」
「羽賀だと?」
「そうです。羽賀さんが来たから進まなかったんです」
「では聞こう。その羽賀はどこにいる?」
「いや、どこってそこに」
修也は千鶴がいた場所を指差したが、そこには誰もいなかった。
「あれ!? あいつどこいった!?」
「いいわけとは見苦しいぞ、二階堂」
「いや、本当にいたんですよ!」
「では聞くが、窓はすべて施錠され、入り口のドアは私が通ったあと誰一人開けてはいない。ならば羽賀はどこから出ていった?」
確認のため修也は窓の鍵を見てみた。確かに錠がかけられ、ここから外には逃げ出せない。
「そ、それは……。で、でも確かにあいつはさっきまでいたんです!」
「……いいだろう。お前の言い分を信じよう」
橘先生は一転して認め、修也は喜びで顔が綻ぶ。
「せ、先生!」
「では、校則違反である男子寮への女子生徒の連れ込みでお前を処罰する」
「……」
顔面蒼白になる修也。
「……いや、やっぱり羽賀さんは来てません」
「なるほど。ではお前は私に嘘の証言をしたのだな?」
修也は詰んでいた。
千鶴が来たことを証明する証拠を見せようにも、先程見ていた写真は既になく持ち去られていた。そして、どうやってこの部屋から抜け出したのかも明かさなければならないが、修也にはその手段が思い付かない。
それに、たとえ証明したとしてもその時点で女子生徒を部屋に入れていることが判明し、これまた修也を不利にさせる。
「……はい。嘘をつきました」
実際は嘘などついていないのだが、女子生徒がいたと知れたら停学、最悪は退学になるだろう。
修也は泣きべそをかきながら生き残るための嘘を言うしかなかった。
「潔く非を認めたことは誉めてやる。それに免じて軽い処罰で我慢してやる」
指を鳴らしながら修也に近付いてくる橘先生。普通ならポキポキ、というだろうが、彼女の手からはボギボギボギ、という身を震え上がらせる音を出していた。修也も例外なく全身を震わせ硬直する。
修也の使い魔のエルはこれから起こるであろう事態を察知し、静かな場所へと移動するため自分でドアを開けて廊下へと出る。
その直後、部屋から断末魔の叫びが響き渡った。
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