修也の隠れた才能
「いででで! 沁みる沁みる!」
「ほら動かないで。治療が出来ないでしょ」
千鶴が消毒液を含ませたガーゼを傷に当て、修也が悲鳴を上げる。
学園に戻った修也達は、途中経過を橘先生に報告した。白い猫を発見し、発信器を付けた事。後は飼い主の居所を突き止めるだけという事。
とりあえず問題なく進んだ事に労いの言葉を貰った三人は修也の部屋へと戻り、怪我の治療をしていた。
「はい、これでおしまい」
「いでで……もう少し優しく手当てしてくれよ、千鶴」
「何言ってるのよ。自分で済む所を、こうして可愛い私が手当てしてくれただけでもありがたく思いなさい」
治療道具を箱に仕舞いながら千鶴が言った。
「自分で可愛いとか言うか、普通? どうせなら本当に可愛い女子に手当てしてもらいたかったな……」
「ほ~う、そうですか。じゃあ、可愛くない私らしく、ガーゼに含ませずに消毒液直接掛けてあげようか?」
「可愛い千鶴様に手当てしていただいて恐悦至極でございます!」
消毒液の直はもはや治療ではなく、拷問に似た痛みを伴う。焦った修也は瞬時に土下座をかました。
「はぁ~。しばらくお風呂キツいな~」
『傷を負ってしまったならばしょうがない。当分はぬるま湯で入る事だ』
「僕は熱い風呂が好きなんだけど」
「熱い風呂になんか入ったら余計に傷の治りが遅くなるわよ?」
分かってるよ。でも、癒しの場であるはずの風呂で気を使うとか萎えるだろ?
ゆったりとできる風呂から安らぎが消える。その分の安らぎは睡眠に回してやろう修也は思った。
「そういえば、聞きたい事があるんだけど」
「何だよ?」
「今日の白い猫の追走で、修也は行き先を知ってたじゃない? 何で?」
千鶴の言う通り、先程の追いかけっこで修也は迷うことなく白い猫が現れた公園へ真っ直ぐに向かっていた。疑問に思うのも無理はないだろう。
「ああ、あれね。正直に言うなら勘だ」
「いや、勘にしちゃタイミングとかドンピシャすぎるでしょ」
「といってもな~。どう言えばいいか……」
『修也は猫の動きが分かるんだ』
答えあぐねている修也の代わりに、エルが答えた。
「猫の動きが分かる?」
『修也が小さい頃、私は面倒を見ていたんだが、よくかけっこをしていたんだ。もっぱら私が逃げる役だったがな』
「いや、それは公園とか家ででしょ? その程度で動きが把握できるの?」
『その程度ならな。だが、かけっこは公園じゃなく、町全体だ』
「町全体!?」
範囲の大きさに千鶴が驚き目を見開いた。
『ある日景嗣様が、私を捕まえたらプレゼントをあげようと修也に提案したんだ。それを聞いた修也は俄然やる気を出し、私もそう簡単に捕まるわけにもいかず、狭い所や細い路地も使うようになった。そのせいで遊び感覚でやっていたかけっこが本格的になってな』
「懐かしいな~。プレゼントが欲しくて必死にエルを探したよ」
『だいたいお菓子やお小遣いだったな』
「ゲームの時もあったね。その時はめっちゃ気合いを入れたよ」
『そんで迷子になって、逆に私が修也を探すはめになった。見つけた時は大泣きしてたな』
「な、泣いてないよ!」
『嘘つけ。わんわん叫んで私に抱きついて離れなかったじゃないか』
「あ、あれはエルを見つけたから捕まえたんだよ! 勝利の雄叫びだから!」
過去を振り返る二人を千鶴は静かに聞いていた。
「なるほどね~。それで猫の動きが何となく分かるようになったんだ。納得」
『私を追いかけている間に何度も野良猫と遭遇したし、たまに別の猫を身代わりにしたりもしたからな。頭と体に自然と身に付いたんだろう』
「いや、どう考えてもエルの動きで学んだでしょ。だから猫の動きがなんとなく分かるようになったん――」
『私は猫じゃない。行動パターンはべつもんだ』
「いや、お前は猫だろ――」
『猫じゃない。使い魔だ』
「……」
「……」
頑なに否定をするエルを修也と千鶴は無言で見つめる。
「……ねぇねぇ、修也。エルちゃんって猫にコンプレックスでも抱えてるの?」
「コンプレックスというより、使い魔というプライドが高いんだよ。だから、ただの動物と一緒にされるのが嫌なんだよ」
「でも、見た目は猫だよね?」
「どっからどう見てもな」
エルに聞こえないよう小さい声で話す二人。当のエルは体を舐めて毛繕いをし、後ろ足で頭を掻いていた。
……やっぱ猫だ~。
エルのそんな様子を見た修也と千鶴は同じ事を思った。
『ところで千鶴、問題の猫は今どの辺りにいる?』
「えっ? ああ、ちょっと待って」
千鶴は鞄からタブレットを取り出し、床に置いた。
「おお~。改めて見るが、なんか格好いいな」
「別に格好よくはないでしょ」
「だって発信器だぜ? スパイ映画みたいでテンション上がる」
「その気持ちは……まあ分かるかも」
『まだまだ子供だな、二人は』
点滅している赤丸を眺めながら会話する三人。
「それで? あの白猫はどこにいるんだ?」
「ちょっと待って。今地図を縮小して範囲を広げるから」
千鶴が画面に日本の指を滑らせ、それに合わせて地図が拡大される。
「え~と、この位置は……あれ?」
『どうした、千鶴?』
「どういうこと、これ?」
「なんかおかしいのか?」
「おかしいというか……いや、おかしいのかな?」
「なんだよ、それ。はっきりしろよ」
「……この光ってる位置ってさ?」
「うん」
「私達の学園じゃない?」
「……は?」
修也は素っ頓狂な声を上げた。
「何言ってるんだ。そんなわけないだろ?」
「嘘じゃないわよ。ほら」
『たしかに、そこは如月探偵学園だ』
エルと一緒にもう一度しっかり確認してみると、たしかに赤丸があるのは如月探偵学園の敷地内だった。
「どういうこと?」
「壊れた?」
『壊れてはいない。反応があるという事は、あの白い猫が学園内に入ってきたという事だ』
「また盗みに来たって事?」
『そうかもしれんが、もしかしたら飼い主の元に帰ってきたのかもしれん』
「帰ってきた、って……まさか!?」
『そのまさかだな。飼い主は学園の人間だ』
思わぬ事態に修也と千鶴は口を開けたまま固まった。
『これはさすがに予想してなかったな』
「いやでも、そんなことある?」
『現に発信器はこの学園を差しているだろ。身近の人間が犯人だったなど珍しくもなんともない』
「どど、どうしよう?」
『どうしようも犯人が学園内にいるんだ。捕まえなければならない。それに、これはチャンスだ』
「チャンス?」
『この時間なら犯人は間違いなく警戒心が無くなっている。今なら簡単に捕まえられる』
「今から!?」
『当たり前だ。この好機を逃すわけにはいかない。犯人の元へ行くぞ。千鶴、さらに詳しく場所を表示できるか?』
そう言われた千鶴がタブレットを操作し、場所の特定を急いだ。
「ここは……男子寮だよ!」
「えっ、ここ!?」
……コンコン。
『男子生徒か。やはり犯人は男だったか』
「修也、下着泥棒しそうな生徒知ってる?」
「分かるか、んなもん」
……コンコン。
『こうなれば一部屋ずつ訪問していくしかあるまい。二人共、準備をしろ』
「準備、って何を?」
「スタンガン、催涙スプレー、防犯ブザー。仕込みナイフにヌンチャク、メリケンサック。え~と、あとそれから……」
「千鶴、お前は何と戦うつもりだ? というか、それどこから用意したんだ?」
……コンコン。
「だぁぁぁ! さっきからうるせぇな! 誰だ窓を叩くのは!」
先程から響いていた音。修也は聞こえてはいたが、犯人逮捕に気を向け集中したかったのでずっと無視を続けていた。しかし、こうも連続で叩かれては黙っていられない。
「用があるんならドアから来――」
修也は音を鳴らす主を見ようと窓の前にあるカーテンを勢いよく開けた。
「……」
『……よし。私が注意を引くから、千鶴はその催涙スプレーを犯人目掛けて噴射し、すかさずスタンガンを浴びせろ』
「分かった。スタンガン初めて使うんだけど、どこに当てるのが一番いいの?」
『人間の弱い部分である首が理想だが、別に首じゃなくてもいい。抑え込むのが目的だから、腕や体でも構わん』
「了解!」
「……」
『修也、何をしている? 行くぞ』
「犯人との大勝負だよ! 気合い入れなきゃ!」
窓辺に立ったまま動かない修也の背中に、二人が声を掛ける。しかし、それでも修也は振り向かなかった。
『修也、どうした?』
「緊張で足がすくんじゃったとか?」
「……」
修也はまだ何も言わない。そのかわり、窓を開けてからゆっくりと体を開き、二人にも見えるようにした。
「んなっ!?」
『なにっ!?』
千鶴とエルが驚愕の声を上げる。それもそうだろう。なぜなら……。
「ニャー」
……修也達三人が追っていた白い猫が堂々と窓辺に座っていたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます