追走劇
犯人と思われる白い猫が、辺りを警戒しながら下着にゆっくり近付いていた。
「まさか……」
『ついに出たか……』
「危うく帰る所だったよ……」
壁にへばりつき、三人は固唾を飲んで見守っている。
「全身白い毛。間違いなよな?」
「だね。体の大きさといい、エルちゃんと間違えるのも無理はないかも」
『何を言う。私はあんな艶のない毛並みではないぞ』
気配を悟られないよう、小声で話す三人。
「よし。今すぐ捕まえに――」
『待て、修也。まだ早い。動くのは盗んだ瞬間だ。その時が一番油断している』
「私、向こう側に回るね」
一声掛けた後、千鶴は足音を忍ばせながら女子寮の裏へ向かう。修也とエルはじっ、と猫を見ていた
「中々盗まないね」
『キョロキョロと辺りを見渡している。まだ警戒しているんだろう。だが、あれは
「分かるの?」
『雰囲気が獲物を狩るそれに似ている。私には分かる』
さすが。僕にはさっぱりだけど、同じ猫だけあってそういうのが分かるんだな。
そんな事を考えているうちに、白い猫は窓に飛び乗った。ジロジロと下着を眺め、まだ警戒を示している。
「くそっ、焦れったいな。早く取れよ」
『あからさまにあるからな。猫とはいえ怪しく思っているんだろう』
ソワソワと落ち着きを無くす修也だが、ここは我慢だと自分に言い聞かせる。ここで逃したら次はないだろう。
しばらく見張っていると、白い猫が下着に首を伸ばし噛み付いて引っ張り出した。何度かそれを繰り返し、遂に盗んだ。
『今だ!』
「おっしゃ!」
修也とエルは同時に飛び出し、それを見た千鶴も反対の壁から姿を現した。挟み撃ちだ。
「ミャ!?」
突然現れた存在に白い猫は驚きの声を上げ、下着を食わえたまま逃走し始めた。
「あっ! 逃げた!」
『そりゃ逃げるわな』
「待てー! エルちゃんの偽物ー!」
『千鶴! その呼び方は止めろ!』
「本物エル! 偽エルを捕まえろ!」
『切り刻まれたいのか、お前ら!』
自分の名前を使われて怒るエル。そうしながらも三人は白い猫を追い掛け、その先に学園の門が見えてきた。
「まずい、正門から出る!」
「やっぱ猫は動きが速いよ!」
『いや、そうでもない。獲物を食わえながらだからか、あまりスピードか出ていない』
「だったら、エル。先に行ってくれ!」
『分かった!』
「ええ!? エルちゃんがいなかったら逃げた方向分からなくなるし、見失っちゃわない!?」
『大丈夫だ。修也がいる』
「修也が?」
『修也、問題ないな?』
「任せろ!」
そう修也が答えると、エルはスピードを上げて先に行き、細い路地に入っていった白い猫の後を追った。
「ああ、どうしよう! こんな狭い所入れないよ!」
「千鶴、こっちだ!」
エルの入った路地には目を向けず、修也は真っ直ぐ走り続けた。
「ちょっと修也、どこ行くのよ?」
「いいから、こっち付いてこい!」
修也は迷いなく走り続け、次の交差点を左に曲がった。
「修也、どこに行くの?」
「先回りする」
「先回りっ、て……あの白い猫の逃げ道分かるの?」
「多分だけど、分かるような気がする」
「何で?」
「詳しくは後で話す。今は早く行かないと先回りにならない。急げ!」
「わ、分かった!」
先を行く修也に疑問を持ちながらも千鶴は付いていく。この辺一帯の道は一般道からさっきの細い路地まで授業の中で叩き込まれ、どこに繋がっているかは頭の中に入っていた。
白い猫とエルが入った路地はこの先の大通りに出る……でも、多分そっちには向かわず、途中の裏道を右に折れて公園に出るはずだ……。
修也は瞬時に白い猫の逃げるルートを描き、その公園で待ち伏せをするつもりだった。
走り続ける事十分。修也の目の前に公園が見えてきた。ちょっとした広さの公園で、ブランコや砂場、アスレチックと最低限の遊具か備わっている。以前は近所の子供が遊びに来ていたが、最近大きなテーマパークばりの公園が駅付近に建設され、子供達は皆そちらに行くようになり、この公園は利用されなくなった。そんな理由からだろう、野良猫の溜まり場と化している。
公園に辿り着いた修也と千鶴は、膝に手を当てて乱れた呼吸を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ……し、修也。本当にここに来るの?」
「来ると思うよ」
「何で分か――」
「――来た!」
答える前に修也が声を張り上げた。修也が見ている方向に千鶴も目を向けると……。
「エルちゃん!」
『修也! 千鶴! 逃がすなよ!』
修也の言う通り白い猫が姿を現し、真っ直ぐこの公園に向かって来ていた。後ろからはエルが追い掛けている。
「千鶴、最初に行ってくれるか?」
「えっ? 私が?」
「そう。頼む」
「で、でも、私捕まえる自信が……」
「捕まえなくてもいい。とにかく真っ直ぐあの白い猫に向かってくれ」
「何それ? どういう――」
「いいから、早く!」
「……ああ、もう! さっきから何なのよ! こうなったらヤケだ! エルちゃんの敵ぃぃぃ!」
『敵って何だ、千鶴! 私は死んでないぞ!?』
修也の言われた通りに、千鶴は白い猫に向かって駆け出す。修也はその様子を後ろから窺っていた。
前後からの挟み撃ち。人間なら逃げ場はない。けど、猫なら一つだけ道がある。その道は……。
『千鶴!』
「こーんにゃろ!」
千鶴は白い猫を捕まえようと体を前かがみにさせ、腕を伸ばした。だが……。
「ミャ!」
「あっ!」
千鶴が前かがみになった所をジャンプで避わし、肩に乗るとそのままさらにジャンプ。
「しまった、逃げられ――」
『修也!』
「……待ってましたの名探偵!」
白い猫のその先に、修也が待ち構えていた。動きを読んでいたのだ。
さすがの白い猫も空中では何も出来ず、両手を広げた修也の胸に吸い込まれるように飛んで行き、ガッチリと捕まった。
「よっしゃ! 捕獲成功――」
「ミャー!」
「いででで! 引っ掻くな引っ掻くな!」
「フシャー!」
「だぁぁぁ! 今度は噛んだ! やめろぉぉぉ!」
抱えられた白い猫が抵抗し、修也の腕に生傷が増えていく。
「千鶴! 早く発信器付けてくれ!」
「分かった!」
急いで近寄った千鶴が、ポケットから出した発信器を白い猫の首の後ろに付けた。
「付けたよ!」
「よし!」
「フミァァァ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
最後の抵抗で修也の顔を引っ掻き回し、白い猫はその場から逃げて行った。
『ふむ。作戦成功だな』
「上手くいったね」
『千鶴、発信器はしっかり作動しているか?』
「うん。ちゃんと映ってるよ」
千鶴は取り出したタブレットを見せてくる。画面には発信器からの信号が赤く点滅していた。
『よし。あとはこれで飼い主のいる家を突き止めるだけだな』
「とりあえず一安心だね。いや~、よかったよかった」
「よくないよ! 見ろ、僕のこの怪我!」
ホッ、とした千鶴とエルに対し、顔や腕に生々しい傷を付けた修也が抗議した。
『抱き抱えるから悪いんだ。地面に押さえ付けていれば傷を負う事はなかった』
「心配の掛け声どころかダメ出し!?」
「まあまあ。成功の勲章だと思えばいいでしょ?」
「思えるか! こんなん風呂入ったらヒリヒリ沁みるじゃないかぁぁぁ!」
公園に修也の叫びが木霊したのだった。
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