プレゼント・フォー・ユー

「ニャー」


 逃げる様子もなく、まるで挨拶をするかのように尻尾を振りながら一鳴きをする猫。


「何でこの子がここにいるの?」

「僕が聞きたいわ」

『飼い主である真犯人の元へ向かったんだと思ったんだが』


 向こうから堂々と姿を現し、戸惑いを隠せない三人。


「部屋を間違えた、とか?」

『盗みを覚えられるぐらいだ。部屋の位置ぐらい間違えないだろ』

「じゃあ、ここに姿を現したという事は犯人は?」

『修也……犯人はお前だったか』

「違うわ!」


 すかさず突っ込む修也。


 修也だって知りたい。なぜ自分の部屋に白猫が現れたのか。ペットにした記憶などないし、そもそもエルがいるのだ。これ以上猫を増やすつもりはない。


「ニャー」


 白猫はやはりというか、足元には女性の下着がある。それを食わえるとヒョイ、と修也の部屋の中に入ってきた。


「あっ、こら」


 窓から降り立った猫は部屋の中央で止まり、下着を置くとまた背筋を伸ばして床に座った。


「おい、お前は何でここに来た?」

「ニャー」

「お前の飼い主は誰だ?」

「ニャー」

「何で下着なんか盗む?」

「ニャー?」

「ニャーニャー言うだけじゃなくて答えろぉぉぉ!」

「いや、無理だから。というか、普通に猫に質問する?」


 呆れる千鶴であるが、もっともだった。


『仕方ない。私が聞いてみよう』

「えっ? エルちゃん、猫の言葉が分かるの?」

『ああ。我々使い魔は動物の言葉が理解でき、会話も出来る。動物も事件を目撃することがあるからな。捜査において貴重な情報源だったりする』

「すごいね、エルちゃん!」

「たしかにすごい能力だ。でもさ……僕はそんなの初めて知ったよ?」

『言ってないからな。もし教えたら修也は私に頼って、自力で情報収集しないのが目に見えている。さて……』


 エルは白猫に近付き対面した。


『お前の名前は?』

「ニャー」

『ふむ。カイ、というのか』

「ニャー」

『それでカイよ、お前の飼い主は誰だ?』

「ニャー」

『何? だが、お前はカイという名前なのだろう?』

「ニャー、ニャー」

『そうか。それは悲しいな』

「ニャー……」

『だが、だったらなぜ女性の下着を盗む?』

「ニャー、ニャーニャー」

『それはどういう意味だ?』

「ニャーオ」

『……なんだと!?』

「うん。全然分からん。エル、こいつは何て言ってるんだ?」


 内容が分からない修也は聞いてみた。


『うむ。どういえば言いか』

「まとめづらいなら、今話したのを順に説明してくれ」

『そうするか。まず、こいつの名はカイというらしい』

「カイというと雄か」

『そうだ。産まれて五ヶ月で飼い主の元に行き、名付けてもらったそうだ』

「ふむふむ」

『しかし、半年前に飼い主が引っ越ししたんだが、新しい住居ではペットは禁止されており、泣く泣く捨てられたらしい』

「捨てられた?」

「可哀想……」


 カイの人生に千鶴が同情して落ち込む。だが、修也は疑問に思った。


「いや、待った。捨てられた、っておかしくないか? だって、こいつは飼い主の命令で下着を盗んでいたんだろ?」

「あっ、そうか」

『いや、実はそうではないらしい』

「というと?」

『女性の下着を盗んでいたのは自分の意思でやっていた』

「何で?」

だそうだ』

「プ……」


 プレゼント?


『気に入った雌猫を見つけた時、気を引こうとして下着をプレゼントしていたようだ』

「ああ、聞いたことあるよ。求愛行動でプレゼントを渡す動物がいる、って」


 何かの番組で観たらしく、千鶴が情報を開示した。修也も記憶があるが、その番組では鳥だった気がした。


「猫はそれをやるのか?」

「さあ~?」

『普通はやらんな』

「じゃあ、何で?」

『こいつの元飼い主のせいだ』

「飼い主が?」

『こいつの飼い主は男性だった。ある日、

「ごめん、ちょ~っと待って。少し整理するから」


 修也の頭は理解に追い付いていなかった。聞き間違いかもしれないが、今聞いた単語を一つずつ繋いでいく。


 え~と、この白猫の名前はカイ。生後三ヶ月で飼い猫になる。けど、飼い主の引っ越しの都合で捨てられ野良猫に。そんで雌猫の気を引くため、元飼い主が女性の下着をプレゼントをして恋人の女性が喜んでいたから自分もやった、と……。


 後半におかしな所が盛り沢山であるが、一番気になるのがあった。


「……女子って下着プレゼントされて嬉しいの?」

「いやいや、嫌よそんなの。服ならともかく、下着はないよ」


 念のため女である千鶴に確認してみたが、やはり嫌悪があるのか強く手を振って否定してきた。


『カイの飼い主はそういう性格だったんだろう。そして、下着で喜ぶ彼女も」

「変わったカップルがいるもんだな」

『おかげで下着は喜ばれるプレゼントと、間違った知識を身に付けてしまった』


 いや、喜んでたんならプレゼントとしては間違ってなかったんじゃね?


「じゃあ、これまでの下着窃盗は?」

『ああ。野良になってから雌猫を見つける度、近くの家から盗み与えていたそうだ』

「んじゃ、飼い主は?」

『いない。カイの単独犯だ』


 猫を捕まえて発信器を付け、犯人の居所を探る。そして逮捕するための下準備。あんなに苦労して練った捜査計画にも関わらず、真実はただの野良猫のプレゼント目的。


 苦労が水の泡になるとはこういう事だろうか。描いていた結末とは大きく離れ、修也と千鶴はぐったりと疲労が押し寄せてきた。


『まあ、むしろこれでよかっただろう。人間の犯人がいたら命の危機に陥っていたかもしれないんだ』

「そうかもだけどさ」


 これまでの労力に対しての結果がこれでは報われない、と修也は落胆する。


「あれ? 待って。この子がここに来たって事は、また盗みに?」

『いや、今回は違う』

「違う、って?」

『今回は盗みではなく、下着を渡しに来たようだ』

「渡しに、って……どの猫に? 学園には猫はいないだろ?」

『……私だ』

「はい?」

「エルちゃんに?」


 そう言うとエルは深い溜め息を付いた。


『追い掛けられている間、どうやら自分に気があるんだと思い違い、私に好意を持ったようだ。それでここに現れた』

「ニャー」


 カイは下着をエルの方に押し出す。何かを期待するようにその目は輝いていた。


「おう。それはそれは」

「やったね、エルちゃん」

『どこがだ。ただの猫に好意を寄せられても喜べん』

「いや、お前も猫じゃん」

『何度も言わすな。私は猫じゃない。使い魔だ』


 相変わらずのプライドがエルを支配している。


「でも、こうして告白してきたんだから、きちんと返事はしなきゃいけないんじゃない?」

『ただの猫だぞ?』

「ダメよ、エルちゃん。告白は勇気ある行動なんだよ? だから、受けた側もそれに対して真摯に返事しなきゃ。そこに人間も動物も関係ないよ」


 真剣な表情で伝える千鶴。千鶴も年頃の女子だからか、恋や愛やらに敏感なのだろう。それに対する思いは人一倍だった。


『ふむ……そうだな。きちんと返事をしよう』

「ニャー」


 エルが再びカイと向き合い、ちょっとした甘い雰囲気が現れ出した。猫とはいえ、告白の場を目の前にして、修也と千鶴は少なからずドキドキしている。


 結果は見えているが、エルがカイに断りの返事をする様子を静かに見守ろうとしていた。しかし……。


『フシャー!』

「フギャ!」


 エルがカイの頭に右前足を振り降ろし、それを受けて怯んだカイは一目散に窓から出ていった。


『よし。丁重にお帰り願った』

「どこが!? ただの暴力じゃねぇかよ!」

『何がだ? 体にも拒否を刻んだ方が理解が早いだろ?』 


 何がおかしいのか、と本気で思っているのだろう。エルからは悪びれる様子は微塵も感じられない。


「カイ君可哀想に……」

「猫だけど、同情しちゃったよ……」


 千鶴と修也はカイが出ていった窓をしばらく見つめていた。


『さて、この事件の真相が判明したな』

「そうだな」

「これにて一件落着だね」


 一悶着あったが、本来の目的は果たせた。後は、報告書をまとめて学園長に提出するだけだ。


「けど、下着囮作戦が上手くいってよかったな」

「だね。あれがなかったら、今もカイ君の姿は分からなかっただろうし」

「囮用に買ったこの下着も無駄にならな……あれ?」

『どうした、修也?』


 カイが置いていった下着を取った修也が疑問の声を上げ、エルが聞き返す。


「いや、この下着違くない? 囮の下着って、たしか薄いピンクだったよね?」


 拾い上げた下着をエルに見せる。その下着は薄いピンクではなく薄い緑のシマシマの柄のパンツだった。


『たしかに違うな』

「また別の所から盗んで来たんかな?」

『かもしれんな』

「となると、これは盗難品として報告書と一緒に――」


 ――バッ!


 修也の手元から下着が一瞬にしてなくなった。不思議に思った修也は辺りを見渡してみる。すると、薄い緑のパンツをしっかり握り締めた千鶴が背中を向けていた。


 いきなり取られて声を掛けようとするが、よく見ると耳が赤くなっている。その様子を見て修也はある結論が浮かんだ。


 え~と、まさかとは思うが……。


 念のためエルに目を向けると、エルも察してたのか静かに頷いた。


 何か声を掛けた方がいい。しかし、こんな場合どう声を掛ければよいのか修也は知らない。考えに考え抜いて、ようやく一つの言葉が浮かんだ。


「可愛いパンツだな!」

「ふんっ!」

「うごっ!?」


 千鶴の肩に手を置いてそう声を掛けたが、振り向き様に腹に膝蹴りを咬まされ、修也はその場で悶絶。千鶴はその後、修也の部屋を出ていった。


「うごぉ……モ、モロに入った」

『修也、お前バカなのか?』

「いや、何か声を掛けた方がいいと思って」

『だからってあれはないぞ』

「な、何でさ。可愛い、って褒めたのに」

『褒めれば何でもいいわけないだろ。状況を考えろ、アホ』


 それから数日、千鶴は修也と会話を交わさなかった。しばらくして千鶴は学級新聞を発行。そこには事件の事が書かれていたが、見出しはこうだった。



【近辺で起きていた連続下着盗難事件。犯人はただの野良猫だったが、実は一年生の二階堂修也が絡んでいた?】


 千鶴ぅぅぅぅぅぅぅぅ!

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