その笑顔の裏には……

 その日の夜。


 場所は学園長室。明かりが付いていない部屋は薄暗く、窓から差し込む月明かりだけが室内を朧気に照らしていた。


『さて、何か言う事は?』

『どうです、マスター?』

「ずみばぜんでじだ……ごべんなざい」


 学園長の机の上で佇むエルとシルフィ。二人は床に正座されている学園長の如月直也を見下ろしながらそう言い放つと、顔中には噛み傷、引っ掻き傷、打撲痕などがある学園長が返事をした。


『エル様。今回は本当に申し訳ありませんでした。我がマスターの愚行、心より謝罪します』

『頭を上げよ、シルフィ。シルフィは何も悪くない。悪いのはそこのバカだ』


 前足でビシッ、と如月学園長を差すエル。


。どう考えても直也が悪い』


 そう。エルの言う通り、如月学園長は全てを知っていたのだ。警察が協力の依頼をしてきた時には既に事件の全貌を見抜いていたらしい。


 今回は無事に解決したが、エルは終始疑問に思っていた。危険の可能性がある事件をなぜ修也達に全部任せたのか、と。そこを問い詰めた所白状し、その愚行にエルとシルフィがお仕置きを行い、今の如月学園長が出来上がった。


『シルフィも知っていたんだったな?』

『はい。マスターからこの事件の裏付けを取るよう命じられ調査していました。間違いないと分かったから生徒に一任しよう、と。しかし……』

『シルフィが裏付けを取る前に直也は行動していた、だったな』

『大変申し訳ありません』

「シルフィ、そんなに謝らなくてもいいんじゃない?」

『誰のせいだと思ってるんですか!』

「はい……ごめんなさい」

 

 シルフィの一喝に如月学園長が頭を下げる。


『全く。修也様達がどれほど怖い思いをしたか……』

「僕は学園長だよ? いくら何でも、危険がある事件で全権を生徒に委ねるわけないじゃないか」

『マスターと私は事件の全貌を知っていても、周りの方は知らないんですから不安になるに決まっているでしょう』

『その通りだ。私にも話していたら修也達には別のアドバイスも出来ただろうに。なぜ話さなかった?』

「真剣に取り組んでもらいたかったからさ。もし話していたら、エルさんの態度で修也君達が気付いて怠けるかもしれないだろ?」


 そう言いながら如月学園長は立ち上がり、膝に付いた埃を叩いて払う。


「生徒相談室でも言ったけど、最初から犯人が分かる事件なんて一つもないんだ。現行犯で捕まることもあるけど、誰かに脅されて犯行に及んだかもしれない。そういった可能性も探偵は視野に入れないといけないだろ?」

『それは分かる。だが、修也達はまだ一年生。そういう考えを持つのはこれからの話だろ』

「本当ならね。でも、僕はその考えを持つのは早い方がいいんじゃないか、と最近思うんだ。生徒達は能力よりもまず気構えを持つべきだ、とね」

『気構え、ですか?』

「そう。たとえ推理や知識といった能力が長けていても、事件によって捜査態度に差が出るような探偵は探偵じゃない。殺人事件だろうと下着泥棒だろうと、どんな事件でも全力で真剣に取り組む。それこそ探偵の真の姿だと僕は考えている」


 如月学園長の話に、エルとシルフィは黙って聞いている。


「この学園にいる子達はみんな名探偵に憧れているし、目指している。だからこそ、一番重要な気構えを持たせる事が大切なんじゃないかな?」

『その気構えを持たせるのに今回相応しかったのが修也様達だった、と?』


 シルフィの問いに如月学園長は笑顔で応えた。


『……それが直也の教育方針なのか?』

「そういう事だね。いや……僕と景嗣の方針、かな?」


 景嗣、という名にエルの体が一瞬反応する。


「僕と景嗣が探偵を目指している頃、よく探偵の姿について語り合ったんだ。名探偵とは何か、どんな探偵を目指すべきか、とかね。その内の一つに、今の気構えを共通して持っている」

『たしかに、景嗣様も似たような発言をしていた』

「だろ? 今、僕達は憧れていた名探偵になった。今度は目指す探偵から目指される探偵になろう。名探偵の称号を持った時に二人で誓ったんだ。現場で活躍する景嗣は実績で、学園長になった僕はそれをこの学園で教えていこうと思ってる」


 真っ直ぐに見つめて話す如月学園長は真剣そのもの。その目には確かな信念が宿っている。


「だから、今回の事件もそれを教えたくて敢えてエルさんにも伝えなかったんだよ。理解してくれるかな?」

『……いいだろう。今回はそれで納得してやる』

「ありがとう」


 エルは机から飛び降り、学園長室のドアへと向かう。


『直也』


 ドアの前まで来ると、エルは立ち止まり後ろ向きのまま呼んだ。


「何だい?」

『お前……一体何を考えている?』

「何を、って。それは今言ったように――」

『そうではない。私が聞きたいのは、

「……」


 エルの問い掛けに、如月学園長は沈黙する。


『最近のお前は、妙に修也と関わろうとしているように見える。以前、橘先生により行われたレゾヌマン。あれも直也の指示によるものだと聞いている。そして今回の件……直也、お前の狙いは何だ?』


 如月学園長口では答えず、肩を空かしただけだった。


『喋らないか……まあいいだろう。お前は昔からそうだったな』

「僕はいつまでも僕のままさ」

『今回は水に流してやる。私は本来景嗣様の使い魔だが、今は修也の使い魔としてここにいる。だから、次に主の修也に危険な行為をさせようとしてみろ……』


 エルがゆっくりと如月学園長に振り向く。その動きに合わせるように部屋にピリピリとした空気が張り詰め始める。そして……。


『……景嗣様の親友だろうと見逃すつもりはない。どんな手を使ってでも貴様を潰す!』


 禍々しいオーラを身から生じさせ、殺気とも言える凍てつくような目で睨み付けるエル。そのプレッシャーはとてつもなく、まるで地震が起きたかのように学園長室が震えた。


 数秒間そんな空気が充満していたが、エルは徐々に落ち着かせると通常の空気が戻る。それから学園長室を後にした。


「……さすが景嗣の使い魔。察しがいいね」

『ということはマスター、本当に修也様に?』

「こればかりはシルフィにも言えないよ」

『なぜですか? 私はマスターの使い魔です。私にも教えていただけないのですか?』

「出来ないね」

『それは……私が信用出来ないと?』

「違うよ。信用しているから教えられないんだ」


 そう言うと、如月学園長はシルフィの頭を撫でる。


「いつか分かる時が来る。だから、それまで待っていてくれるかい?」

『……かしこまりました。マスターの命令であれば、それに従います』


 シルフィもこれ以上追及する事はせず、休む許可をもらうと部屋を出ていった。


 誰もいなくなった学園長室。一人残った如月学園長は自分の椅子に座ると、窓から見える夜空を眺めた。


「さぁて、果たしてどうなることやら。いやいや、楽しみだね~」


 そう言う如月学園長の顔は、まるでイタズラを思い付いた子供のような顔付きだった。

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