第三章

白熱する生徒達

「――勝者、有川一輝!」


 審判役の先生が勝者の名を上げると、一気に歓声が沸いた。


 場所は如月探偵学園の『真実の間』。金曜日の放課後で、普段なら人が集まる事はないのだが、今ここでは多くの生徒が会場に集まり、レゾヌマンが連続して行われていた。


「おお~。すげ~」

「やっぱレゾヌマンは熱くなるよね~」


 観客席からレゾヌマンの戦いを見ていた修也と千鶴が感嘆の息を溢す。


『ふむ。今のは中々の推理だったな。あの有川という生徒、良い探偵になれる素質を持っている』


 同じように眺めていたエルも今の戦いについて感想を述べる。


「私の調べによると、有川君は学年で上位五位に入るぐらいの成績なんだよ」

『ほう。それは優秀だな。たしかに、今の推理はかなり緻密に練れていた。成績優秀者でなければああは出来ないだろう』

「何であんな推理できるんだろ?」

『レゾヌマンでは全ての情報が提示されているんだ。推理は出来て当然だ』

「いや、今の問題かなり難しくなかった? 短い時間で手掛かりを見つけて、それを繋ぎ合わせるのなんか普通無理じゃない?」

「さすが上位者、って感じね」

『勘違いしているな。上位者だから推理が出来るんじゃない。日々の努力の結果、五位になるほどの力を身に付けたから出来るんだ。きっと日々の勉学に励んでいるんだろう』

「そっか。そうだよね」

『探偵の実力は努力に比例する。運や奇跡で事件など解決できん。テストの問題にヤマを張って挑む修也と違ってな』

「ちぇ……」


 エルからの嫌味に修也は舌打ちを鳴らす。


『しかし、今日は随分レゾヌマンが開かれるんだな? この後も続くのだろう?』

「うん。たぶん、夜までやると思うよ」

『そんなにか?』

「そりゃそうよ。だって、もうすぐ学園選抜合宿の選考が始まるんだから」


 気合いを入れるように、握りこぶしを作りながら千鶴がそう言い放つ。


 学園選抜合宿。


 夏休みに入ると、学園主催の合宿が開かれる。場所は静岡の山奥にあるキャンプ地。緑豊かな木々に山から流れる清らかな川が辺りに見え、避暑地として最適な環境で行われるのだ。


 しかし、そこでは学園の授業以上に朝から晩までみっちりと学問や体術を叩き込まれ、合宿が終わる頃には生徒は屍と化し、別名『地獄の合宿』と呼ばれている。環境とは裏腹に、のどかな時間など皆無であった。


 そんな呼び名がある合宿であるが、生徒達は全員その合宿に参加したがっている。理由は、その合宿の特典によるものだ。


 講師には学園の教師だけでなく実際の探偵、しかも名探偵の称号を持つ者が直々に指導してくれるのだ。探偵の中の探偵であり、トップクラスの探偵。誰もが憧れる者から指導してもらう。名探偵の経験を見聞きし学べる、こんなチャンスは滅多にない。


 さらに、この合宿に参加したという実績は今後の進路にも影響する。優秀者という箔が付き、探偵になる事への大きな前進になる。事実、現在探偵に就いている如月探偵学園の卒業生のほぼ全員がこの合宿の参加者。中にはここで知り合った名探偵に気に入られ、その名探偵の事務所に就職した者も少なくない。そういう理由も含まれており、生徒達はやる気に満ち溢れている。


 だが、誰もが参加できる合宿ではない。そこまでの待遇を得られるわけで、学園から選ばれた生徒のみが参加でき、各学年から五名ずつしか選ばれないのだ。それゆえに学園選抜合宿と呼ばれている。


 選ばれる基準は成績に左右され、その成績に大きく影響を与えるのは目の前で開かれているレゾヌマン。学園選抜合宿が近付いた事で、少しでも成績を上げたい生徒達が真実の間で熱戦を繰り広げているのだ。


『千鶴はレゾヌマンをしないのか?』

「もちろんやるよ。でも、今日は観戦。どんな問題が出てるのか、どういう風にみんな推理してるかを見て、今後の対策に活かそうかな、と」

『いい心掛けだ』

「私はジャーナリストだからね。まずは情報収集だよ」

『頑張れ。応援してるぞ』


 エルと千鶴は楽しそうにレゾヌマンに対する傾向を話していた。一方、修也はというと……。


 いいよな~。レゾヌマンを楽しめる奴は……。


 二人とは対照的にどよ~ん、と暗い空気に身を沈めていた。


 修也もこの学園選抜合宿に参加したい気持ちはあった。出来ることなら率先してレゾヌマンを行って勝ち抜き、成績を上げたい。だが、それが出来ない理由があった。


 ……今日までレゾヌマン、一度も勝ってないからな~。


 そう。修也は何度かレゾヌマンを行っていたが、一度として勝利していないのだ。戦績は四戦四敗。唯一勝てたのは、以前橘先生から強制的に行われたレゾヌマンだけである。そのせいで修也は自信をなくし、自ら対戦を申し込む気力が低下していたのだ。


 はぁ~。今年は無理そうだな。選抜されるには今から全勝しないとダメだろし、そんな自信――。


 ――ガブッ! 


「いったぁぁぁ!」

『修也。何を呆けている。お前もやる気を出さんか』


 手の甲にエルが噛み付き、修也は悲鳴を上げた。


「何すんだよ」

『一人ショボくれているからだ。落ち込む暇があるならもっと精進しろ』

「そうだけどさ……」

「もしかして諦めたの?」

「諦めたというか……自信がなくなったというか、勝てそうになくなったというか……」

『それを諦めたと言うんだ』

「まだ選抜が決まるまで時間あるんだし、諦めるのは早いよ?」


 慰めの言葉を貰うが、修也の気分は晴れなかった。


『不安があるなら考えを止めるな。千鶴みたいに、レゾヌマンをする生徒の推理を参考にするなりしたらどうだ』

「僕にはあんな風に答えは導けないよ。提示された情報から瞬時に手掛かりを見つけられないし」

『推理のルートは一つじゃない。最初の手掛かりから順に追う方法もあれば、全部の情報を手にしてから逆算して推理する方法もある』

「ああ。僕は後者だな」

『だったら、自分と同じ推理方法をする者をよく観察し、手本にするんだ。たとえ違う方法の者がいても、手掛かりを見つけた過程は参考になる。このレゾヌマンは、観戦者も学べる事が多いんだ』

「それは分かってるよ。だからこうして観戦してるんだろ? でも、参考にする前にその推理に圧倒されて……自信がなくなって……」


 どんどん声が小さくなり、終には下を向いてまた暗くなる修也。


「あ~あ~、ネガティブモードに入っちゃった」

『修也の悪い癖だな』

「気持ちは分からなくもないんだけどね~」

『だが、落ち込んでいる暇もないのも事実。今の修也の成績では選抜合宿に参加は無理だ』


 グサッ、と胸に刺さる言葉をエルが投げてくる。


「修也、元気出しなよ。まだ時間はあるんだからさ」

『千鶴、もうよい。やる気のない者にいくら声を掛けても意味はない。修也の問題なのだから、修也自身がどうにかするしかない』

「でも……」

『気に掛けてくれるのは良いが、選抜合宿に参加するという点では修也と千鶴はライバルだ。ライバルを気にする余裕があるのか?』

「ないね。私もまだまだだし」

『なら、千鶴も自分の事に集中するとよかろう。修也は私が見ているから』

「そうだね。おっと、次のレゾヌマンが始まるみたい」


 千鶴は体の向きを変え、会場に目を向ける。言葉通り修也を意識から外し、レゾヌマンに集中していた。


 レゾヌマンが始まるので修也もようやく重い体を上げる。


 そうだな……二人の言う通りだ。落ち込んでいる暇はないんだ。こんな姿、父さんが見たらガッカリするよな。


 気合いを入れるように頬を叩き、修也もレゾヌマンに集中する。


 その姿を見たエルは、安堵したかのように僅かに微笑んだ。

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