天国か地獄かの課題
「さて、お前達に朗報だ。よく聞け」
翌週の水曜日。ホームルームになると担任の橘先生から報告があった。
「今日まで全員、夏に開かれる学園選抜合宿のためにレゾヌマンを続けていると思う。その証拠に、ここ一週間でそれぞれの成績が激しく動いている」
修也達生徒は黙って橘先生の話に耳を傾け、珍しくその顔は真剣そのものだ。
「本来なら、ただの成績アップのためだけにレゾヌマンを行う事は許可しない。だが、この連日のレゾヌマンによりお前達の知識や経験は大幅に上がっただろう。学園側の人間からしたら嬉しい報告だ」
「……」
「このレゾヌマンはただの推理バトルではない。勝敗を課す事で努力を促し、そして戦いの中でお互いに知識を学び合う。それがレゾヌマンの真の姿だ。今回で全員には理解できたと思われる」
「……」
「その気持ちを忘れず、これからも勉学に励んで……はぁ」
すると、橘先生は頭を抱えて深い溜め息を付いた。
「先生、どうしたんですか?」
「いや、お前達が真剣に私の話を聞いているからな。普段の授業でなぜやらないのか、と落ち込んだだけだ」
「何言ってるんですか!」
「そうですよ! 私達はいつも真面目です!」
「真面目過ぎて眠くなっちゃうだけです!」
「真面目なヤツが眠くなるか、たわけ!」
先生の一喝に、クラスの雰囲気がいつも通りに戻った。
「まったく。何か褒美がないとやる気が出んのか、お前達は」
もちろんです! と、修也達生徒全員の心の声が一致するが、声に出すことはなかった。
「それで先生、朗報というのは?」
「ん? ああ、そうだったな。その学園選抜合宿の件だが、生徒が決まるまでそう時間もない。これからはさらにレゾヌマンが行われると予想される」
それを表すかのように、何人かの生徒はホームルームが終わる瞬間を待ち構え、椅子から少し腰を上げている。
「だが、そのレゾヌマンが行われる一年生専用の真実の間が、先日使用不能になった」
「えぇぇぇ!?」
「嘘!?」
「何で!?」
「私、今日戦い申し込んでたのに!」
真実の間の使用が出来ない。つまりはレゾヌマンが出来ないという事だ。成績の追い込みに力を入れようとしていた所に思わぬ報告。教室に各人の叫びが響き渡った。
「レゾヌマン中に使われるモニターがあるだろう? あれの調子が悪くなってな。メンテナンスのため、そういう事になった」
嘘だろ……レゾヌマンが出来ない?
修也は一気に血の気が引くのを感じた。それは修也だけではない。
「先生! それはないですよ!」
「ええい、騒ぐな。鼓膜が破れる」
「私にはもうレゾヌマンしかないんですよ~!」
「誰だ! モニター壊したのは!」
「俺の唯一の望みがぁぁぁ!」
「喧しい! これ以上騒ぐと成績下げるぞ!」
飛び交っていた悲痛の叫びがピタッ、と止まり、騒がしかった教室が静まる。
「ったく。朗報と言っただろう。話は最後まで聞け。真実の間が使えなくなったが、お前達にはそれを補う機会が与えられるんだ」
「というと?」
「今度の土曜日に、学園から一年生全員に課題を設ける。それをクリアした場合、成績へ大きく加算してやろうという内容だ」
「それって、実際の事件の捜査に参加する、というやつですか?」
「いや、生徒全員に参加できる程の数の事件はない。そんなにあったら日本は犯罪大国になるだろうが」
そりゃそうだ、と全員が頷く。
「内容はこうだ。二人一組になってもらい、各組にはある問題を出す。問題を推理し、その答えとなる証拠を時間内に学園に持ってきてもらう。それだけだ」
「え~と、いまいちよく分からないんですが?」
「例えば『○○年に起きたコンビニ強盗未遂事件の犯人の証拠は?』という問題が出た場合、お前達はそれがどんな事件なのかを調べ、答えが指紋の付いた小型ナイフであればそれと同じ物を持ってくる、という感じだ」
「なるほど」
「なんか簡単そう?」
「そう言えるかな?」
ニヤリ、と意味深な笑みを浮かべる橘先生。
「今のはただの例えだ。実際の問題はそう容易くないぞ。中には、『現在捜査中の殺人事件の犯人の手掛かりを見つけろ』なんてものもあるかもしれん」
「んな!?」
「何だそれ!」
「それは無理ぃぃぃ!」
頭を抱えたり机に伏す等して、再び教室が騒がしくなる。
「当たりもあればハズレもあるだろう。どんな問題を突き付けられるかは土曜にならんと分からん」
まるで博打みたいだ、と修也は思った。当たりを引けば成績がグンと上がるが、ハズレなら下がるのも大きい。リスクがある課題だ。
「ああ、なんか怖い……」
「レゾヌマンの方がよかったんじゃないか?」
「ハズレ引いたらその時点でアウトじゃん……」
不安で落胆する生徒達で教室の空気が重くなる。
「そう怖がるな。うまくクリアすればその報酬もデカイぞ」
「どれくらいですか?」
「今回のこれは緊急で行われるからな。クリアした組はレゾヌマンでの勝利で得られるポイントの……五倍だ」
「オラァァァ! 課題がなんぼのもんじゃいぃぃぃ!」
「本日限り、ポイント五倍!」
「たとえ火の中殺人の中! 問題がなんだろうと飛び込んじゃうんだから!」
「俺は今から五倍の男になる!」
重い空気が一蹴。復活した生徒達が立ち上がってやる気が溢れかえる。
「修也! 五倍だって!」
「これは大チャンスだ!」
「選抜も夢じゃないよね!」
「よっしゃあ! 絶対クリアしてやる!」
千鶴と修也も光明が見え、目は輝いている。体の奥底からも何かが沸き上がって来るのも感じていた。
「組の申請は金曜まで。それまでにペアを見つけておくんだな」
最後にそう言った後、橘先生は教室から出ていく。それでもなお修也達は吠えたり叫んでいる。
そんな中エルだけは冷静になっており、今の橘先生の内容に盲点がある事に気付いていた。
みんな五倍のポイントに気を取られているが、クリアして五倍という事は、失敗したら五倍の減点を食らうという事でもあるんだぞ? その辺理解しているのだろうか。橘先生もそこを話さないとは、意地悪だな……。
とはいえ、やる気に満ち溢れている修也達に水を差すような行為はしたくなかったので、エルは口に出さず胸の内にそっと閉まっておく事にした。
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