下着泥棒
「さて、二階堂……最後に言い残したい事はないか?」
生徒相談室に向かった修也は指をゴキゴキと鳴らす橘先生からそう告げられた。
「だから僕じゃないですってば!」
対面する橘先生に、テーブルを強く叩いて修也が必死に抗議する。
「僕は下着泥棒なんかやってません! さっき僕の疑いは晴れたんです!」
「火のない所に煙は立たないとも言うぞ?」
「いくら僕でもそんな犯罪に手を染めません! そんなに僕が信用できませんか?」
「できんな」
「きっぱり!?」
「それはそうだろう。成績は最底辺。授業中はだらける。補習、課題の連続。そんな生徒を信用できるとでも?」
「ぐぬぬ……」
悔しさで歯を食い縛る修也。
「橘先生。私も修也は犯人じゃないと思います」
横に座る千鶴が手を挙げて述べる。
「その理由は何だ、羽賀?」
「まず下着泥棒の実行犯が白い猫らしいのですが、エルちゃんは絶対そんなことしません」
「それさっき聞いた! エルじゃなくて僕が犯人足る人物じゃない事言ってくれない!?」
「二階堂の言う通りだ。容疑者は二階堂。ならば、二階堂が犯人ではない証明をしてもらおう」
「えっ? それは……え~と……」
「何でそこで止まるの!?」
「いや~、修也も男の子だから、そういうのに興味ありそうだし」
「ねぇよ!」
『修也、少し落ち着け』
「これが落ち着いていられるか!」
『犯人じゃないなら堂々としてろ。そうやって喚き散らしていると、信用されるものも信用されなくなるぞ』
「うっ……」
エルの注意はもっともだと気付いた修也は、一度深呼吸をしてから椅子に体重を掛ける。
「さて、冗談はここまでにして。本題に入ろう」
「冗談だったんですか!?」
「当たり前だ。私は初めからお前には無理だと思っている」
「その理由は?」
「貴様にそんな度胸も技術もない」
『ああ……』
「なるほど……」
「二人ともどこで納得!? というか、僕が犯人じゃないと思っていたなら、あの呼び出しの内容は何だったんですか!?」
「ああでも言わないと貴様は来ないだろ」
「普通の呼び出しでも来ますよ!」
「どうかな。その話はもういい。二人とも、よく聞け」
橘先生の真面目な声と雰囲気に変わり、修也と千鶴は姿勢を正した。
「今回起きた下着盗難事件で、我々も動かざるを得ない事になった」
『というと?』
「知っていると思いますが、最近学園周辺で同様の下着盗難事件が相次いでいます」
「あ、知ってます。たしか、三件近く被害者が出ているんですよね」
今日の昼休みに千鶴から聞いた話なので、修也も覚えていた。
「そうだ。事件は四件目、今度は我が学園の生徒が被害にあった」
『なるほど。それで学園側も捜査に加わるつもりか』
「その通りです。警察にも連絡をし、是非協力してほしいとも言われました。そういうわけで、我々も事件解決に動こうと考えました」
警察と協力しての捜査。これは特に珍しい事ではなかった。
殺人事件などが起きた場合、名探偵の称号を持つ生徒会長の不知火先輩は捜査に協力している。また、実地研修という名目で警察と共に事件解決に加わるのも授業の一つとして組み込まれてもいた。
「こういった実際の事件に加わるのは本来二年生からなのだが、今回はお前達に捜査を頼みたい」
「えっ?」
「私達に?」
予想外な言葉に、修也と千鶴は驚きの声を上げた。
「理由は三つ。一つ。お前達は下着泥棒の犯人を目撃している」
「目撃したのは被害者の女子ですが」
「そうだが、今までは犯人がどんな人物か判明していなかった。それが今回は現場で目撃できた。この情報は大きい。そして、被害者が一年生ということで、捜査も一年生にやらせようと考えた」
同学年というのは意外にもモチベーションが違うものだ。先輩の事件なら失敗は許されないと固くなり、逆に後輩の事件となるとどこか気が緩んでしまう。まだ探偵として未熟だからだろうか、これは毎年必ずと言っていいほど起きる状態らしい。
だが、同学年であれば気負い過ぎず腑抜け過ぎずに事を運べる。精神状態としては理想の状態であり、それも踏まえての橘先生からの提案だった。
「な、なるほど」
「二つ。犯人が猫ということで、危険は少ないと考えた。これなら一年生のお前達でも十分に扱える」
『たしかに、人ではなく動物であるから抵抗や反撃による死のリスクは低いな。しかし、別の可能性もあるだろう?』
「さすがエルさん。その通りです。ただの野良猫がイタズラで盗むとは考えられません。実は飼い主がいて、自分の猫を訓練させて盗ませた、という可能性もあります」
『私もその可能性が非常に高いと思う。他の衣類も盗まれているならともかく、この事件は下着だけを盗んでいる。ただの野良猫が狙ってやっているとは思えん』
「じゃあ、人間の犯人がいる?」
「あくまで可能性だがな」
可能性と橘先生は言うが、一番説得力のある推論であると修也は思った。ただの野良猫の窃盗で警察が協力を求めてきたのも、これが要因だろう。
『となると、修也達には犯人確保までさせるつもりか? それは少し荷が重いのでは?』
「そこはご安心を。二階堂と羽賀には白猫の捜索、そしてその住居の特定までをしてもらいます。逮捕は警察や我々が」
『なるほど。それならば問題ないな』
「聞いた通りだ、二人とも。やるのは猫の捜索と住居の特定。この二つだけだ。まだ飼い主の素性が分からない以上、間違っても自分で逮捕しようとは考えるな」
「も、もちろんです……」
「それはさすがに無理です……」
修也達はまだ格闘技や逮捕術の基礎を学んでいる身。実践で行うには早すぎるだろう。
『それで、三つ目は?』
「三つ目は二階堂、お前のためだ」
「えっ、僕?」
名指しをされて、修也は自分で指を差す。
「さっきも言ったように、お前は下着泥棒の容疑を掛けられていた。それをどう思った?」
「どう、って……そりゃあ、腹が立ちましたよ」
「だろう? 見に覚えのない罪を着せられて、怒りを抱かない者はいない。その悔しさを糧にこの事件に挑み、汚名返上してみろ。そして、疑いを持った者を見返してやれ」
「先生……」
あの厳しい橘先生からエールが……ヤバイ、涙出そう……。
『いや、橘先生。今の修也では解決は無理では? 千鶴の方が解決出来ると思うのだが』
「……そうでしたな。すまん、二階堂。今のは忘れろ。羽賀、しっかりやれ」
「分かりました!」
せっかく感動してやる気が出たのに一気に萎えたわコンチクショー!
「というわけで、お前達二人には問題の白猫を追ってもらう。早速今日から――」
――ガチャ。
「やあ。話は聞いたよ~」
突然、生徒相談室のドアが開いた。全員がそちらに振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。
「えっ?」
「学園長?」
「そうだよ~。この如月探偵学園学園長、如月直也だよ~」
赤髪の長髪を後ろで束ね、丸眼鏡を掛けた細身の出で立ちは、如月学園長その人であった。
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