破滅への鐘が鳴り響く
午後の授業も終わり、修也は寮に戻るため準備を始めていた。
「修也、もう帰るの?」
「うん。課題が出されたから、早く帰ってやらないと終わらないよ」
声を掛けてきた千鶴に答えながら、紙袋に入った紙の山束を見せる。
約束通りというか、午前中に橘先生から渡された課題は今までの三倍の量だった。ずっしりと重い。普段でさえ夜遅くまで掛かるのだから、早く学生寮に戻って取り掛からなければ徹夜になってしまうだろう。
「だったら図書館でやろうよ。約束通り手伝うからさ」
「いいけど……千鶴、今日は徘徊しなくていいのか?」
「徘徊言うな! 調査と言ってよ!」
バンバン、と机を叩きながら抗議する千歳。
千鶴は放課後になると自作の学級新聞に載せるため、スクープを求めて学園内を歩き回るのだ。その内容も大きなものから小さなものまで様々。
前回の新聞では、『衝撃! ダイエット宣言していた○組の誰々が肉まんをほうばる!』、前々回では『激写! ○組の誰々と○組の誰々の密会現場!』といった内容だった。正直微妙な内容にも思えなくもないが、まあ学生のいる場でのゴシップなど大体この程度だろう。
しかし、これが意外にも人気で、発行を楽しみにしている者も少なくなかった。しかも、秘密の暴露をしてるみたいなので対象になった本人達から苦情やトラブルが起きるかと思いきや、「くそ、なぜバレた……!」「やはり周囲への注意力はまだまだ……」と己のミスを悔やみ、逆に千鶴の情報収集力を誉め称える始末。ここが探偵を育成する学園だからだろうか、普通の学校に通う生徒達とは感覚がだいぶ違っていた。
「う~ん、私もそろそろ発行したいけど、今日はスクープの気配がしないからいいや」
「気配なんか分かんのかよ?」
「そりゃあね。私は学園一の実力を持つジャーナリストだからね!」
えへん、と胸を張る千鶴。
たしかに学園一だろう。学園でジャーナリスト語ってるのは千鶴一人なのだから。
「だから、今日は情報収集お休み。一緒に課題やろ」
「じゃあお言葉に甘えて。でも、やるなら僕の部屋でやらない?」
「え~、嫌よ面倒くさい。男子寮に入るには手続きしないといけないんだから」
女子は男子寮に、男子は女子寮に入るには先生に届け出を出して許可をもらわなければならない仕組みとなっている。無断で入った場合は厳しい罰を受けることになるのだ。
「そうだけど、図書館ってどうも落ち着かないんだよな~。勉強しないといけませんよ雰囲気が充満してるから」
『アホ。図書館とは本来そういう場所だ。課題をやるのに一番相応しいだろ』
隣の机の上に座るエルが割り込んでくる。
「エルちゃんの言う通りよ。それに、資料も揃ってるんだから捗るじゃない」
「いや、のびのびというか、気楽にやりたいじゃん?」
『課題をやる者が気楽を求めるな』
「自分の立場分かってんの?」
「うっ……」
二人の正論に返せない修也だった。
「分かったよ。図書館に行こう」
『そうと決まれば早速行くぞ』
「エルちゃんも手伝ってくれるの?」
『基本はしない。私は修也が怠けないように見張るだけだ。だが、少しだけなら力を貸してやろう』
「ありがとう、エルちゃん!」
千鶴がエルをギュッ、抱き締める。
『何を言う。礼を言うのは私の方だ。修也の課題にわざわざ付き合わせてしまったのだからな』
「そりゃあ約束しちゃったからね」
『ふむ。千鶴は将来、面倒見の良い母親になりそうだな』
「いやだ~エルちゃん!」
使い魔と人間という立場を越えて、仲睦まじく会話をする二人。その様子を修也も微笑ましく眺めていた。
「んじゃ、一緒に行く――」
――ガララララッ!
修也が椅子から立ち上がろうとした瞬間、教室のドアが勢いよく開き、女子数名が立っていた。
「いた?」
「え~と……」
「あっ、あそこ!」
「見つけた!」
誰かを探して教室を見渡していたが、一人の女子生徒が修也に向かって指を差す。それから中へと入ってきて、修也の前まで近づいてきた。
「え~と……何か?」
怒った様子で修也を見下ろす女子達に、修也は恐る恐る尋ねてみる。
「何か? じゃないわよ。あんた、自分が何したか分かってる?」
「そうよそうよ。この変態!」
「クズ中のクズ!」
「……?」
突然現れたかと思いきや、変態やクズと罵られ、修也はわけが分からなかった。
「いや、ごめん。いきなり来て変態とか言われる意味が分からないんだけど?」
「すっとぼける気?」
「すっとぼける?」
「そうよそうよ。こっちはちゃんとこの目で見たんだから」
「言い逃れは出来ないわよ」
「いや、だから何が?」
「こんの……!」
すると、一人の女子生徒が修也の胸ぐらを掴み、そしてこう続けた。
「私の下着盗んだでしょうが! さっさと返せド変態!」
……。
……。
……はぁぁぁぁぁぁ!?
「いやいやいやいや! 待った待った!」
「誰が待つか! 早く返せ!」
「そうよ! 女子の下着盗むなんて最低!」
「これは立派な犯罪よ! 警察に突き出してやる!」
「だから何の話だよ!」
修也は慌てて抗議するが、女子達は怒りに満ちているのか全く聞く耳を持たない。返せやら変態を連呼していた。
「ちょっとみんな落ち着いて! 詳しく説明してよ!」
千鶴が仲裁するため間に入ってくる。それでようやく女子達は落ち着きを取り戻したのか、事情を話始めた。
「今日の昼休み、私達武道場で鍛練してたのよ」
「武道場って、一階にある?」
一階の端に位置する武道場。広さは大体テニスコート二面ほどあり、体育の授業で格闘技を習う時によく使用する場所だ。
「そう。私達はそこで空手の練習をしていたのよ。それで、昼休みが終わる十分前に練習を止めて、更衣室で着替えをしようとしたの」
「うんうん」
「更衣室に戻って着替えようとしたら、私のブラが無かったの。どこかに落ちたのかな~、と思って探してたんだ」
「ふむふむ」
「そしたら見たんだ」
「何を?」
「私のブラをくわえた白い猫が」
「……えっ?」
「……はっ?」
『……何?』
千鶴、修也、エルが同時に固まる。
「更衣室の上に、換気用の小さな窓があるでしょ? 頭ぐらいしか開かない窓。そこに私のブラを口にくわえた白い猫がいたのよ。すぐに捕まえようとしたけど、そのまま逃げられたわ。つまり……あんたが自分の使い魔に命令して、下着を盗ませたんでしょ!」
ビシッ、とエルを指差しながら告げる女子生徒。修也はようやく状況を飲み込めた。
つまり、目の前の女子生徒は自分のブラを白い猫が盗むのを目撃。そして、学園で白い猫を使い魔として側に置いている修也が犯人だと言っているのだ。
とはいえ、それは全く見に覚えのない事なので、修也は慌てて否定する。
「いやいやいや! 僕じゃないよ!」
「嘘つけ! この学園に白い猫を持つのはあんたしかいないでしょうが!」
「自分で盗むのも最低だけど、使い魔にやらせるのももっと最低!」
「探偵になる人間がそんなことして恥ずかしくないのか!」
「だから僕じゃないって!」
「白猫! 下着をどこに持っていった!」
『バ、バカ者! 私がそんな事するわけがないだろ!』
下着泥棒と間違えられ、珍しくエルも慌てふためいていた。
「ちょ、ちょっと待ってよみんな!」
「どいて羽賀さん!」
「下着泥棒をぶっ殺す!」
「ついでにそこの白い猫も、毛の全部をむしり取ってやる!」
「ひぃぃぃ!」
『や、やめろ!』
修也とエルは千鶴の後ろへと回り込み、ガクガクと震え始めた。
「みんな落ち着いて! それはおかしいよ! 二人は犯人じゃない!」
「千鶴……」
修也とエルを守るように、両手を広げて立ちはだかる千鶴の姿に、修也は感動していた。
「何でよ? 私の推理がどこか間違ってる?」
「間違いだらけだよ。よく考えれば分かるでしょ? だって……」
そうだ、千鶴。僕は名探偵を目指しているんだ。そんな犯罪に手を染めるわけない。はっきりと言ってくれ――。
「……エルちゃんはそんなことするわけないんだから!」
……えっ? エル?
「みんなだって知ってるでしょ? エルちゃんがどんな性格の子か」
「そりゃあ知ってるけど……」
「礼儀正しくて知的なエルちゃんが、そんなはしたない事するはずないじゃん!」
「いや、千鶴……僕は?」
修也は後ろから聞くが、千鶴は構わず続けた。
「今は修也の使い魔としているけど、本来はあの二階堂名探偵の使い魔だよ? 名探偵の助手がそんなことする?」
「それはまあ、そうだけど……」
「それに修也に命令して、って言ってたけど、どっちかといったらエルちゃんが主人で、修也が使い魔みたいな関係じゃん。そんなエルちゃんが修也の命令を聞くと思う?」
「こら待て。誰が使い魔――」
「……そうね。たしかにそこはありえないわ」
「納得するの!?」
「エルちゃんは使い魔という高貴な存在。絶対にそんな犯罪には手を出さないよ。みんな、エルちゃんに謝って!」
後ろからエルを抱いて突き出して、謝罪を要求する千鶴。
「ごめんなさい……」
「すいません……」
「エルさんを白猫とか言ってごめんなさい。許してください……」
『う、うむ。誤解が解けたようでよかった』
己の間違いに気付いたようで、女子達は申し訳なさそうに頭を下げて謝り、エルも許した。
「はあ~。みんな分かってくれた。良かったね、エルちゃん、修也」
「……」
「修也?」
振り向いた千鶴の声掛けに応えられず、修也は塞ぎこんでいた。
「何落ち込んでんの、修也?」
「これが落ち込まずにいられるか……」
「何でよ。下着泥棒の疑いが晴れたのに」
晴れたよ。たしかに喜ばしい事だよ。でもさ、これ……エルが信用されたからであって、僕自身が信用されたからじゃないよね?
試合に勝って勝負に負けたみたいな、なんとも言えない複雑な気持ちに修也は包まれていた。
そして、そんな修也にさらに追い討ちを掛ける音が響いた。
――ピンポンパンポン。
『一年B組、二階堂修也。至急生徒相談室へ来い。話がある。内容は言わなくても分かるな? 来なければ……バキバキバキ!』
――ピンポンパンポン。
校内放送が流れ、修也は呼び出しを食らった。声の主は橘先生だった。
「おいぃぃぃ! 疑いは晴れたんじゃないの!?」
「あっ、ごめん。ここに来る前に橘先生に報告したんだった」
「な、なにぃぃぃ!?」
「大丈夫よ。疑いは晴れたんだし」
「そうそう。問題なし」
「問題ありだろ! 最後の音聞いた!? あれ何の音!?」
「行けば分かるでしょ?」
「分かりたくねぇよ! 行きたくねぇよ!」
また恐怖で体が震え始める修也。
「まあまあ。私も付いて行くから。ちゃんと話せば分かってくれるって」
千鶴が宥めるように、修也の肩に手を置く。
「そ、そうかな?」
「そうよ。橘先生だってそこまで酷くない――」
――ピンポンパンポン。
『言い忘れていた。二階堂、来る際には遺書も用意しておくように』
――ピンポンパンポン。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!
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