委ねられた修也

「いや~、なんか面白い事になってるみたいだね~」


 あっけらかんとした笑顔を向けながら、如月学園長が生徒相談室へ入ってくる。


「学園長、立ち聞きはよくないかと……」

「失礼な。僕は立ち聞きなんかしてないよ、橘先生」

『では、なぜ今の我々の会話の内容を知っている?』

「正座して耳をドアに当てて聞いていたからだよ。だから、立ち聞きじゃなくて座り聞き。礼儀正しいでしょ?」

「……」

『……』


 橘先生とエルが呆れ交じりの視線を向けるが、如月学園長は全く気にしていない様子だった。


「事件解決に挑もうとする生徒。そして、生徒を信頼して任せる先生。いや~、理想の構図じゃないか。うんうん、いいよ~」

『それで、直也。何の用だ?』

「何の用だ、は酷くない? 僕は学園長なんだから、学園内の出来事を知るのは当然でしょ?」

『だったら、普通にドアを開けて入って聞けばいいだろう。学園長が盗み聞きなどするな』

「僕がどう聞き取るかは僕の自由じゃないか。エルさんは猫だから体は柔らかいくせに、頭はカタいな~。ぶーぶー」

『ふざけるのもいい加減にしろ、直也。さっさと要件を……』

「ぶーぶー」

『……そうか。まだふざけるか。仕方ない、後でシルフィに知らせて――』

「実は警察から連絡を受けてどうしようかと考えていた時に修也君がその犯人だというのを耳にしてここに来たんだ」


 エルに脅された如月学園長が早口で要件を口にした。シルフィとは如月学園長の使い魔のフェレットで、主とは正反対の礼儀正しい態度や言葉遣いを備えた使い魔だ。


 しかし、その使い魔であるシルフィの姿はない。おや、と思った修也は尋ねてみた。


「学園長、シルフィは?」

「ああ。シルフィはお使いに出していてね。今はいないんだ」

「お使い?」

「ちょっとした調べものをね。すぐに帰ってくるさ。それよりも、今は下着泥棒の事件だ」


 如月学園長がようやく真面目な態度を示し、部屋の雰囲気が引き締まる。


「今日の昼過ぎに、ウチの女子生徒が被害にあった。犯人は白い猫だったとの事。その知らせを受けた橘先生は警察に連絡。これまでの事件と同一犯であると推測し、その際に警察からも協力を求められた。ここまでは合ってる、橘先生?」

「大丈夫です、学園長」

「オーケー。そして、この白い猫は飼い猫の可能性が高く、飼い主の命令で下着を盗んだ。つまり、真犯人はその飼い主。猫の捜索をする事で飼い主を突き止めようと考え、その捜索を修也君達に任せた」

「その通りです」

「悪くないね。でも……ふ~む」

「どうかしましたか?」


 ここまでの流れを確認した如月学園長は、何か引っ掛かったのか思案を始めた。


「いや、足りないと思ってね」

「足りない、とは?」

「橘先生は、修也君達には猫の捜索をお願いしたんだよね?」

「はい。それが妥当な範囲だと」

「そして、逮捕は警察と僕達教師側」

「そうです」

「う~ん、やっぱ足りないな」

「いや、学園長。何が足りないのです?」

「おっと、忘れてた。修也くん。悪いんだけど、これにサインしてくれる?」

「はい?」


 橘先生を無視して、如月学園長が一枚の紙を修也の前に出した。


「いや、急に何を?」

「学園の生徒が事件の捜査をする際には、その旨を記した書類に署名をする決まりなんだ。これがないと捜査に参加できない。ここに名前を書く欄があるから。ほら早く」

「は、はい」


 如月学園長の勢いに流され、修也は言われるまま指定された部分に名前を書いた。

 

 そっか。こうして事件に関わるのか~。


 猫の捜索とはいえ実際の捜査に参加する。不安もありながら、ワクワクしているのも事実だった。ドキドキと胸を高鳴らせながら修也はペンを走らせ、名前を書き終えた紙を如月学園長に渡した。


「これで僕の判子を押して、っと。これでよし」


 胸ポケットから出した学園長の判を押し、これで手続きは終了と思っていた。だが……。


「が、学園長! それは!」


 すると、橘先生が驚きの表情と声でその場で立ち上がった。


「学園長! それを今すぐ処分してください!」

「え~? イヤだよ~。せっかく誓約してもらったのに~」


 誓約?


「彼らはまだ一年生です! それはあまりにも荷が重すぎます!」

「修也君ならきっとこなせるさ。それに、羽賀さんだっている。二人いれば問題ないさ」

「犯人が攻撃的だったらどうするのですか!」

「それも大丈夫だって。協力すれば必ず捕まえられる。橘先生は自分の生徒を信用できないのかい?」

「いや、ですが……」

『一体何の話をしている。その紙はただの捜査協力の要請だろう?』

「あっ、エルさん見ます? どうぞどうぞ」

『一体何……っ! これは!』


 覗いたエルも、橘先生の様に驚きの声を上げた。


『直也、どういうつもりだ?』

「僕からのささやかなエール」

『こんな物のどこがエールだ! 冗談にならんぞ!』


 エルが怒りの声を如月学園長へと飛ばし始めた。さすがに修也も気になったので、恐る恐る聞いてみた。


「すいません、何の話をしてるんです?」

「おっと。肝心の修也君達に見せてなかったね。はい、どうぞ」


 如月学園長がテーブルにその紙を置く。修也と千鶴はそこに書かれている文面を追った。そこには……。




【今回の下着泥棒事件において、を以下の者に一任する。一任された者は、犯人逮捕を必ず成し遂げること。必要とあらば武器の使用も許可する。尚、犯人を逃す、及び死亡させた場合は退学とする】




「んなっ!?」

「うそっ!?」


 修也と千鶴も、橘先生やエルと同じように驚愕した。いや、それは二人の比ではないだろう。


「直也――いや、学園長! これはどういうことですか!」

「どうもこうも、書いた通りのままだよ?」

「いやいや、僕と千鶴は一年生ですよ!? 一年生に全実権を委ねるなんてあり得ないでしょ!」

『修也の言う通りだ。いくら下着泥棒とはいえ、まだ犯人の詳細が分からない今、全て任せていいほど甘い事件でもない』

「何言ってるのさ、みんな。初めから犯人の正体が分かってる捜査なんてあるわけないでしょ。捜査をしてって初めて犯人が分かるんだよ?」


 丸眼鏡をクイッ、と押し上げながら真面目に言う如月学園長。


「それはそうですが、二階堂達はまだ基礎を学んでいる段階です。捜査、犯人特定、逮捕までの一連の流れをこなすのは無理です」

「基礎を学んでいるんだから無理じゃないよ。学んだ事をきちんとやれれば必ず良い結果に繋がる。それに、中途半端にやらせる方が意味がないよ。一個一個が出来ても、それが線として繋がる様にこなせないと意味がない。だろ?」

「しかし、やらせたところで成功は無理かと……」

「やらなければ成功率はゼロだけど、動けばその分成功率は上がるんだ」

『言っている事は正しいが、それはその人物に相応しいレベルを与えて成り立つ理論だ。これは修也達のレベルを明らかに越えている』

「越えているかどうかは結果で分かるよ。何もしていない今では成功と失敗、そのどちらの可能性も秘めているんだ」


 エル達が必死に撤回するよう説得するが、如月学園長は首を縦に振ることはなかった。


「さあ、この話はもうおしまい。というわけで修也君、羽賀さん、頑張ってね~」


 強制的に話を終わらせ、問題の紙をヒラヒラと振りながら如月学園長は生徒相談室から姿を消す。残された修也達の周りには重い空気が充満していた。


「どうしよう、修也?」

「どうしよう、って……」

「修也、失敗したら退学だよ?」

「いや、それは千鶴もだろ?」

「いや、サインをしたのは二階堂だけだから、適用されるのは二階堂のみ。羽賀は関係ない」

「えっ、僕だけ!?」

「あっ、それなら別にいっか」

「よくないわ!」


 ホッ、と胸を撫で下ろす千鶴に修也は突っ込む。


「くそ~、読んでたら絶対に書かなかったのに~」

『だから読ませる前に書かせたんだろうな。悪徳商法のやり口と一緒だな。直也め、何を考えている……』


 鋭い目付きで如月学園長が出ていったドアを睨むエル。


「こうなっては仕方ない。二階堂、羽賀。お前達二人で犯人を捕まえろ」

「マジですか!?」

「学園長が決めた以上、私が抗議した所で覆らない。こちらもできる限りのサポートはする」

「そんな……」


 修也と千鶴は一気に体の力が抜け、椅子に深く座り込んでしまった。

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