作戦会議

「ああ、マジでどうしよう……」

「どうしようも何も、こうなったらやるしかないじゃん」


 場所は変わって学生寮の修也の部屋。ベッドに腰掛け頭を抱える修也に、床のクッションに座る千鶴が答えた。


 下着泥棒事件を一任された修也達は、まず作戦会議を行うことにした。最初は図書館でやろうとしていたが、時刻は十七時を回っており、閉館は十七時半なのでもう利用できない。場所を思案し、とりあえず修也の部屋を選んだ。


「それに、今回一任された事で橘先生が課題は無しにしてくれたでしょ? ラッキーじゃん」

「ラッキーじゃないよ。アンラッキーだろ。僕達が逮捕まで出来ると思う?」

「それは私も自信ないけど……」

『大丈夫だ。やり方などいくらでもある』


 不安な二人に、エルが優しく声を掛けながら話に加わる。二人で解決という指令であったが、エルは修也の使い魔なので助言や事件に関わるのは問題なかった。


『逮捕と言っても、何も犯人に直接手錠をかける必要はない』

「というと?」

『例えば、犯人をおびき出して罠に嵌めるというのも一つの手だ』

「罠? 落とし穴でも掘れと?」

『落とし穴ではない。部屋にいる犯人を逃走させるが、予め逃げ道を限定させておき、警察や先生達が待ち構える場所へ誘導させる、といったものだ』

「なるほど。さっすがエルちゃん」

「んで? どうやっておびき出すの?」

『それは分からん』

「おい!」

『それはケースバイケースだ。犯人の性格にもよる。警察だ、と訪ねれば窓から逃げる者もいるし、逆に平然とドアを開けて襲い掛かってくる者もいる。現段階ではこれという案はない』

「あっ、それ犯罪心理学の授業でも言ってた」


 同様の事件だからといって、犯人の思考が常に共通しているわけではない。快楽目的もいれば遊び感覚、売買目的でやる者と様々だ。それにより、行動も対策も大きく変化する。きちんと見極め、最善の策を編み出して事に及ばなければ、さらなる被害が増えかねない。修也達は犯罪心理学でそう学んでいた。


「じゃあ、やっぱりまずは犯人の特定をするしかないのか」

『そうだな』

「となると、犯人の居場所を見つけなきゃね」

「どうやって?」

「ふふ~ん。私の力の見せ所ね」


 そう言うと、千鶴は首から下げている愛用のカメラを掲げた。


「そうか! 千鶴は情報収集に長けているからすぐに見つかるかも!」

「そう! なにせ私は学園一のジャーナリスト! 下着泥棒の情報なんてすぐに見つけて、ついでに犯人の写真も撮ってやるわ!」

『いや、それはやめた方がいい』


 光明が見えて元気が出た修也と千鶴だったが、そこにエルが水を差す。


「何でだよ、エル。今のは良い作戦だろ?」

『たしかに千鶴の情報収集力は高い。しかし、それは学園の中での話だ。実際の捜査に活用させるにはまだ未熟な部分がある』

「大丈夫だよ、エルちゃん。私ならなんとか――」

『千鶴は写真を撮ったり聞き込みをするつもりなんだろ? だが、その行動が犯人の目、耳に届くかもしれん。そうすると、犯人は逃走もしくは千鶴に攻撃を仕掛けてくる。犯人に悟られないよう調査する自信はあるか?』

「それは……」

『警察ならそこは上手く立ち回れるし、大人だから不審にも見えない。だが、千鶴はまだ子供だ。子供が事件を調査しているなんて明らかに目立つ。それが瞬く間に広まり、おそらく犯人にも伝わるだろう』

「うぅ……」


 落ち込んでみるみる小さくなっていく千鶴。さっきまでの元気が嘘のように消えてしまった。


『そう落ち込むな、千鶴。今回は危険も隣り合わせだから引き留めたんだ。さっきも言ったように、千鶴の情報収集力はかなりのもの。そこは自信を持っていい。また別の機会に頼らせてもらう』

「エ"ル"ぢゃぁぁぁぁん"!」


 急に叫んだかと思いきや、泣きながら千鶴がエルに抱き付いた。「ごめんなさい」や「ありがとう」を連発し、そんな千鶴の頭をエルが前足で撫でる。


「んじゃ、どうすりゃいいんだよ?」

『一番危険度が低い方法ならある』

「それは?」

『当初の任務通り、実行犯である猫を探すんだ』

「猫を?」

『猫を見つけて捕まえ、発信器を付ける。そうすれば飼い主の居所も掴めるし、猫探しならお前達でも不審に思われない。さらに、ダイレクトに犯人に向かっていないから危険も少ない』


 ああ~、なるほど。僕達の年代ならただ迷い猫を追ってる様に見えるかも。それに、犯人とぱったり出会っても「迷い猫を探していた」とでも言えば、その場で襲い掛かれる心配もないだろう。


 危険が少なく、かつ自分達でもやれそうなエルの提案。修也はそれを作戦として固めた。


『被害者の女子生徒は白い猫と言っていた。近隣で同色の猫を飼っている家もそうはないだろうから、見つけやすいはずだ』

「でも、猫って神出鬼没だよね? どこにいるかも分からないのに、どうやって探すの?」


 泣き付いていた千鶴が復活し、質問してきた。

  

「そりゃあ、自分で手当たり次第」

「闇雲に探したって見つからないでしょ」

「だからって、目星は付けられないぞ? 猫は狭い所が好きなんだ。家と家の隙間や自販機の下とかに入り込むんだから」

「そうなの、エルちゃん?」

『……なぜ私に聞く?』


 眉間にシワを寄せながら、エルが聞き返した。


「だってお前、猫じゃん」

『猫じゃない。使い魔だ』

「でも、見た目は猫じゃん」

『見た目は猫のようでも、存在は崇高なんだ。そこら辺の猫と一緒にするな』


 いやいや、窓際で日向ぼっこしたり毛繕いしている様子なんか猫そのままじゃん。なんの違いもないだろ。


「でも、エルちゃんの考えも聞きたいな。似た姿だから、もしかしたら気持ちも似ている部分があるかもしれないし」

『千鶴まで何を言う。私と猫は似て非なるものだ』

「じゃあ、部屋で狭い隙間によく入るのは?」

『落ち着くからだ』

「ちょくちょく出掛けるけど、目的地は?」

『特にない。その時の気分で行き先を決める』

「ルートは適当?」

『いや、目的地があれば自分で決めているルートを行く』

「尻尾が立ったり垂れたりするのは?」

『そうだな……気持ちが高まったりした時は立つな。逆に、気分が優れない時は垂れる』

「ふむふむ、なるほど~」

『こら、千鶴。何をメモしてる。今言ったのはあくまで私の事だ。猫の参考にはならんぞ』


 大変参考になっております。むしろ、もっと言って欲しい。


『それよりも修也、お前も何か考えを言え。さっきから聞いてばかりだぞ』

「そうよ。今回の一任者は修也なんだから、アイディア出しなさいよ」

「そうは言ってもな~」


 修也は腕を組んで天井を見上げながら考える。


 猫はとにかく動きが俊敏だからな~。捕まえようにも、こちらが近付けば逃げるのは間違いないし、飼い猫であっても容易く人に近付くとも思えない。何か食べ物で釣るのも悪くなけど、そう簡単には……。


「あっ」


 そこで修也はあるアイディアが浮かんだ。


「何? 何か思い付いた?」

「うん。もしかしたらいけるかも」

『ほう。それはどんな内容だ?』

「それは――」


 修也は二人にそのアイディアを説明した。

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