自己紹介

「誰だ、おっさん?」

「今言ったろう。この子の父親だ」


 腕を離され距離を取ったユウスケに、景嗣がもう一度自己紹介する。


「と、父さん? 本当に父さんなの?」


 修也はいまだに目の前にある光景が信じられなかった。


 ある事件を追っている最中に行方不明になり、連絡は一切なくどこにいるのかも分からなかった人物。会いたい会いたいと常に願っていた本人が、今自分の危機をギリギリで救った。まるで漫画にあるような展開に混乱するのも無理はない。


「ああ。僕だよ、修也。久し振りだね」


 振り向いた景嗣は笑顔で修也にそう答える。それを聞いた修也は幻ではなく現実だとようやく理解した。


 父さんだ……本当に父さんが帰ってきた!


 修也は嬉しさから、目から涙が溢れてきた。


「本当なら家に突然現れて驚かそうと思っていたのに、まさかこんな形での再会になるなんてね。修也、よく頑張った」

「うぅ、ぐすっ」

「おいおい、泣くなよ。男だろ」

「だ、だって……」

「母さんは元気かい?」

「おっさん、よそ見してる暇あんのかよ!」


 修也に向いて話している景嗣に、ユウスケがナイフを振りかざして襲い掛かってくる。


「父さん!」


 修也は声を上げた。再会の余韻に浸っている場合ではなかった。目の前には今自分を殺そうとしていた危険人物がいるのだ。


「母さんにも黙って行っちゃったから怒ってると思うんだけど、どう? 怒ってた?」

「いやいや、後ろ後ろ!」


 しかし、景嗣はそんな状況を忘れているかのように話を続けていた。


「何かお詫びに買ってあげようと思うんだけど、何がいいかな? ネックレス? 高級レストラン?」

「それはいいから! 後ろ!」

「えっ、後ろから抱き締めろ? それはさすがに恥ずかしいんだけど、母さん喜んでくれるかな?」

「違うって! 後ろ危ない!」

「死ねやこら!」


 呑気に話していたせいでユウスケは目前まで迫って来ていた。ナイフを高々と上げ、景嗣に向かって躊躇なく振り下ろす。


 ヒョイ。


「あ~、でも母さん恥ずかしがり屋だから殴られそうだな。やっぱプレゼントがいいな」


 景嗣は全く見もせず、体を反らすだけでユウスケの攻撃を避けた。


「このやろう!」


 避けられたユウスケは再び景嗣に攻撃を繰り出す。


 スカッ。


「母さん甘いもの好きだったよね。何かスイーツがいいかな。そういえば、駅の近くに有名なスイーツ店があったな」

「死ねや!」


 ブンッ。


「でも、あそこ高いんだよな~。スイーツにお金出すのもなんだが。それに、僕甘いものそんなに好きじゃないし、何を選べばいいのかも分からない」

「くそっ!」


 ユウスケは何度もナイフを振り続けるが、景嗣にはかすりもしなかった。軌道が読まれているようで、最低限の動きで簡単に避けられている。


「うん。やっぱ高級レストランにしよう。どうせ高いお金出すならみんなで美味しいものを――」

「べらべら喋ってんじねぇよ、くそが!」

「それはこちらの台詞だ」


 景嗣はユウスケが突き出した攻撃を避け、その腕を取る。その勢いを利用して一本背負いを繰り出した。固い地面に背中から強く叩き付けられユウスケが苦痛の声を上げ、無防備になったみぞおちに拳を繰り出した。


「がはっ!」

「久し振りの家族との再会を果たしたんだ。邪魔しないでくれるかな」


 たった二撃でユウスケを黙らせ、景嗣は修也の元に戻った。


「立てるかい、修也」

「あっ、うん」


 景嗣が手を差し伸べてきたので、修也はその手を握り痛みに耐えながら立ち上がった。


「ありがとう、父さん」

「なに。息子に危険が迫っているんだ。父親の僕が助けるのは当然さ」


 ポンポン、と頭を叩く行為に、そして形勢が逆転したこともあり修也は落ち着きを取り戻した。景嗣と並んでユウスケを見下ろす。


『か、景嗣様』


 そこにフラフラとしながらエルも近付いた。


「エル。君も久し振りだね。元気……そうじゃないね」

『申し訳ありません。私が付いていながら、こんな事態を招いてしまって』

「何言ってるんだい。君も僕との約束を忘れずに果たしてくれているじゃないか。その傷だらけの体がなによりの証拠だ」


 景嗣はエルを抱き上げ、優しく撫でる。


「ありがとう。君はやっぱり最高のパートナーだ」

『景嗣様……』


 エルも再会に喜びを抑えきれないのだろう。撫でる景嗣の手に身を任せつつ体を擦りつけた。


「ところで父さん。どうしてここに?」

「ああ。それは事件を追っていたからだよ」

「事件って、父さんが追っている?」

「そう。犯人がこっちに来ていてね。しかも、その犯人は――」

「二階堂君!」


 すると、このフロアの入り口から姫川が姿を現した。


「姫川さん!」

「遅れてすいません! 大丈夫ですか!?」


 姫川が不安な表情で修也を見ている。


「まあ、大丈夫とは言えませんが、命はあります」

「お友達は?」

「無事ですよ。ほら」

「そうですか。よかった」


 今も地面でのたうち回るユウスケと、縛られたままの千鶴を見て姫川は安堵の息を付く。


「んー! んー!」

「あっ、いけね。千鶴の事忘れてた」


 すっかり忘れていた修也は拘束を解くため、千鶴の側に向かいロープに手を伸ばす。


「んー! んー!」

「ごめん、千鶴。危険な目に合わせて」

「んー! んーんー!」

「こら、暴れるなよ。ロープがほどけないだろ」

「修也、彼は?」

「えっ? ああ、あの人は姫川さん。近くの交番に勤務してる警察官で、千鶴の誘拐の解決に協力してくれたんだ」


 修也は景嗣にこれまでの出来事を説明する。姫川はユウスケの側に立っていた。


「姫川さん、でしたね?」

「は、はい! 姫川一輝といいます! 二階堂名探偵ですよね。お会いできて光栄です!」


 姫川はビシッ、と敬礼をして返事した。


「姫川さん。警察はあとどれくらいで来ますか?」

「はい! あと五分程で来れると思います!」

「そうですか」


 あと五分で警察が来る。ユウスケは戦闘不能。これで本当に事件は終わり。修也はそう思った。


「姫川さん。手を上げてそこから離れてもらえますか?」


 しかし、修也はとんでもない光景を目にした。景嗣が拳銃を自分の懐から取り出し、姫川に向けていたのだ。


「えっ……」

「と、父さん!?」


 突然の景嗣の行動に、姫川と修也は固まってしまった。


「姫川さん。聞こえませんでしたか? 手を上げてそこの男から離れてください」

「に、二階堂名探偵……な、何を?」

「そうだよ父さん! 何で姫川さんに拳銃向けてるの!?」

「修也、僕の後ろに」


 景嗣は答えず、姫川から目を離さない。ユウスケに対峙してた時とは全く別物で、神経を研ぎ澄ましていた。


「姫川さん。警察はあとどれくらいで来ると言いました?」

「ご、五分程と言いましたが」

「そうですよね。では、あなたはなぜここにいるのですか?」

「なぜって?」

「警察では単独行動は許されないはずですよ」

「えっ?」

「あなたは交番勤務の人間。階級は巡査だ。仲間の警察に連絡を入れたのなら、応援が来るまでその場で待機しろと言われたはずですよ。警察なら上の命令は絶対。なのに、なぜあなたはその命令を無視して応援が来る前にここに入ったのですか?」


 そういえば、授業で聞いたことがある。警察は組織であり、自分勝手に一人では行動が出来ない。その点、探偵は組織ではないので自由に行動が出来る、と。


「そ、それは……この誘拐犯人が、近くで起きた強盗犯かもと思い、二階堂君達が心配で……」

「強盗犯?」

「はい。連絡をした際、上司からそう言われました。学園の生徒がいるなら協力して逮捕する、とも」

「本当にそう言ったんですか?」

「ほ、本当です!」

「それはあり得ない」

「な、なぜですか!」

「なぜなら、

「えっ?」


 姫川さんが目を見開いて固まった。


「学園の生徒はまだ見習い。実際の事件に加えることは出来ないはずです。実習というものもありますが、それはきちんと手続きをして許可を得ているからです」

「で、ですが如月探偵学園には、不知火さんという生徒が捜査に協力していますよね?」

「彼女は例外です。既に名探偵の称号を持つ探偵ですからね。だが、他の生徒が事件に巻き込まれた場合、学園の教師が駆け付け一般人と同様に避難をさせます。協力して逮捕するなんて言うはずがありません」

「……」

「それから、あなたが言った強盗犯ですが、今から三十分前に捕まったそうですよ? その不知火さんによってね」


 景嗣の紡ぐ矛盾点に修也も疑問を持ち始め、恐る恐る姫川を見た。


 姫川さんは警察官じゃない? でも、一緒に千鶴の捜索を手伝ってくれたよ?


 景嗣がこんな冗談を言うわけもない。だが、姫川が共に千鶴の手掛かりを必死に探してくれたのも事実。どちらを信じればいいのか修也は分からなかったが……。


「んー……ぷはぁ。修也、そいつよ! 私を連れ去ってここに縛ったのは!」


 猿轡を自力で解いた千鶴の口から決定打が出た。誘拐された本人の言葉に間違いはない。


 修也達は姫川を凝視すると、辺りに静寂が包まれた。


「……ふぅ~。さすが二階堂名探偵。この程度じゃ騙されませんね」


 オドオドしていた態度から一変。姫川はニヤリ、と笑みを浮かべると、掛けていた眼鏡を外し横へ放り投げる。それから、紳士のように恭しくお辞儀をした。


「既に顔見知りですが、改めて自己紹介させていただきます。初めましてみなさん。私は二階堂名探偵のファンであり、この誘拐事件を起こしたEでございます」

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