Eの正体
E。
姫川はそう自分を呼んだ。
千鶴を誘拐し、その旨を手紙に書いて修也に渡した姫川がE本人だった。
正体を明かしたからだろうか、自信がなくどこか暗い印象を滲ませていた姫川はもういない。堂々と自信に満ち溢れ、この状況を楽しんでいるような態度を示していた。
「姫川さん……あなたが本当にEなんですか?」
「そうです。私が彼女を誘拐し、あなたに解決するよう指示した本人です」
嘘偽りのない口振り。それは修也にも伝わった。
「どうして……」
「はい?」
「どうしてこんな事をしたんですか!」
真犯人が現れ、修也は怒りのかぎりをぶつけるように声を荒げた。
「おや、それはもう君にお伝えしているはずですよ」
「えっ?」
「ほら、手紙に書いたじゃないですか。私は二階堂名探偵のファンであり、君のお手伝いをしたい、と」
『たしかにあった。あれはどういう意味だ?』
「どうもこうも、そのままの意味ですよ」
エルの質問に姫川、いやEは両腕を広げ高らかに話始めた。
「私は二階堂名探偵の推理力に魅了されたんです! どんな些細な痕跡も逃さず、たちまち事件を解決! Sクラスである名探偵の称号を持つ探偵の中でも飛び抜けた才能! これがファンでいられずに済みますか!」
「君に称賛されても嬉しくない」
「相変わらず手厳しい。私の愛はいまだに届かないのですね」
Eと景嗣が言葉を交わすが、どこか知り合いのような話振りだ。修也はそこについて尋ねた。
「父さん、Eを知っているの?」
「知っているもなにも、僕が追っている事件の犯人がそいつだよ」
「えぇ!?」
父さんが追っている連続殺人の犯人!? 凶悪で狡猾な最重要危険人物!?
その事実を知った修也は、恐怖から一歩退いた。
「おや、修也君にも嫌われてしまったようですね。これは悲しいです!」
目元に手を添えて泣く真似をするE。ふざけているのは目に見えているが、拳銃を向けられていながらそれが出来る事に修也はさらに恐怖を覚えた。
『犯罪者でありながら景嗣様のファンを自称するか』
「いや、自称じゃなくて本当にファンなんですよ」
『くだらんな。それより答えろ。これまで殺人を犯していた貴様が、今回修也に近付いた理由を』
「だからさっきも言ったでしょ。修也君の手伝いをしたいと」
『何だと?』
「二階堂名探偵は最高の探偵。息子である修也君にもその素質があるはず。だから、親子揃って是非全国に轟く探偵になって欲しいのです。しかし、学園では苦労しているという噂を耳にしました。これはいただけない。そう思った私は、こうして事件を提供したんです」
手紙の内容そのままを告げるE。しかし、それだけとはエルも修也も思わなかった。
『その裏には何がある?』
「裏? そんなものありません。純粋に修也君に名探偵になって欲しい。それだけです」
『そんな事、信じられるわけ――』
「いや、そいつの言っている事は本当だよ、エル」
『景嗣様?』
唯一、Eの台詞を信じたのは意外にも景嗣だった。
「こいつはわざわざ私にも手紙を寄越してきたからな。修也に会いに行く、と」
『それは修也に危害を加える、という意味ではなく?』
「違う。犯罪者を信じるつもりはないが、こいつは無意味に殺人を犯さない。これまで犯してきた殺人も、こいつの中で決められたルールに沿って行われていた」
『ルール、とは?』
「それは――」
「おい、あんた……何呑気に喋ってんだよ」
地面に横たえているユウスケが話に割り込んできた。まだ立ち上がれる程ではないが、声を出せるまではいくらか回復したのだろう。
「おっと、君がいたことを忘れていました」
Eはユウスケの側まで近付き、腰を下ろした。
「約束が違うぞ。そこのガキをボコボコにするだけじゃなかったのか。本物の探偵が来るなんて聞いてない」
「ええ。私ももう少し時間が掛かると思っていましたが、考えが甘かったようです」
「何が甘かった、だ。ここから逃げられるのかよ?」
「当然です。そんな事簡単に出来ます」
「そうか。それを聞いて安心した。じゃあ、約束の金はその後で貰うぜ?」
「いいや、君に払うお金などありません」
「な、何だと!?」
「約束を破ったのは君も同じですよね? だから、お金は渡しません」
「ふざけるな! それじゃ俺の金は――ぎゃあっ!」
突然、ユウスケが苦痛の声を出した。なぜなら、ユウスケが持っていたナイフをEが腹部に突き刺したからだ。
「言ったはずですよ。人質の彼女には何もしないように、と。ですが、君は彼女に卑劣な行為をしようとした」
「て、てめぇ……!」
「私はね、私の指示に従わなかった者には罰を与えるんです。こんな風にね」
そう言うと、Eは再びナイフを刺した。引き抜くと、また別の場所に刺す。それを何度も続けた。それが当たり前のように。
痛みに悲鳴を上げ続けていたユウスケだったが、すぐに何も言わなくなり動かなくなった。
「こ、殺した、のか?」
「うそ、でしょ?」
初めて目撃した殺人の瞬間。修也と千鶴は絶句してしまう。
『簡単に殺人を……貴様はやはり!』
「違うよ、エル。こいつはそこの男がルールを破ったから殺したんだ」
『ルールとは何ですか、景嗣様!』
「そのルールは、自分が立てた計画にない行動をした場合のみ殺人をする、というものだ」
『け、計画?』
「そう。こいつは、自分で立てた犯罪の手順や方法を自分でやらず、他人にやらせるんだ」
自分で立てた計画を他人にやらせる?
「な、何でそんな事を?」
「だって、それじゃあつまらないじゃない」
修也の疑問に答えたのはE本人だった。景嗣の説明を、血で汚れた手をハンカチで拭いながらEが引き継いだ。
「僕自身でやれば問題なく出来るけど、それではつまらない。だって、簡単に出来てしまうからね。せっかく立てた犯罪があっさり成立してしまうのはなんとも味がない。完全犯罪も淡く見えてしまう。そこで、自分以外の人間にやらせる事を思い付いたんだ。他人が起こしても見事に成功すれば、その計画は一部の隙もない完全犯罪として証明され、星にも勝る輝きを放つ。それに、僕が犯罪を提供すれば二階堂名探偵が来てくれるし、彼の推理を拝める。一石二鳥じゃないか」
『つまり、貴様は犯罪指揮者というわけか』
「そう。でもさ、これまで提供してきたヤツはどいつもこいつも僕の計画には無い行動をするんだ。勝手に付け加えたり教えた通りにやらない。そのせいで手掛かりを残し、あっさり捕まってしまう。台無しもいいとこだ」
やれやれ、というように肩を透かし、今日初めての落胆を見せるE。
『なるほど。だからこれまで捕まった犯人を殺害し、側に「真犯人はこいつじゃない」というメッセージを残していたのか』
あっ! と修也は気付いた。
景嗣が追っていた事件は、犯罪を犯した者が次々と殺されていた事件だ。逮捕して解決したに見えたが、数日後にその犯人は死亡。そしてまた同様の事件が発生。逮捕するも数日後に、という事が繰り返され、死んだ犯人の傍らには手紙が置かれ、今エルが言ったメッセージが書かれていた。
「そうさ。真犯人は僕だからね。そして、計画を潰した罰を与えた」
『この外道が』
「よせよ。そんな誉められても嬉しくないよ」
景嗣の事件の全貌が明らかになった。そして、その真犯人は目の前に。だが、修也は一つ疑問に思っていた。それは、Eの体格だ。
Eの体格は見るからに細い。比較するなら、死んだユウスケの方が圧倒的に筋肉が付いていた。景嗣なら簡単に捕まえられそうなのに、どうして今日まで苦戦しているのか、と。
しかし、それの答えもすぐに判明した。予想を遥かに越える形で。
「さて、君の正体も明かされたな」
「そうだね。まあ、二階堂名探偵がいれば当然だろ?」
「だったら、今度は本当の姿を見せたらどうだ」
「えっ?」
『本当の、姿?』
修也とエルは同時に景嗣に顔を向けた。
「父さん、どういう事?」
「こいつは変装してるんだよ。本来の姿はこんなひ弱なヤツじゃない」
「あっ、戻ってもいいのかい?」
「ああ。さっきから敬語も無くなっているからな。限界が近いんじゃないか?」
「さっすが二階堂名探偵。気付いてくれてたんだね。優しい~。それじゃあ、お言葉に甘えて」
Eはパチン、と指を鳴らす。すると、Eの足下から灰色の靄が発生した。
「な、何だ?」
「ちょっと待っててね。すぐ終わるから」
靄は体全体を覆い、Eの姿は全く見えなくなる。そして十数秒後。
「あ~、やっぱこの姿が一番落ち着くわ~。正直、あんなダサい男に変装するのしんどかったのよね~」
靄の中から女性の声が聞こえた。そして、それを合図に靄が一気に霧散し、Eが姿を現した。
底の長い黒い下駄。手には紅い紙傘を広げて肩に乗せている。服は巫女のような白い装束だが、露出が多いので腕や脚は肌が丸見えで、胸元からは大きな谷間が見えている。顔も綺麗で若く、艶のある赤い長髪を後ろで束ねており、まるでモデルか何かのように美人。先程の姫川とは性別から何まで全くの別人だ。
これだけでも驚きだが、もっと驚くものが修也の目に映っていた。
「尻尾と、耳が……ある?」
そう。Eの頭の上からは二本の長い耳、そしてお尻辺りからは太いフサフサの金色の尻尾が生えていた。両者はピクピクと動いたりユラユラと揺れており、作り物ではないのは明らかだ。
「人間、じゃない?」
『この感覚……まさか!?』
「エルは気付いたみたいだね。そのまさかだよ」
そして、景嗣の口から今日一番と言っていいほどの驚愕の事実が発せられた。
「彼女の名前はエルザ。かつては
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