忍び寄る陰
「うわ、汚な」
第二の現場に着いた修也とエル。その現場の光景に修也はそんな声を漏らした。
第二現場は駅の近くにある駐輪場だった。砂利が敷かれた長方形の地面に自転車をロックするフックが左右に並んでおり、金網の向こうには線路が延び、今も電車が右から左へと走って行った。
何年も使われている駐輪場であるが、場内は係員が毎日清掃をしているのでゴミの類いは一切ない、綺麗な駐輪場で評判だったが、今は散乱している物があった。
「なんだよ、これ」
『資料がバラバラだな』
前の現場と同様、一角に机が置かれていたが、その周辺に事件の資料が散乱していた。
「千鶴のヤツ、ちゃんと封筒に入れなかったんだな」
『ここは電車が通って風が吹き込むからな。そのせいで飛んでしまったんだろう』
「ったく、しょうがねぇな」
無駄な時間は掛けられないはずなのに、余計な手間を要してしまう事に修也はイライラしながら屈んで資料を集め始めた。回収が終わると、机の上で確認をする。
『全部あったか?』
「大丈夫みたい」
資料の紙の端には○/○という形で枚数が書かれており、その枚数分はあったので紛失した心配はなかった。
『しかし、きちんとした性格の千鶴にしては珍しいな。千鶴なら封筒に戻すだろうに』
「嫌がらせのつもりなんだろ」
千鶴とは絶賛喧嘩中だ。先に来た事をいいことに、困らせようとしたのだと修也は思った。
次にまた嫌がらせをされて時間をロスするわけにはいかない。次の現場へと急ぐため、修也はすぐに資料に目を通した。
***
【第二の被害者は赤石啓子。三十一歳。パートの主婦。
その日はパートの仕事が休みで、大学時代の友人と十九時半ぐらいまで遊んでいたがその後解散し、駐輪場に停めていた自転車で帰る所を襲われた模様。
前回の事件同様、鋭利なナイフで背中に一ヶ所と腹部に数ヶ所刺された事による出血性ショック死。持ち物に財布は無く、警察は強盗殺人として調査を開始した】
***
「また既婚者だ」
前回と共通するのは、被害者が既婚者であり財布が盗まれている点。財布が無いので強盗殺人も頷けるが、強盗目的ならもっと身なりが良くお金を持っていそうな人を狙うのではないだろうか、と修也は思った。
第一の被害者の服装はヨレヨレの使い古したスーツ、第二の被害者は質素な色のファッションにイヤリング一つ。どちらかと言えば裕福ではないように見える。強盗目的ならもう少し裕福そうな人を襲うはずだ。
「となると、既婚者を狙う理由を考えるべきかな?」
『その理由は何が挙げられる?』
「例えば……独身の妬み、とか?」
『そんな理由で犯行に及ぶのか?』
「普通に考えればないだろうけど、この前授業でそんな内容の話を聞いたから」
その時の内容は、近所の住民による殺傷事件が取り上げられたものだった。毎晩のように深夜に騒がしくする隣人に、堪忍袋の緒が切れた住民が苦情を申し出たが受け入れられず、勢いに任せて自宅の包丁で切り掛かった。
犯罪者の動機は人それぞれ。その程度も一律ではない。周りには浅はかでも、当人にとっては憎悪を掻き立て殺意に繋がる。犯行の動機を考える時は先入観を持たず、犯人の性格や私生活から判断するのがベストだ、と教わった。
『ふむ。よく覚えていたな。えらいえらい』
「バカにしてない?」
『バカにしてない。むしろ感心した。修也が授業の内容を覚えていた事にな』
「まあね。僕だっていつも怠けてるわけじゃないさ。はっはっは」
『では、第一の事件と異なる部分は?』
「はっはっ……えっ?」
机に乗せた資料にエルも目を通しながら問いてきたので、修也は一瞬固まった。
『共通する部分は今挙げただろう。だが、逆に共通しないものもある。それは何だ?』
「え~と……」
修也は慌てて資料を読み返す。二回目を読んでいる時に一つ気が付いた。
「……二人目の被害者が何回も刺されている事?」
『そうだ。第一の被害者は一回に対し、第二の被害者は背中に一ヶ所、腹部に数ヶ所と刺されていた。なぜだと思う?』
「妬みを持っていたからじゃないの?」
『それなら第一の被害者も何度も刺されているはずだろう』
たしかになぜだろうと思った修也は、犯人の立場をイメージしながら背中やお腹を刺す動きをしてみた。
「……そうか。抵抗されたからか」
『そうだ。刺されて苦痛になりながらも、被害者は抵抗を図った。焦った犯人は何度も刺した。それがこの被害者の傷の多さだ』
被害者の写真が載った紙を見せながら、エルはさらに続ける。
『第二の事件では抵抗されたが、二人の被害者はお酒を飲んでいた。アルコールが入れば思考や動きは鈍くなり、抵抗されにくい。それも犯行の条件だったはずだ。また、既婚者であることを知るには行き当たりではなく、おそらく殺害する前から両被害者のすぐ傍にいたとも考えられる。同じ店で同時刻にいた人物を探せば犯人を絞れるだろう』
川の流れのように、スラスラと注目点を挙げていくエルを修也は口を開けたまま聞いていた。
『何だ、修也。その間抜け面は』
「いや、この情報からそんなに次々と出てくるから……」
『私は景嗣様の使い魔だぞ? この程度、瞬時に見極められるに決まっているだろう』
ただの口うるさい猫じゃなかったか……。
やはり使い魔と言うべきか。名探偵の助手を務める存在としては当然なのかもしれない。
「じゃあ、エル。他にも何かないか言ってくれ」
『断る』
「何で!?」
『当たり前だ。これはお前と千鶴の課題だぞ。今のはサービス。あとは自分で考えろ』
「ちぇ」
残念がる修也だが、それ以上聞く事はなかった。エルの言う通り、自分の力で解決しなければ意味がなく、一人でやるとも明言したのだから。
その後、もう一度じっくりと資料に目を通して、修也は次の現場へと足を向けた。
***
一方その頃。
学園長室にいる如月学園長は、椅子に体を任せのんびりコーヒーを飲んでいた。
「さあて、一年生は頑張ってるかな~」
『そうですね。みなさん朝から気合いを入れて課題に向かわれましたから』
傍にいるシルフィが礼儀正しく、背筋を伸ばして答えた。
『しかし、マスター。よろしかったのですか?』
「何がだい?」
『課題の中には、一年生では解決が難しいものもいくつか入っています。それは少し厳しかったのでは?』
「そんな事はないさ。これはレゾヌマンの代わりだからね。勝者もいれば敗者もいる。全員解決出来たらみんなのポイントは変動しないし、意味がないじゃん」
レゾヌマンと同様に、如月学園長はこの課題でも勝者と敗者は半々にするつもりであった。
『それはそうですが……修也様はその難問を引いてしまったみたいですよ?』
「だから?」
『いや……マスターは修也様に選抜に参加して欲しくないのですか?』
「もちろん参加して欲しいよ。でも、修也君も学生の一人。自分の力だけで取り組んでもらう。あの合宿は、きちんと探偵としての素質を選び抜いた生徒を送るものだ。たとえ親友の息子だろうと、そこに僕個人の感情を介入するつもりはない。そんな事したら不平等だろ?」
『では、修也様が課題をクリア出来なかったら?』
「もちろん選抜からは外させてもらう。けど大丈夫。修也君なら――」
「学園長! 大変です!」
突然、学園室のドアがバン、と勢いよく開くと、そこには焦りの表情をした橘先生が現れた。
「どうしたんだい、橘先生。そんなに慌てて。この前の健康診断結果で体脂肪率が増えたりでもしたかい?」
『マスター。女性に対してそれは失礼ですよ』
如月学園長の言葉には耳を傾けず、橘先生は近付くと報告した。
「事件に巻き込まれた生徒が現れました!」
「……何だって?」
ヘラヘラとした表情から一変。如月学園長の表情が引き締まる。
「近辺で強盗が発生したらしいのですが、犯人を確保したものの連行中に犯人が隙を見て逃走。その逃走中に一年生が犯人と接触し、人質に取られたようです」
「場所は?」
「駅付近との事です」
「分かった。橘先生は他の先生に声を掛けてください。それから現場に向かう班、警察から連絡を受ける班、近隣住民の避難確保をする班に分けて速やかに行動してください」
「分かりました」
「シルフィ。君はその付近で課題をしている生徒に近付かないよう伝えて」
『不知火様にもお伝えしますか?』
「もちろん。彼女にも協力してもらう」
『了解しました』
指示を受けた二人はすぐに行動を開始。学園長室から飛び出していった。
「まったく。君と関わろうとするとホント退屈しないね……景嗣」
そう言った後、如月学園長は電話に手を伸ばした。
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