犯人からの手紙
「今度は公園なんだな」
第三の現場に着いた修也とエル。そこは第二の現場からニキロ程離れた公園だった。広場を囲むように周りには木々が隣接し、そこから来ているのか入り口には『緑の園』という看板が立てられていた。
土曜という事もあり、公園内では小さな子供が楽しそうに声を上げて遊ぶ姿が見える。それを横目に見ながらポイントとなっている場所へと向かう。
「おっ、あれだな」
公園の端、茂みを掻き分けて入ると一本の木の傍に机と資料が置かれていた。今回は資料が地面に散らばっていない。
「よかった。千鶴も今回は何もしなかったみたいだな」
イタズラをされていない事に安堵しながら時間を確認すると、一三時を過ぎた辺り。制限時間は十八時。あと五時間程だ。
「やばっ、時間がない。早速中身を――」
『待て、修也』
すると、封筒に手に取り開けようとした修也をエルが止めた。
「何だよ、エル」
『……妙だ』
「妙? 何が?」
時間がないのはエルも理解しているはず。しかし、なぜ阻むのか修也は分からなかった。
『おかしいと思わないか?』
「だから何が?」
『その封筒だよ。口はどうなってる?』
「どう、って……閉じてるけど?」
封筒は糊付けされており、修也は今から開く所だった。
『閉じてるという事は、まだ開いていないという事だ』
「当たり前じゃん。まだ開いてないんだから」
『千鶴は先に来て中身を確認しているはずだろ。だったら、なぜまだ糊付けされている?』
「……あっ」
そこでようやく修也も異変に気付いた。たしかに、先に来ていた千鶴が中身を確認しているのだから封は開けられているはずだ。
『それに足下を見ろ。ここの土は柔らかく、足跡が簡単に付く。しかし、今ある足跡は私と修也のだけだ』
確認してみると、エルの言う通り地面には二人分の足跡しかなかった。
「じゃあ、千鶴はまだここに来てない?」
『そういう事になる』
「追い抜いたんじゃない? もしくは、千鶴が誤った場所に行ったとか」
『緑の園と明記され、その行き方も書いていたんだぞ。場所を間違えるはずもないし、千鶴がわざわざ遠回りする理由もない』
もっともだった。別行動をしているとはいえ、千鶴も課題をクリアしなければならないのだ。無駄な時間を使う余裕はないはず。
「じゃあ、何で?」
『……』
エルに尋ねるが、思案していて返事がない。
「エル?」
『……まさか!』
ハッ、とした表情をしたかと思うと、エルは急に走り出した。
「おいおい。エル、どこ行くんだよ!」
『修也、戻るぞ!』
「戻る、ってどこに?」
『第二の現場だ! 急げ!』
「ちょっ、待てよ!」
エルが駆け出したので、修也も慌てて後を追った。
***
第二の現場に戻ると、息も切れ切れに修也は聞いてみた。
「はぁ、はぁ……エル、どうしたんだよ」
『修也、私達が第二の現場に着いた時の状況を思い出せ』
「状況、って……」
簡単に言えば、先に来た千鶴が読み終わった資料を封筒に戻さなかった事で、地面には風で飛ばされた資料が散らばっていた。その事をエルに話す。
『そうだ。きちんとした性格の千鶴にしては珍しい、とも私は言ったな』
「けど、それは千鶴の嫌がらせだろ?」
『私もそう思った。だが、あの状況は別の意味を示していた』
「別の意味?」
『千鶴はここで何者かに襲われたんだ』
「襲われた!?」
エルの言葉に修也は驚きを隠せなかった。
『千鶴はここで資料を見ていたが、その時何者かが千鶴を襲った。それにより資料が地面に散らばってしまったんだ。何者かに連れ去られしまい、だから第三の現場に千鶴は来れなかった』
第三の現場の異変。その意味もエルの話なら説明できた。
「じゃあ、千鶴は誘拐された?」
『それは分からん。だが、これは非常事態だ。修也、学園に連絡しろ』
「わ、分かった!」
修也は携帯をポケットから取り出すと、電話を掛けようとした。
「あの~、すいません」
通話のボタンを押そうとしたその時、後ろから声を掛けられた。振り向くと、短髪で眼鏡を掛けた一人の男性が立っていた。
「何ですか?」
「も、もしかして、如月探偵学園の生徒ですか?」
「そうですが」
「よかった。実は、君にこれを渡すように頼まれまして」
そう言うと、男性は一枚の紙を差し出した。修也は受け取るとエルにも読めるようにしゃがんで中身を確認する。そこにはこう書かれていた。
***
【君と一緒に行動していた女子生徒は預かりました。無事に返して欲しければ十六時までに私の元に来てください。え? どこかって? それは自分で考えてください。君は名探偵、二階堂景嗣の息子。そして探偵を目指しているのですから、そこは推理してください。
ああ、自己紹介が遅れました。私は二階堂名探偵のファンです。名前はEと名乗りましょうか。今言ったように、私は二階堂名探偵のファンでしてね。数々の事件で彼の華麗な推理に魅了されました。いや~、二階堂名探偵はまさに探偵の中の探偵。誰もが憧れるのは頷け――おっと、話が逸れてしまいましたね。本題に戻りましょうか。
私が彼女を誘拐した理由は一つ。君が探偵になるお手伝いをしたかったからです。君は父親と同じように名探偵を目指しているのでしょう? その手助けをさせて下さい。学園では実際の事件に加わる授業があるみたいですが、それを私から提供します。それがこの誘拐です。見事に解決し、成績アップに繋げて欲しいのです。いやいや、お礼は不要ですよ。これは二階堂名探偵のファンである私からのささやかなプレゼントです。
二階堂名探偵のファンでありますが、私は君の活躍も期待しているのです。だって、君は二階堂名探偵の息子ですからね。父親のファンなら息子にも同じ気持ちを抱くものでしょ? 父親のように、華麗にこの誘拐事件を解決してください。きっと君にも名探偵になる素質があるはず。自信を持ってください。
ああ、最後に定番でありますが、この事を警察や学園に連絡した場合、彼女の命はないと思ってください。その時は即座に行動に移させてもらいますよ。それと、十六時までに私に辿り着かなかった場合も同様です。
それでは、お待ちしております。二階堂修也君。
E 】
***
「な、何だよ……これ……」
読み終えた修也は震えていた。悔しさ、怒り、恐怖、驚愕……色々な感情がない交ぜになり、言い表せられない気持ちで包まれていた。
『この手紙を渡したのはどんな人物だった!』
「えっ!? いや、よく分からないです。男性なのはたしかですけど、帽子を深く被っていて顔は……」
エルも声を荒げ男性に質問するが、犯人の詳細は知れずじまいだった。
『くそっ! 何だこの内容は! 千鶴の誘拐だけでなく、なぜ景嗣様の名前が出てくる!』
エルは怒りに満ち溢れ、フシュー、と威嚇の声をあげている。
「父さん……」
絶望という名に相応しい状況に立たされた修也は、助けを求めるかのように空を見上げてそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます