探偵の心得
終わった……。
修也は完全に戦意喪失していた。
自分なりに考えた。
問題も見逃しのないようきちんと目を通した。
最後の悪あがきとして寝ることなく資料も読み漁った。
それでも、結果は犯人を特定できず相手の方が早く推理をしてしまった。
やっぱり、僕には無理だった……。
ゆっくりと項垂れる修也。
ゴズン!
すると、修也の股間に衝撃が走った。思わぬダメージに蹲り、悶絶する。しばらくして顔をあげるとそこにエルがおり、どうやら頭突きを咬ましてきたようだ。
「エル……お前……なに……を……」
『修也。何をしている』
苦しむ修也に気遣いの声もかけず、エルは説教モードになっていた。
『お前も早く推理を話さんか』
「いや、無理だよ。もう解答は相手が先に言ったんだ。僕が話しても――」
『それがお前の答えか?』
エルの言葉に眉をひそめる修也。
『答えろ。それがお前の答えなのか?』
「どういう意味だよ?」
『どうもこうもない。相手の推理はお前の推理と同じ内容だったのか、と聞いているんだ』
「そうじゃないけど」
『だったらお前の推理を話せ。落ち込む暇などないはずだ』
「いや、でも」
自分が言うのもなんだが、相手の推理は的を得ていると修也は思っていた。もう考えるだけ無駄だ。今さら自分が話すことなどない。
『目を背けるな、見極めろ』
エルの言葉に修也はハッ、となり、目を見開いた。その言葉は……。
『覚えているか? この言葉は、景嗣様がお前に最初に教えた探偵の心得だ』
そうだ。今のは僕が小さい頃、父さんから言われた言葉だ。
修也の脳裏に、あの日景嗣から聞かされた時の記憶が呼び起こされた。
******
『名探偵に一番大事なことは見極めることだよ』
『見極める?』
幼い修也が聞き返すと、景嗣は頷いた。
『事件が起きたら、そこには様々な情報が眠っているんだ。一見変哲のないものでも、必ず犯人を示す手掛かりがある。探偵はそれを見極めるんだ。もしきちんと見極めることができないと、全く無関係の、罪を犯していない人を犯人としてしまうかもしれないからね』
『どうすれば見極められるの?』
『経験からある程度身に付くものだけど、それでも大事なのは絶対に犯人を捕まえるという、強い想いが大切だ。正面から事件に向き合わなければ、どんなに頭が良い探偵でも見極めることはできない』
真剣な表情で話す景嗣に、修也も真面目に聞いていた。
『でもね、これはどんな人にも言えることなんだ』
『そうなの? 探偵だけじゃなくて?』
『そうだよ。例えば、人は生きていれば誰でも大きな壁に何度もぶつかる。そして、その壁を乗り越えて人は成長する……』
椅子の背もたれに身体を預け、キィ、と音が鳴る。
『だけど、その壁もいつも乗り越えられるとは限らない。自分にとって高すぎる可能性がある。そういう時、まずしなければならないのが見極めることさ』
『その壁を登れるかってことを?』
『そうさ。目の前の壁は自分が登りきれるのか、それとも無理なのか。見極めずに登ろうとすれば落下して挫折という大怪我を負う。無理だと感じたら引き返し、自信がついた時に再チャレンジすればいい』
ふむふむ、と熱心に相槌を付く修也。
『でも、一番やってはいけないのは壁が立ちはだかった途端、すぐに引き返すことだ。乗り越えれるかもしれないのに、きちんと見据えずあっさり諦めてしまう。つまり、逃げてしまうんだ。そんなことをしていては人は成長できない』
『だから見極めるんだね?』
『そう。その壁と面と向き合わなくてはその見極めができない。修也もきっとこの先、何か壁や問題に立ち向かうことがあるはずだ。そうなった時は目を背けず、しっかりと見極めるんだ。それを日頃からしていれば、修也もきっと探偵になれるよ』
******
『修也。今お前はきちんと見極めたのか? 問題に立ち向かったのか?』
エルの言葉に修也は何も答えない。
『提示された情報を繋ぎ合わせ、自分の答えを見い出した結果、相手と同じ推理なら私は何も言わん。しかし、もしそうでないならお前は一体何をしたんだ?』
何も答えないのではない。答えられないのだ。
『何も答えず、考えることを放棄し、諦める。それは紛れもない『逃げ』ではないのか? 自分の推理も言わずに、立ち向かったと胸を張れるのか?』
そうだ。今の僕は一番してはいけない『逃げ』をしていた。先に推理をされたからといって、自分の推理を放棄していた。
修也は立ち上がり、ポケットから懐中時計を取りだし時間を確認した。レゾヌマン終了まであと十分。
「二階堂。お前も推理を組み立てられたのか? それとも、ここでリタイアするか?」
橘先生が尋ねてくる。
「……いえ。まだやります!」
そう返事をすると、修也は再び資料に目を通し始めた。
まだ時間はある!
修也は最後の一秒まで粘ることを決意していた。
考えろ。考え抜け。終了の合図があるまで諦めるな!
必死の思いで資料を次々と手にしては食い入るように眺める。
たとえ既に負けが確定していても、自分の答えを見つけるまでは手は休めない!
もう負けたっていい。時間がオーバーしてもいい。でも、逃げることはしない。
そんな思いで修也はモニターを操作し――。
自分の納得するまで僕は……?
ふと、修也はある疑問が浮かんだ。
……あれ? おかしくないか?
修也はその疑問に囚われ、記憶を遡る。
僕の勘違いか? いや、間違いない。でも、これはどういう意味だ?
頭をフルに回転させ、記憶の中にある綻びを一つ一つ繋いでいく。それが見事に一本の糸となり、そして――。
「……これだ」
修也の中で何かが弾け、自然とそう呟いていた。
「二階堂、あと五分だ。もし推理できないなら――」
「分かりました」
「何?」
「犯人が分かりました」
「ほう。それは対戦相手とは違う内容なのか?」
「はい」
「いいだろう。なら、お前の推理を話せ」
一呼吸し、修也は至った推理を披露する。
「まず、殺害後に身体の一部を切り取り、遺体に火をつける。同様の手口を続けていることから連続殺人であるのは間違いないです」
「その通りだ。これは実際の事件を元にした問題だからな」
「でも、もしそうなら一つ疑問が浮かびます」
「疑問? どこにだ?」
「それは、四番目の被害者が手を切り取られて火をつけられたことです」
「はあ?」という声と雰囲気が会場を包み込んだ。
「何がおかしいんだ、二階堂? 前三件と同様で何も変ではないが?」
「いいえ。この四件目だけは明らかに異質です」
「なぜそう言い切れる?」
「なぜなら、切り落とした身体の一部が被っているからです」
対戦相手が「だからなんだ?」という表情でこちらを見ている。
「被ったからどうだというんだ?」
「大ありですよ。この事件の犯人は、同じ部位は絶対に切り取らないはずだからです」
修也の推理に会場がざわめいた。
「この連続焼死体事件の犯人は、別々の部位を切るという自分のルールを設け、それに倣って犯行を続けていました。ならば、四件目でまた手を切り取るはずがありません」
「たまたま被ったかもしれんぞ」
「いいえ、それもありえません」
「なぜだ?」
「先生、以前の『犯罪心理学』の講義で言ってましたよね? 『同じ部位は二度と切り落とさない』と。あのときの内容はこの事件の犯人を例で挙げたんではないですか?」
「……」
修也の問いかけに橘先生は何も答えない。これは肯定と捉えていいだろう。
「犯人の心理から四件目はあり得ない。では、なぜ部位が被ったのか。それは、四件目は連続殺人犯の仕業ではないからです。つまり、連続殺人に見せかけた模倣犯の仕業です。四件目でようやく容疑者があがったのもこのためです」
「しかし、この事件の犯人が身体の部位を切り落とすということは近隣住民には知れ渡っている。模倣犯も当然知っているはずだ。なぜ、そんなミスを犯した?」
「簡単です。知らなかったんですよ」
「知らなかった?」
「そうです。犯人はついこの間まで九州にいました。だから、事件について知っていても連続殺人犯のルールまでは知らなかったんです」
犯人は、自分の殺人を別の人間の犯行に見せかけようとした。しかし、手口を真似るだけで法則までは気付かなかった。つまり、前三件は連続殺人犯の犯行であり、四件目だけは模倣犯の犯行。そして、修也の導き出した犯人は――。
「よって、犯人は写真家の宮下敬一です」
ブーー!
犯人の名指し直後に終了のブザーが鳴った。
「以上でレゾヌマンを終了。両者それぞれ推理を披露した、ご苦労。では、これより勝敗を言い渡す」
次の一言で退学になるかもしれないのに、修也は驚くくらい落ち着いていた。そして、橘先生の口から勝者の名が呼ばれる。
「勝者――二階堂!」
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