レゾヌマン

「では、今から説明を始める」


 斜め向かいの演説台の前に立ち、橘先生が口を開いた。


 あれから二日経ち、橘先生の指示通り修也は今レゾヌマンを受けようとしていた。会場はレゾヌマン専用に作られた「真実の語り場」。一学年全員が収容できるほどの広さを持ち、目の前には大きなスクリーンが下ろされ、修也は正面に向かい合っている。対称の位置にももう一人男子生徒が向かい合い、彼は修也の対戦相手だ。


 二人の背後には段別に長机と椅子が並び、大学の講義室のような作りになっている。そこには千鶴を始め、生徒達が座って修也達を眺めていた。


「まずは、このスクリーンにある事件の概要を流す。見逃すな」


 橘先生がそう言うと辺りが暗転し、スクリーンに映像が流された。


「今回お前達に挑んでもらうのは実際に起きた事件に、いくつか私が組み込んだものだ。元となる事件は知っているとは思うが、最近までニュースなどに取り上げられていた『連続焼死体事件』だ」


 会場に来ている生徒達が騒ぎだす。実の事件を問題として出されるのは稀であったからだ。


「被害者は四人。年齢も性別もバラバラ。四人に共通する点もない」


 スクリーンには被害者と思われる四人の顔写真が映し出された。たしかに、十代から五十代の男女が並んでいる。


「しかし、四人目の被害者が出た後、捜査上に四人の容疑者が浮かび上がった。お前達二人の手元にその資料があるので、後程確認しろ」


 修也の前には大きめの教卓のような台があり、数枚の紙が伏せてある。横にはモニターも置かれていた。


「モニターでは事件現場の写真が見れる。現場周辺の様子、遺体の状態。各自、自分で操作して見るように」


 一言も漏らさぬよう修也は耳を立てる。


「制限時間は一時間。それまでに容疑者の中から犯人を言い当ててもらう。もし、時間内に回答できなければ失格とする」


 橘先生の注意に固唾を飲む。


「情報は既にすべて二人に与えている。用意はいいか? それでは、これよりレゾヌマンを開始する。始め!」


 合図と共に、修也は紙を捲った。


 一枚目には犯行時間、場所、及び曜日が記されていた。犯行時間は夜九時~十二時の間。場所は第一の事件から公園、川沿いの茂み、路地裏、駐輪場。曜日は三件目までは火曜日で、四件目は月曜日だった。


 二枚目に続くと、そこには容疑者とされている四人の顔写真と詳細が書かれていた。


★★★


 *近藤 淳*

 三十五才。会社員。社内ではあまり評判が良くなく、お調子者でわがままな性格。どの事件の日も居酒屋で一人飲んでいたが、犯行時間前には店を出ており、アリバイなし。愛用のジッポライターを数日前に紛失。


 *加藤 竜也*

 二十六才。フリーター。近所の風俗店への呼び込みのバイトをしている。ギャンブル好きで、数百万の借金あり。以前に引ったくりや暴力事件を起こしたことのある前科持ち。数日前にも喧嘩をしたらしく、顔にはガーゼが貼られている。アリバイなし。


 *林 可奈子*

 二十一才。学生。大学で情報系を学ぶ。しかし、知人によるとミステリーを好み、犯罪心理学を独学で学んだりトリックの考案を模索しているという。二十才の時、大学の友達とトリックの実験をして二酸化炭素中毒になり、一命をとりとめるもいまだにトリック考案を続行中。犯行時刻、友達と電話をしていたと言うが、その居場所は不明。


 *宮下 敬一*

 四十一才。写真家。全国を回りながら写真を撮り、本を出版。しかし、その納めた写真で度々トラブルあり。被害者はその当事者ではないか。事件のあった日、犯行現場付近で目撃情報が上がったが、本人は否定。四件目はともかく、それまで彼は九州にいたという。


★★★ 


 次に修也はモニターを操作した。


 まず始めに現場となった四件の写真がそれぞれ数枚写し出された。どれも人気の無さそうな現場で、四人もの被害者を出しながら犯人逮捕にいけなかったのは、犯行時の目撃証言がなかったからだと頷ける。ざっと見るが、特に違和感を抱く点はなかった。


 続いて操作をすると黒い塊が写し出されたが、修也はそれが焼死体であると気付くのに数秒要した。


「うっ……」


 軽い吐き気を催すが、無理矢理抑え込み写真を凝視する。


 どの遺体も黒コゲとなり、先程見た被害者の写真の面影など微塵も残されていなかった。白いはずの皮膚、喜怒哀楽のあるはずの顔。すべてが黒に塗り潰され原形を留めていなかった。


 遺体を見終わると全体を撮っていた写真とうって代わり、今度は身体の一部のアップをした写真が出された。


 左手、耳、足、左手と順に出てくるが、修也は違和感を覚えた。何だろうとまた戻って見直すと、それぞれの部位が無いことに気付く。


 そうだ。たしか、この連続焼死体事件の犯人は被害者の身体の一部を切り取っていたんだっけ。


 犯人は殺害した後、被害者の一部を切り取ってから火をつけている。しかし、わざわざ何のために?


 いや、こんなことを考えている場合じゃない。まずは資料すべてに目を通さないと。


 頭を振り、修也は今一度犯人特定の手掛かりを見つけるため紙とモニターを眺めた。


※※※


 三十分経過し、修也は思った。


 どいつもこいつも怪しいじゃん……。


 修也は何も犯人特定の手掛かりを見つけられていなかった。


 近藤はジッポ無くすし、加藤は抵抗されて怪我したように思えるし、林は性格難で殺りそうだし、宮下はトラブルの末殺してそうだし……。


 教卓に両手をつき、焦りと不安から冷たい汗が吹き出る。


 まずい、何にも思い付かない!


 チラッ、と対戦相手を盗み見ると、彼も顎に手をあて眉間に皺を寄せている。


 どうやら相手もまだ犯人を特定できていないようだ。その様子を見て修也はホッとする。しかし――。


「分かりました」


 対戦相手の男子生徒が手をあげ、そう発言した。


 ちょ、嘘だろ!?


「よし。ならばお前の推理を聞こう」

「はい」


 修也の心境を無視するように、橘先生に促された男子生徒が推理を話し始めた。


「まず、同じ手口をしていることから四件の犯人は同一人物です。そうなると、前三件の時に九州にいた宮下敬一は除外されます」

「ほう。それで?」

「残りは三人ですが、三人ともアリバイがなく、誰もが犯人足り得ます。それぞれの人物紹介を見ても特定は難しいと僕は思いました。そこで、別の視点を捉えてみました」

「その別の視点とは何だ?」

「それは、、という点です」


 修也は男子生徒の推理を聞きながらも、それが何を意味しているのかは分からなかった。


「なぜ犯人はわざわざ手や耳を切り取るという手間を要したのか。それは、証拠を消すためです」


 証拠を消すため?


「被害者は犯人に襲われ抵抗したと思われます。揉み合いになり、その際に被害者は犯人を引っ掻いたのです。それにより、被害者の


 そこまで聞いて修也も男子生徒の辿り着いた答えに至った。


「気付いた犯人は慌てて手を切り落としました。しかし、それではあまりにも不自然であると思い、カモフラージュするため遺体に火をつけたんです」

「しかし、第二、第三の事件は鼻と足だが、それはどう説明する?」


 橘先生の突っ込みに怯むことなく、男子生徒は続けた。


「それもカモフラージュです。同様に一部を切り落とし火をつけることで、第一の事件を目立たなくさせたんです」

「なるほど。では、そのことから誰が犯人だと?」

「第四の事件で犯人は再び手を切り取っています。それは被害者に抵抗され、傷を負ったからです。つまり――」


 ああ……。

 修也は悟った。全身の力が抜け、思考も完全に停止した。


「犯人は、頬に怪我をしている加藤竜也です」


 終わった……。


 

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