探偵への長い道程

「修也。よくあの問題解けたわね」


 レゾヌマンから一日経ち、修也は千鶴と学園の廊下を歩いている。朝、橘先生から呼び出しをもらったのだ。


「う~ん、正直自分でも驚いてる。なんかこう、ビビビッ、と頭に走って気付いたら辿り着いてた」

「どこで気付いたの?」


 今でも不思議そうにしている千鶴が聞いてきた。


「きっかけは、先生の言った台詞かな」

「ん? 何か変なこと言ったっけ?」

「そこまでではないんだけと、違和感を覚えたんだ」

「どんな台詞?」

「ほら、レゾヌマンが始まる前に言ってたろ? 『情報は既にすべて二人に与えている』って」

「……? それのどこが?」


 愛用のカメラを撫でながら、千鶴は眉間に皺を寄せている。


「おかしくないか? 、って表現。既にってことは、レゾヌマン前から与えているってことだろ? 手元の資料を言っているなら『すべて』だけでいい」

「ああ、そうか。たしかに変だね」

「だろ? だから、前に何かあったっけ? と思って記憶を遡ったら犯罪心理学の講義を思い出した」


 あの時、橘先生は事件の犯人の心理について講義していた。懐中時計のことで上の空でほとんど忘れかけていたが、その内容を無理矢理思い出したのだ。そして、あの矛盾点が見つかった。


「うわ~、ギリギリじゃん。でもまあ、レゾヌマンに勝てたんだから良かったね」

「ありがとう、千鶴」


 修也は素直に礼を言った。


「しかも、実際の事件を組み込んだ問題だからポイントも高いんじゃない?」

「あっ、やっぱそう思う?」

「ランクが上がったりしてね。先生の呼び出しもその件だったり」

「いや~、そうだったらどうしよう~」

『図に乗るなよ修也』


 一緒に付いてきたエルが下から声をかけてきた。


『たった一度レゾヌマンで勝利したからといって浮かれるな。お前の実力は底辺もいいとこだぞ』

「分かってるよ。そこまでのろけちゃいない」

『そのわりには鼻の下がだらしなく垂れてるぞ』


 エルとそんなやり取りをしながら、修也は掲示板の横を通りすぎる。ここから三つ目に見えるドアが職員室で、橘先生に呼ばれた場所だった。


 しかし、修也はピタッ、と立ち止まった。


「修也? どうしたの?」


 急に止まった修也に疑問を持った千鶴が聞いてきたが、修也は答えることなく後ろ向きで掲示板の前まで戻る。


 先程通りすぎる際、目にしてはいけない、何かの間違いだと願いたい紙が張られていたような気がした。それを確認してみると――。


******

 以下の者、単位不足により補習とする


 一年B組 学番27 二階堂 修也    

******


「あれ? 修也、補習になってるよ?」


 傍に来た千鶴にも読めたようなので、これは幻ではないようだ。だが――。


「何でだよ!?」


 掲示板に食いつく修也。


「僕、昨日レゾヌマンで勝ったじゃん! 何で補習しなきゃならないんだよ!」

「聞きたいか?」


 千鶴以外の女性の声が聞こえ、誰だと思い横を振り向くと橘先生が立っていた。


「先生、何ですかこれ? イタズラですか?」

「違う。そのままの意味だ」

「いや、だって昨日僕はレゾヌマンで勝ったんですよ?」

「そうだな。ここだけの話、あの問題はポイントの高いものだ。本来なら探偵ランクにも影響していた」

「だったら何で」

「理由はこれだ」


 そう言うと、橘先生が紙の束を見せてきた。


「それって、僕が前に提出した課題じゃないですか」

「そうだ。これに問題がある」

「いや、僕、ちゃんとこなしましたよ? 最後までやりましたし、間違いはないかと」

「ほう? なら、もう一度確認してみるか?」


 課題を差し出してきたので、修也は受け取り中身を見た。自分で言うのもなんだが、不正解などなかったはず。


******

 ――以上のことから導き出される犯人の氏名を書きなさい。


 答え


         困難の分割

******


「……あれ?」

「修也、答えに書いてあるわよ」


 課題の解答欄は右下の二ヶ所にあり、一問目は左、二問目は右に書くようになっているが、修也はそれを逆に書いていた。それも、問題すべてである。


「全く。こんなくだらないミスをするなバカ者が」

「え~と……。いや、でも答えは合っていますよね? だったら、そのまま正解に――」

「たわけ。いくら正しい解答をしていても、正しい解答欄に記入しなければ不正解に決まっているだろう」


 ゴン、と頭をド突かれる修也。


「課題で全問不正解。本来なら退学ものだが、レゾヌマン勝利でそれを帳消しにし、補習で留めてやったんだ。ありがたく思え」

「そんな~」


 修也は嘆くが、ここである不安が過る。


「あの~先生。もしかして、僕を呼び出したのは……?」

「決まっている。今からその補習を受けさせるためだ」


 すぐさま修也は身体を翻す。しかし、逃げる前に襟を掴まれてしまった。


「いやだ~! 帰りたい!」

「みっちりしごいてやるから覚悟しろ。たしか寮の門限は八時だったな」

「一日がかり!?」


 ズルズルと引きずられながら連れ去られていく修也。


「エ、エル! 千鶴!」


 助けを求めるが、エルは知らん振り。千鶴は笑顔で手を振っていた。助ける気ゼロのようだ。


「だ、誰か。誰か助けてくれ~!」


 廊下に修也の叫びがこだまする。


 修也の名探偵への道は、どうやら遥か彼方まで続いているようだ。

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