第二章
今日も一日張り切って
「――ぬおぉぉぉぉぉ!」
レゾヌマンをした日から一ヶ月ほど後。修也は雄叫びを上げながら全力疾走していた。
場所は探偵を目指す子供達が集う如月探偵学園の所有地で、学園からバスで約一時間ほど離れた山だ。名前はシャーロック山。由来は当然、かの有名な名探偵シャーロック・ホームズから取ったもの。探偵学園らしい命名だ。標高は約千メートル近くあり、夜になれば頂上から見渡せる都会に灯る夜景が生徒達の間で人気だった。
とはいえ、修也は別にその夜景を見に来たわけではない。現時刻は十時を過ぎた辺りで夜景を見るには早いし、服装は動きやすいジャージ姿。こんな格好ではロマンも何もない。
では、なぜ修也がこのシャーロック山にいるのかというと……。
「だ、誰か助けてくれぇぇぇ!」
修也は山の頂上を目指すのではなく、斜面を必死の思いで降っていた。それは、あるモノから逃げるためだ。そのあるモノはというと……。
……バキバキバキッ! ゴロゴロゴロゴロッ!
木々を薙ぎ倒しながら転がる巨大な丸い石だった。
「ちくしょおぉぉぉ! 答えはBだったかぁぁぁ!」
修也は先程の問いに対する間違いを嘆いた。
修也がシャーロック山にいる理由。それは、授業のためだった。
今日の午前中は体育の授業が当てられており、修也のいるクラスはその授業のためにこの山に来ていた。内容は、昼の十二時までに頂上に辿り着くこと。
探偵に必要なのは推理をする頭脳だけではない。体力も必須だ。ただ校庭を走るよりも、起伏の激しい山登りは走るだけでなくよじ登ったりと、体全体を使うのでその効果が高い。そんな理由から度々体育の授業でこの山を利用することがあった。
しかし、この授業はただ頂上を目指すだけではなかった。途中、所々に設けられているポイントで問題を解答しながら登らなければならず、また山の至る所にはトラップが仕掛けられており、修也達生徒はそれを回避しながら登る。それがこの体育の真髄だった。さすがは探偵を育成する学校。ただでは済まない。
「せっかくここまで来たのにぃぃぃ!」
修也は中盤までは問題なく来れ、ポイントを見つけて問題を回答。だが、答えが間違っていたのでそれにより作動した丸石トラップに捕まり、今必死に逃げていた。
早く回避しなければここまで登った苦労が無に帰してしまうが、追い掛けてくる巨大な丸石からは中々逃げられない。そして、そんな苦労を受けているのはなにも修也だけではなかった。
「お~い、誰か降ろしてくれ~!」
「誰かここから引き上げてぇぇぇ! 私、狭い所苦手なのよぉぉぉ!」
「あばばばば! し、しびりぇるぅぅぅ!」
ロープで逆さ吊りにされる者。
落とし穴に落ちた者。
電気ショックを受ける者。
あちこちで数々のトラップに掛かり、助けを求める生徒の叫びが木霊する。助けてやりたいのは山々だが、修也も自分の事で一杯一杯だった。
「くそっ、どうすれば……」
逃げながら修也は回避する術を考えていた。すると……。
「修也~!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、修也はその方向に目を向けてみる。そこには、クラスメイトの羽賀千鶴が手を振りながら走ってきていた。
「千鶴!」
修也に向かって真っ直ぐ千鶴が近付いてくる。
まさか、ピンチの僕を助けに来てくれたのか!?
その行動に嬉しくて涙が出そうになりながら、修也は助けを求めた。
「千鶴。よかった、助けてく――」
「助けて~!」
「……?」
聞き間違いだろうか。修也の耳に「助ける」のでなく「助けて」と届いたのは。
「いや……助けて、って、それはこっちの台詞――」
――バキバキバキッゴロゴロゴロゴロッ!
千鶴の後を修也と同じ巨大な丸石が追ってきていた。
お前もかいぃぃぃ!
感動は一気に吹き飛び、横に並んだ千鶴に叫んだ。
「なにしてんだよ、お前!」
「いや~、失敗しちゃった。テヘッ」
頭を掻きながら千鶴は答えた。
「テヘッ、じゃないよ! せっかく助けてもらおうと思ってたのに、これじゃどうしようもないじゃないか!」
「私も修也に助けてもらおうと思って来たんだよ。だから助けて」
「出来るか! 同じトラップ食らってる最中なのに!」
「修也が私のトラップも請け負えば万事解決でしょ?」
「僕を生け贄にするつもりか!?」
「男なら女の子を守るべきじゃない?」
「自分のことで精一杯です!」
「ここは僕に任せて先に行け、が今流行りらしいよ?」
「そんな流行り知らんわぁぁぁ!」
走りながら二人は言い合う。
「ところで、修也は何でトラップに引っ掛かったの?」
「僕? 僕は問題を間違えたら作動した」
「どんな問題?」
「え~とたしか、『致死量一五〇~二〇〇グラム、口から摂取した場合胃酸によりシアン化水素を発生させて肺に侵入し、細胞内低酸素を引き起こし嘔吐や目眩、頭痛を引き起こす毒物は次のうちどれ?』だった」
「青酸カリ」
「即答!?」
「いやいや、基本中の基本じゃん」
あっさりと答えた千鶴に修也は落胆。ちなみに、修也は『A:テトロドトキシン B:青酸カリ C:アコニチン』のうちCのアコニチンと答えた。
「修也、それを間違ったの?」
「だから今逃げてるんだよ」
「青酸カリ知らなかったの?」
「知ってるよ。けど、その発生過程や詳しい症状は知らなかった」
「内容覚えてなきゃ知らないことと一緒でしょ」
「うっ……」
正論の千鶴に唸る修也。
「千鶴はどんな問題だったんだ?」
「私? 私は普通のトラップに掛かったの。いやでもさ、あのトラップは誰でも引っ掛かるよ」
「どんなトラップだったんだ?」
この山にはどんなトラップが仕掛けられているか分からない。頂上を目指すためには、こうした情報交換は不可欠だろう。一つでも多く知ることでクリアの可能性が上がるのだから。
「一本の木にボタンが付いてて……」
「ふむふむ」
「上に『絶対押すな』って紙が張ってあったのよ」
「ふむふむ……ふむ?」
おい待て……まさか?
「千鶴、お前それを?」
「押した」
「押すなよ!」
修也の予想的中。子供でも犯さない過ちを千鶴はやっていた。
「丁寧に書いてあるのに何で押すんだよ!」
「押すなと言われたら押したくなるのが人の性、ってやつね。しょうがない」
「しょうがなくねぇよ!」
「だって、押すなと言われて押さなかったら勿体ないじゃない。何か面白い画が撮れるかもしれないのに。なにもしないなんてジャーナリストとしてのプライドが腐るわ」
「そんなプライドはいっそ腐り落ちてくれ!」
基本中の基本を間違った修也だが、千鶴も負けてはいなかった。個人で学園新聞なる物を発行している千鶴だからか、変なジャーナリズム精神がこの事態を引き起こしたのだろう。今も大事そうに愛用のカメラを首から提げている。
「まあ、やったもんはしょうがない。じゃあ修也、あとよろしく」
「よろしく、って何が?」
「よっ!」
「あっ!」
走っている途中、少し開けた部分に出た。そこに着くと千鶴は横に飛んで丸石の追撃から回避。そのおかげで、修也は千鶴の分の丸石も背負うことになった。
「千鶴、お前ぇぇぇ!」
修也は二個の丸石に追われながら山の斜面を降り続けた。
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