怒濤の攻撃
「くっそ~、千鶴のヤツ……後で一発殴ってやる」
なんとか二個の丸石から修也も逃れ、再び山を登っていた。
時間は既に十一時。またトラップを起動させて下まで降ってしまったら時間に間に合わないだろう。そう思った修也は慎重に足を進めた。
「トラップは余計だけど、たしかに良いトレーニングになるな、これ」
改めて歩きながら確認してみたが、このシャーロック山は思った以上に傾斜があると修也は思った。人の手で整えられた道はなく、雨風で抉れた土や倒れた木々、土から顔を出した木の根もちらほら見え、自然のままの状態だ。そのせいか足場はボコボコと荒れている場所も多く、一歩踏み出す度に足腰に力を入れる必要があった。十分に足元を注意しながらでないと大変危険である。
「探偵って、ホント厳しい仕事なんだな~」
探偵は頭脳派のイメージを持つ者も多いだろうが、実は肉体派と両方を兼ね備えていなければならない職業だ。
手掛かりを繋ぎ合わせ、頭脳をフル活用して犯人を突き止める。しかし、犯人とバレて大人しく捕まる者は少数だ。大抵の犯人は抵抗や逃亡を図る。
その時、探偵はただ何もせず黙って立っているわけにはいかない。襲いかかってきたら反撃しなければならないし、逃亡すれば追いかける必要がある。警察という組織もいるが、いつも側にいるわけではなく、推理だけして逮捕や追跡は警察に任せる、なんて自分勝手が通じるわけがない。探偵も動かなければならず、そのためには肉体を鍛えていることが不可欠なのだ。
今日は体力、筋力増加が目的であるが、体育の授業では他にも柔道、空手、柔術にジークンドー等本格的な格闘技術を修也達生徒は学んでいる。名探偵の称号を持つ者はほぼこれらを全て修得していた。まだ一年生であるが、名探偵を目指す修也もゆくゆくは身に付けなければならないだろう。
額からは汗が流れ、体全体にも疲労が溜まりながらも、なんとかトラップを発動させることなく修也は登り続けた。
「よし、これでだいたい八割ぐらいまで来たな。あともう少し……」
『遅いぞ、修也』
背丈ほどの斜面をよじ登ると、頭上から声が掛けられた。顔を上げると、石の上に座る白いネコ、修也の使い魔であるエルがいた。
「エル。こんな所で何やってるんだ?」
『手伝いだ』
「手伝い?」
『橘先生に頼まれてな。この体育の授業に力を貸して欲しい、と』
橘先生は修也のクラスの担任だ。厳しい先生と学園では恐れられ、愛用の鞭を振るいながら授業を教えるその姿から、一部では『女王橘』と陰で呼ばれている。
『それに、私自身も協力する理由がある』
「理由?」
『お前だ、修也』
僕? と、修也は自分を指差した。
『お前の成績は底辺だ。それも、退学ギリギリを免れるほどにな。毎日のように課題を与えられ、補習補習の連続。さすがの私ももう黙って見ているわけにはいかなくなった』
「そこまで言わなくても……」
『事実だろうが』
「うぅ……」
エルの言う通りなので修也は何も言い返せなかった。
『本来の私は景嗣様の使い魔だ。だが、今はお前の使い魔として側にいる。つまり、お前の恥は私の恥であり、景嗣様の恥にも繋がる。だから、お前を鍛えるために賛同したんだ』
偉大な名探偵の息子が退学ギリギリの存在。そこには修也も落ち目を感じていた。
『というわけで、今から問題を出す。修也はそれに答えろ』
「分かった」
父のような名探偵を目指す。その志は変わらない。その目標に辿り着くためにも、この授業をクリアする。そう決意して修也は頷いた。
『ちなみに、これに答えられなければまた下から登ってもらう』
「嘘!? 今からやったら間に合わないよ!」
『だったら正解するんだな。喜べ。ここでクリアすればあとはトラップ無しで頂上に辿り着けるぞ』
焦った修也だが、エルの言葉にやる気が上がる。つまり、ここが最終ポイントということだ。これさえ乗りきればクリアも同然。それに、エルがいるならヒントを与えてくれるやも……。
『先に行っておくが、私はヒントはやらん。全部自分で考えてもらう』
「あっ、ダメ?」
『当たり前だ。私は甘やかさん』
ちっ、と修也は心の中で舌打ちした。
まあ、いいか。ここで頑張ればあとはゴールするのみ。絶対正解してみせる!
修也は最後の人踏ん張りと気合いを入れ、エルの出す問題に耳を傾ける。
『では問題を提示する。第一問!』
――バンっ!
問題を聞き逃さないよう耳を立てるが、エルが問題を言おうとした瞬間、何かが発射されたような音が聞こえた。
「何だ? 今の音――ブッハァァァ!」
突然、修也の顔面に衝撃が走った。何かを食らったらしく、修也は地面に背中から倒 れた。
『人は死ぬと体の機能が停止する。しかし――』
「ちょちょちょ、待った待ったエル!」
倒れたことに全く気にも留めず、問題を口にするエルを修也は止めた。
『何だ、修也。問題をしっかり聞け』
「いや、こっちだって聞きたいよ! でも、何かが僕の顔に飛んできたんだよ!」
『ああ。それはバレーボールだ』
「バ、バレーボール?」
足元を見てみると、たしかに白いバレーボールが転がっていた。
「何でバレーボールが飛んできたの?」
『それがここの課題だ』
「課題?」
『今から私は問題を喋る。その間、あちこちからバレーボールが飛んでくるんだ。修也はそれを上手く避けながら答える』
「いやいやいや! なにそれ――グッハァァァ!」
またどこからかバレーボールが飛んできて、修也の横顔にヒットした。
『バレーボールはどこから来るかは分からん。周りを警戒しろ』
「警戒しろ、って……」
『ちなみに、バレーボールの球速は百キロだ』
「速くない!?」
『速くない。小学生から中学生の投手ぐらいのスピードだぞ』
「いやいや、それでもどこから来るか分からないんだから避けるのは無理! というか、なんの意味が!?」
『どんな状況でも冷静になり、答えを導くための訓練だ』
「これ訓練というより罰ゲーム――うわっ!」
また頭に飛んできたバレーボールを辛うじて避ける修也。
『では改めて第一問!』
バンッ! バンッ! バンッ!
「うわ! わっ! わっ!」
今度は連続で飛んできた。
『人は死ぬと体の機能が停止する。しかし、約二時間から三時間で顎を始めとし、徐々に体が固くなる現象を何と言う?』
「うわ! とっ! ひえぇぇぇ!」
『修也、さっさと答えろ』
「え~と……うわっ! 死んでから体が……ぬおっ! 固くなる……」
『あと五秒で答えないと不正解とみなす』
「たしか……あっ! 死後報告! どわっ!」
『死後硬直だバカたれ。不正解』
「間違った!?」
『報告してどうする。だいたい誰が報告するんだ』
「そんな……」
『ったく。言い忘れてたが、一問間違う度にボールは一球ずつ増えるぞ』
「嘘!?」
バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
「ひえぇぇぇ!」
『では第二問! 人は首の頸動脈を絞められた場合、確実に死に至る時間はどれくらい?』
「わわわわわっ! え~と……さ、三分! 痛ったぁぁぁ!」
『十五分だ、アホ。お前は授業で何を聞いてるんだ?』
「くおぉぉぉ!」
『ちなみに、五分では後遺症が残り、十分から死の確率が上がる。確実とされるのは十五分からだ。三分はカップラーメンが出来る時間だろ』
「五分のもあるよ!」
『どうでもいい知識はあるんだな。また不正解だ』
「また増えるぅぅぅ!」
数が増えるほど回避は難しくなる。しかし、ただでさえ学力底辺の修也が正解するのは困難なのに、同時にボールを避けるのは不可能だった。
三問目以降も修也は不正解を連発し、体にバレーボールを食らい続ける。結果、修也はエルのいるポイントでノークリア。また下山して登る羽目になった。
修也の言う通り、もう一度下山してからでは時間が足りなくなり、登っている途中でタイムリミットを告げる笛の音が頂上から鳴り響いた。
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