犯人との対峙

「着いた」

『ここで間違いないようだな』


 光を頼りに巡ってきた修也達三人。そこは市街地から少し離れた廃ビルだった。


「ここに友達が捕まってるんですね」

「間違いないです」

『修也、時間は?』

「十五時五十分」

「ギリギリでしたね」

『安心するのは早い。千鶴を見つけるまでは油断するな』


 気を引き締め、修也達は廃ビルの中へ入っていった。


 廃ビルとなって時間がだいぶ経っているのだろう、中は錆の匂いや湿った空気が充満しており鼻につく。なるべく足音を立てないよう注意しながら、あちこちには放置された鉄骨やコンクリートの固まりがあり、それが幸いして身を隠しながら進むことが出来た。


 千鶴、どこだ?


 修也は辺りを見渡し、耳を澄ませる。すると、微かに物音がしたような気がした。それはエルと姫川にも聞こえたようで、発生したと思われる奥の入り口の側まで近付く。


「んー! んー!」

「うるせぇな。黙ってろよ」


 苦悶の声と一人の男性の声がはっきり聞こえた。修也達は気付かれないよう壁際から顔を覗かせる。


「いた!」


 体をロープで縛られ、口には猿轡をされた千鶴が見えた。その傍らには二十代らしき一人の男性。服装も姫川の言っていた通りのもの。あれが犯人に違いない。


『縛られてはいるが、無事みたいだ』

「よかった」


 とりあえず千鶴が生きていたことに安堵する修也。それからまた身を潜めると三人は小声で話し合った。


「さて、どうする?」

『入り口はここしかない。正面から出ていくしかないな』

「三人で一斉に飛び込みますか?」

『それはダメだ。人質の千鶴が側にいる。すぐに盾にされるのがオチだ』

「では、どうすれば?」

『姫川さん。あなたは外に出てください』

「えっ? どうしてですか?」

『警察に連絡するためです。場所も犯人も分かった。もう言いなりになる必要はない。警察が来るまで私と修也で時間を稼ぐ。あなたは外で状況を説明してくれ。早く!』

「わ、分かりました!」


 姫川は足音を忍ばせながら急いで外へ向かった。


『というわけだ、修也。出来るな?』

「当然」

『隙が出来れば私達で千鶴を助けるぞ』

「うん。よし、行こう」


 意を決した修也とエルは犯人の前に出た。


「おい、千鶴を離せ!」


 修也の声に犯人が振り向いた。


「何だ、お前?」

「そこにいる千鶴の友達だよ!」

『千鶴、無事か!?』

「んー! んー!」


 千鶴は猿轡で喋れなかったが、修也とエルが現れたことに表情が明るくなった。


「友達? ……ああ。お前がそうか」


 男性が正面に体を向ける。よく観察して見ると帽子からはみ出た金髪が窺え、首にはシルバーのネックレス。コンビニの前で戯れるチンピラの一人の感じだった。


「あんた、何で千鶴を誘拐したんだ! 用があるなら僕に直接来ればいいだろ!」

「……あん?」

「何が父さんのファンだ。何が探偵になる手伝いだ。誰もそんな事頼んでないし、あんたのやってる事は立派な犯罪だ!」


 修也は犯人に向かって叫び続ける。注意を千鶴から離し、時間を稼ぐ目的のためだ。


「たしかに僕は父さんみたいな名探偵になるのが夢だ。今は成績は良くないし、実際の事件を解けば上げるのも事実だから出来るなら取り組みたい。けど、大事な友達を危険な目に遭わせてまで成績を上げたくない。そんな事したって嬉しくないぞ!」

「はぁ? 何の話だ?」

「とぼけるな! 僕に手紙を渡しただろ!」

『言え! 貴様の目的は何だ!』

「あのよ、てめぇら一体何の話――」


 デーデーデデーン、デーデーデデーン。


 そこで突然メロディーが鳴り響いた。どうやら犯人のスマホからのようで、ポケットから取り出すと中身を確認する。


 こいつ、こんな状況なのに呑気にメールかなんか見てる。余裕だってか?


 焦る様子もなく、犯人はしばらくスマホを眺めていた。


「……ああ、うん。そうだ。俺がこの女を誘拐したんだ」


 スマホをポケットに戻しながらようやく犯人が口を開いた。


「何の目的でそんな事したんだ!」

「それを言う必要はないな。自分で考えろ」

「何だと?」

「とりあえず、ここまで辿り着いた事は誉めてやる。おめでとう」


 そう言うと、犯人は拍手を始めた。何もない空間だから異様に鳴り響き、耳障りな音として修也に届く。


 拍手がこんなに腹立たしいの初めてだよ。今すぐ耳を塞ぎたいぐらいだ。


 腹の底から沸き上がる怒りの塊。声でも出して止めさせたい所だが、修也は優先すべき事を見据えていた。


 さて、どうする? たぶん姫川さんは連絡を入れたばかりだろう。警察が来るまではまだ時間が掛かる。なるべくこの状況を維持して……。


『修也!』

「何――がはっ!」


 エルの掛け声に反応した瞬間、腹部に衝撃が走り修也は後方に吹っ飛んだ。


「ああ、わりぃわりぃ。隙だらけだったから思わず蹴り入れちまったわ」


 修也のいた位置に犯人が足を延ばした状態で立っていた。


 い、いつの間に……。


 ホンの二、三秒だったであろうが、修也が考えに集中していた隙を見た犯人は一気に近付いて攻撃を仕掛けてきた。何の前触れもなく、いきなりだ。


「今のは綺麗に入ったわ。我ながら最高の一撃。俺かっけー」


 蹴りを食らわせた自分に酔いしれる犯人。強烈な痛みにその場で苦悶しながら修也はその犯人を見返す。


「何? その目。なんか腹立つんですけど」


 犯人はゆっくりと修也に近付き、今度は踏みつけようとしてきた。痛みに耐えながら修也はなんとかそれを回避する。


「避けんなよ」

「避けるに決まってるだろ」

「てめぇはただのサンドバッグだ。大人しく俺に殴られたり蹴られたりしてろ」

「ふ、ふざけるな」


 口では抵抗するが、暴力を何とも思っていない犯人の言動。修也は初めて本物の恐怖というのを感じた。


 怖い。でも、犯人は千鶴から離れた。これでエルが近寄れる。


 修也の思った通り、エルが千鶴に駆け寄りロープを解こうとしているのが目に映った。


「自分が囮になり、あの猫は女を助ける。そんな所か」

「何の話だ?」

「浅はかだな。手に取るように分かるぜ。けどバカだ。俺がそんな簡単に人質の解放を許すと思ってるのか?」


 そう言うと、犯人はポケットからボタンのような物を取り出し、スイッチを押した。


『ぐあっ!?』

「んー!?」

「エル!? 千鶴!?」


 バチッ、という音が響くと、千鶴は苦しそうな呻きを上げ、エルはその場で倒れてしまった。


「あのロープの中には電線が入っているんだ。このスイッチを入れると電流が走る。結構痛いんだぜ、あれ」

「てめぇ!」

「あそこの二人に電気をを流して欲しくなかったら、てめぇは大人しく俺のサンドバッグになれ。こんな風にな!」

「ぐあっ!」


 再び犯人は修也の腹に容赦なく蹴りを食らわす。それから両手を広げるとこう叫んだ。


「さあ、ショータイムの始まりだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る