名探偵への道
課題をクリアした一週間後。
修也は学園長室のソファーに腰掛けていた。
「修也君。体の調子はどうだい?」
「あ、はい。まだ少し痛みはありますが、もう大丈夫です」
『大したことなくて何よりです』
「ありがとう、シルフィ」
体調を聞いてきた如月学園長とシルフィに修也は元気に答えた。
意識を失ったあの日から、修也はまる一日眠りに付いていた。目を覚ました日からも体のダメージで思うように動かず、今日まで授業を休んでいたが、ようやく動けるまでに回復したのだ。
「修也、無理はするなよ」
「大丈夫だよ、父さん。さすがにもう寝てるのは飽きたから」
『そのわりにはグースカ寝ていたがな』
「うっさい、エル」
心配そうに隣にいる景嗣が顔を覗かせ、嫌みを付け加えてくるエル。
『はっはっは! 骨折ならまだしも、ただの打撲で一週間寝込むとは軟弱なヤツだな』
「グリード、口を慎め」
『へいへい、お嬢』
「お嬢は止めろ」
『了解、お嬢』
対面でいつもと変わらないやり取りをする不知火生徒会長とグリード。
今、学園長室には学園にいる名探偵達が集まっていた。だが、修也の身を案じてただ集まっているわけではない。
「さて、と。全員集まったわけだし、本題に入ろうか」
如月学園長が自分の机に座り、真剣な表情と声に修也達は居座いを正す。
「内容はもう知ってると思うけど、一週間前に現れた景嗣が追っている事件の犯人、エルザについてだ」
そう。これから話すのはエルザに関する事だ。凶悪犯罪者と認定され正体も判明した今、これからの対策を考えるためだった。
「あの、二階堂名探偵。いまだに信じられないのですが、犯人は本当に使い魔なのですか?」
「本当だよ、不知火さん。彼女は赤井名探偵の使い魔だったが、その主人を殺した。それから犯罪を繰り返している」
『主人殺しの使い魔、か。信じられねぇな』
「信じられなくても事実だ」
『しかも、人に化けれる能力も持つのでしたね。これは厄介です』
『そうだな。指名手配で顔を提示しても意味がない』
口々にエルザについて話す名探偵達。その光景は圧巻だった。これだけ名探偵が一ヶ所に集まる事などそう多くない。新聞の記事にもなってもおかしくないほどだ。修也はここに自分がいるのは場違いではないかと思い始めていた。
「エルザは今まで日本全国を渡って犯行をしていたが、今度はここ東京を拠点にするようだ。僕達の前から去る際にもそんなことを言っていた。だから、これからは東京で犯罪が多発すると思われる」
『いやいや、多発する前に押さえるべきだろ。何を悠長に』
『アホウか、貴様は。それが出来るならわざわざこうして集まったりしない』
『んだとコラ、駄猫。ああ、てめぇは何も手出しが出来なかったんだな。はっはっは!』
『だったら、貴様はヤツと対峙して取り押さえる事が出来る自信があるのか?』
『……』
エルの問いに、グリードは笑いを止める。いつもなら余裕だ、とか言いうだろうが、舌打ちを返すだけだった。
「あの~、一ついいですか?」
「なんだい、修也君?」
「ずっと疑問に思っていたんですが、エルザは正体を現した時、その……人の姿をしていました。使い魔って、普通動物の姿のはずですよね?」
エルは猫。グリードは梟。シルフィはフェレット。使い魔は通常、動物の姿をしているはずだ。しかし、エルザは耳と尻尾を生やした人の姿をしていた。まるで獣人のように。
『あれは
修也の疑問に答えたのはエルだった。
「人化の技?」
『実は我々使い魔は、人の姿になれる能力を持ち合わせているんだ』
「えっ、じゃあエル達も?」
『ああ。使い魔にも探偵のようにランクというものがあって、主人の元で使い魔として経験、知識が備わるとランクが上がっていく』
使い魔にもランクが存在する。そんな話を修也は初めて聞き、軽く驚いた。
『その知識、経験が遥か高みまで登りつめた時、我々使い魔は人化の技が使えるようになる』
『ただ、そういったものは一朝一夕で身に付くものではありません。本来、人化の技を得るには何十年という歳月が必要です』
「じゃあ、エルザはそれだけの経験をしたってこと?」
「いや。エルザが赤井名探偵の使い魔になったのは五年前だよ」
五年? たったの? それじゃあシルフィの説明と合わないじゃないか。
『五年で人化の技を得ることは通常なら不可能です。ですが、一つだけその短期間で得る方法があります』
「その方法は?」
『犯罪に手を出すことです』
シルフィの出した答えに、修也は固まった。。
『人化の技は、ただ私達使い魔を人の姿にするだけではありません。力、俊敏性、忍耐、頭脳といった能力も大幅に上がり、そうすれば主にも大いに貢献できます。ですが、そのためには犯罪に立ち向かうのではなく犯罪に身を染めなければなりません。名探偵のパートナーとしては本末転倒です』
『特に、殺人といった重罪を犯せば人化の技はより早く得られる。故に、我々使い魔の間では主に付いて短期での人化の技は忌み嫌われ、禁忌の技として伝わっている』
『しかし、エルザってヤツはそれを犯した。そして、人化の技を得たエルザは俺達使い魔が束になっても歯が立たない。それは名探偵も同じだ』
エルザと対峙した時、なぜ景嗣が発砲しなかったのか。なぜエルは尻尾を丸めて弱気になっていたのか。これで合点がいった。
「人化の技を得たエルザは生半可な対策では太刀打ちできない。もう僕一人ではどうにも出来なくなった」
「だから景嗣は探偵協会に協力を求め、全ての探偵に警戒を促した」
「そういう理由も含めて、私達は学園長室に集められたわけですね」
「そういうことさ、不知火さん」
名探偵が束になっても太刀打ちできない。エルザはそれほどの相手という事。そんなバカなと笑い飛ばしたい所だが、学園長室に包まれた不穏な空気はそれが真実だと如実に表している。
「これからは名探偵総出でエルザを追い詰めていく。不知火さんを呼んだのも名探偵として協力を扇ぐと共に、エルザが近付いてくる可能性を視野に入れ、これからの捜査には警戒をしてもらうよう注意をするためだよ。オーケー?」
「分かりました」
「それから、修也君も気を付けて」
「僕もですか?」
「エルザはこれまで僕だけを相手にしていたが、修也にも目を付けた。おそらく、これから何かしらの接触を図ってくる可能性がある」
『それを伝えるために、この場にお前も呼ばれたんだ』
名探偵達の中になぜ自分がいるのか、その理由がようやく分かった修也だった。
エルザがまた姿を現す。
名探偵の景嗣達でさえ手こずる相手だ。まだ探偵見習いの修也が太刀打ち出来ないのは目に見えている。しかし、修也はそこに落胆することはなかった。
恐怖はある。命の危険に晒されたのだ。今でも思い出すだけで体は緊張する。だが、逃げ出そうや景嗣達に守って欲しいという気持ちは不思議と沸いてこなかった。
……僕は探偵になるんだ。逃げてばかりじゃいられない。
その決意が修也の心を前に押し出していた。
「これからどう対処していくのか。具体的な話はまだ決められないけど、探偵の威信に賭けてエルザは必ず捕まえる。ここにいるメンバーはその事を強く留めておいてくれ」
如月学園長のその言葉に、全員が神妙に頷いた。
『まあ、重い話はこれぐらいにしよう。さて直也。我らに謝罪の言葉があるんじゃないか?』
重い話を切り上げ、エルが如月学園長に詰め寄る。
「え~? 何の事?」
『惚けるな。貴様は景嗣様がこちらに戻って来る事を大分前から知っておきながら、つい最近までそれを隠していた事だ』
それは事実だった。修也が寝込んでいた間、父親の景嗣は様子を見に修也の部屋へと訪れた。その際に景嗣から聞かされ、驚いたのだ。
「いや~、だってそれを教えたらドッキリにならないじゃないか~」
『ドッキリにする必要はどこにある?』
「いや、景嗣がそう手紙で書いてたから」
『景嗣様?』
「ドッキリさせようなんて書いてないだろ、直也。どうせなら感動の再会みたいになったらいいな~、みたいな事は書いたけど」
『そんな事を書いたらマスターの性格上、間違いなくドッキリに発展させますよ、景嗣様』
『普通にやれんのか、お前は』
「それじゃあ感動の再会にならないじゃないか。だから、僕なりに色々と舞台を整えてたのに」
『その舞台というのがレゾヌマン、下着泥棒事件というわけか』
そう。如月学園長がこれまで修也に関わっていた件。それは、景嗣との再会に向けて仕掛けたものだった。ただ再会するのではつまらない。父親に会えた修也は感動しても、景嗣には何も与えられない。そこで、息子には学園で課題やレゾヌマンを課し、実力を上げているという報告をして喜ばせよう。そういう思惑があったのだ。
『めんどくせぇ学園長だな~、おい』
「グリード、学園長になんて口を」
『だってめんどくせぇだろ? それに、お嬢だって聞いた時は子供くせぇ、ってバカにして――フガッ!』
「何を、言ってる、グリード。私が、いつ、そんな事を、言った?」
床にグリードを物理的に、そして威圧的に押し付ける不知火生徒会長。
「そういえば、修也。あの羽賀さん、って子は元気なのかい?」
「ああ、うん。もうすっかり。今日なんかスクープの気配がする、とか言って学園散策に行ったよ」
千鶴も修也と同様に二日程は休んでいたが、三日目には完全復活し自作の学園新聞のネタ探しに奔走していた。
「そうだ、羽賀さんで思い出した。修也君に知らせたい内容があるんだ」
そう言うと、如月学園長は自分の机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
「何ですか?」
「本当は来週提示する予定なんだけど、丁度いいから教えちゃおう」
何だろう、と修也は如月学園長から紙を受け取る。そこの一番上には【夏の選抜合宿メンバー】と書かれていた。
「もう決まったんですね」
「うん。それで、下の一年生の名簿を見てごらん」
言われた通りに目を向けると、そこには『二階堂修也』という文字が印字されていた。
えっ? 僕の名前が、ある?
見間違いかと目を擦りもう一度確かめてみるが、自分の名前が消えることはなかった。同じように中身を確認した他の者が祝福する。
『おめでとうございます、修也様』
「やったじゃないか、修也」
『ホントか、これ? 学園長が特別に入れたんじゃないのか?』
「僕はこの選任に関わってないよ。各学年の先生達に任せているから」
つまり、この結果は修也が自力で勝ち取ったという事だ。
僕が選抜合宿に……探偵になる大事な一歩を踏み出せた!
修也は言葉が出ないくらい嬉しさに満たされ、名簿の紙を握る手が小刻みに震えていた。目には潤みが掛かり、今にも泣きそうなくらいだ。
「そうそう。修也君がその合宿に選ばれた事で、橘先生からも手紙を貰ってるよ」
「橘先生からもですか?」
「祝福の手紙じゃないかな」
人を滅多に誉めない橘先生からも祝福の声を貰える。それだけ僕は頑張ったって事だよね?
修也はウキウキしながら学園長から手紙を受け取り、中身を急いで確認した。すると……。
【逃げたら殺す】
「ぎゃあああああああ!」
最初に目に飛び込んだ文字に、修也は思わず悲鳴を上げて手紙を放り投げてしまった。
『どうした、修也?』
「ここここ殺す、って書いてあった!」
危険物を示すかのように、テーブルに落ちた紙を修也は指を差して言い放つ。それを学園長が手に取り代わりに読み上げた。
「なになに? 【P.S. 二階堂、選抜合宿に選ばれた事は素直に祝ってやろう。だが、お前の実力はまだまだ底辺もいいとこだ。今のままでは厳しい合宿に付いて行けん。だから、それまでに最低限の力を身に付けさせてやる。療養で休んでいた分も加えてな。会議が終わったら補習室に来い。みっちり鍛えてやるから感謝しろ】。だって」
本文と追伸逆だろぉぉぉぉぉぉ!
さっきまでの感動はどこへやら。目の潤みも完全に吹き飛んでいた。
「いや~、橘先生も修也君に期待してるんだね~」
「どこがですか!? 殺す、って言ってるのに!」
『これも愛情の一つだな』
「脅迫の間違いじゃない!?」
「放課後も目に掛けてくれるなんて、良い先生じゃないか」
「父さんまで何を!?」
殺すと書いていながら、誰も橘先生の内容に突っ込みを入れない。
「学園長。二階堂は予定が入ったようなので、会議は終了でよろしいのではないですか?」
「そうだね。景嗣、向こうでお茶しないか? 久し振りに色々話もしたいし」
「僕もそう思っていた所だ」
『私もご一緒していいですか、景嗣様?』
「もちろん。今まで修也がどんな生活をしていたかも聞きたいし」
『では、私がご用意致します。さっ、こちらへどうぞ』
「グリード、私達は部屋に戻るぞ」
『了解、お嬢』
「お嬢は止めろ」
もう解散という雰囲気になり、名探偵達は学園長室から次々と姿を消していく。残されたのは修也はただソファーに一人座っていた。
「何で……何で僕だけがこんな目に逢うんだぁぁぁぁ!」
悲痛の叫びが学園長室に響き渡る。
修也の名探偵への道は、どうやらまだまだ始まったばかりのようだ。
了
名探偵への道 桐華江漢 @need
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